語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

奉納の舞

 紅葉した木々が彩った山に朝日が差し込む。山頂には小さな鳥居と小さな社だけの質素な神社がある。
 日を追うごとに気温が下がり寒くなっているが、紫依は巫女装束に白絹で作られた千早という布をまとっただけの姿で山頂の社の前に立っていた。

 紫依は両膝をついて社に頭を下げると、左手に持っている神楽鈴を鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がった。そして右手に持っていた扇を一瞬で開くと、その場で舞いを始めた。

 独特のリズムで鳴る鈴に合わせて足が地面を撫でるように動く。扇を持っている手を動かせば千早が羽のように風に舞い、神楽鈴の柄に付いている五色の垂布が波打つ。
 太陽の光が照明のように紫依を照らし、空からは真っ赤に紅葉した紅葉がはらはらと舞い落ちてくる。

 自然に囲まれた天然の舞台上で紫依は神に捧げる舞を朝、夕と一日二回おこなっている。それは隠れ里にいる頃からの習慣であったが、隠れ里にいる時は太鼓や笛も加わっていたため、もう少し厳かであった。

 いつもなら観客はいないのだが、今日は見学者が二名いた。紫依の舞いに感動している風真と、その風真に無理やり起こされて引きずられてきた朱羅だ。
 寝起きが悪い朱羅を風真は根性で文字通り叩き起こした。その様子を見ていたオーブは、執念と怨念が半端なかった、と感想を漏らしている。

 そして強制的に起こされた朱羅は、いつもならまだ寝ている時間のため目がほとんど開いていなかった。しかし、紫依の舞いが視界に入ると、翡翠の瞳が大きく開いた。

 朝日を弾きながら舞う紫依の姿は、いつもの無機質な美をまといながらも生命力にあふれ輝いていた。指先にまで神経を研ぎ澄まして繊細な動きをしているが、その中には力強さと荒々しさを秘めている。それはまるで自然の摂理を体一つで表現し、その全てに感謝し、捧げているようであった。

「すごいだろ?」

 風真の声に朱羅が視線を紫依に向けたまま答える。

「あぁ」

「世界の命運を握るとか、母様が守れと言ったとか、いろいろあるが、それよりも何よりも紫依は大切な妹だ。何年経とうが、それはこれからも変わらない」

「何が言いたい?」

「僕はずっと待っている。世界が君たちを忘れても、僕は忘れない。だから帰ってきてくれ」

 朱羅がフッと軽く笑う。

「当然だ。そんなに長く待たせるつもりもない」

「無事に紫依を連れて帰ってこられるか?」

「それは分からない」

「そこは連れて帰ってくるって言うところだろ」

「確実でないことは断言しない」

「なら約束しろ。紫依を無事に連れて帰るって」

「無事に連れて帰れるよう努力はするが、約束はしない」

「何故?」

「約束という言葉に縛られたくない」

「約束を守る自信がないのかい?」

「そうだな。俺はたった一つの約束さえ守れなかった」

 朱羅が視線をきつくして紫依を見つめる。

「生まれ変わる前の紫依と何か約束をしていたのか?」

「君には関係のないことだ」

「そう言われれば、そうだが……ところで向こうの世界に行ったり、連絡を取ったりするには道具や機材が必要なのかい?」

「専用の機材が必要になる」

「それは、ここの家以外にもあるのか?」

「いくつかは隠れ家に置いてある」

「そうか」

 頷く風真に朱羅が視線だけ向ける。

「向こうの世界に行こうと思うなよ。転送装置は簡単に扱えるものではないし、運よく向こうの世界に行けても、その体だと五分と持たないからな」

 朱羅の忠告に風真が肩をすくめる。

「ずいぶんと物騒な言い方だな。そんな世界に紫依を連れて行くのかい?」

「俺たちの場合は向こうの世界に仲間がいるから、どうにでもなるが君の場合は別だということだ」

「心配しなくても僕が向こうの世界に行くことはないよ」

「なら、何故聞いた?」

「ちょっとした好奇心ってやつかな?」

「……そうか」

 朱羅が視線を戻すと、舞い終わった紫依が社に一礼をしていた。

 風真が拍手をしながら紫依に声をかける。

「すごく良かったよ」

「まだまだ下手で、恥ずかしいです……」

 紫依が少しだけ頬を赤くして俯く。

「恥ずかしくなんかないよ。久しぶりに見たけど、また上手になっていて驚いたよ」

「そうですか?」

「あぁ」

 しっかりと頷く風真を見て、紫依がどことなく嬉しそうに口元を緩める。

「ありがとうございます」

「また紫依の舞いが見られる日を楽しみにしているよ」

「……はい」

 自信なく答えた紫依の頭を朱羅が撫でる。紫依が顔を上げると翡翠の瞳が力強く頷いた。

「大丈夫だ。そんなに時間はかからない」

「はい」

 そんな二人を見ながら風真はどこか諦めたように軽く息を吐いて言った。

「僕は出発の準備があるから先に帰るよ」

「あ、私も手伝います」

「手伝うほどのことは残ってないから大丈夫だよ」

「そうなのですか?あ、そういえば父様に……」

 兄妹が会話しながら山を下りていく。その後ろ姿を見た後、朱羅は社に視線を向けた。

「すまないが、しばらく奉納の舞いは中止だ」

 言葉に応えるように木枯らしが吹いて枯れ葉が舞い上がる。

『留守の間はお任せを。お帰りをお待ちしております』

 木々が擦れる音に隠れて聞こえた微かな声に朱羅は軽く笑った。

「紫依の舞いで力をつけたか。家を頼む」

『はい。ご武運を』

 朱羅が早歩きで山を下りていく。その後ろ姿を幼少の姿をした若い土地神が見守っていた。


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