語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

前世の名の意味

 二人がシルバーのセダンの車に近づくと、助手席の窓が開いてオーブが運転席から手を振った。

「紫依、先に乗れ」

 朱羅が後部座席のドアを開ける。誘導されるまま紫依が後部座席に乗ると、運転席の後ろには風真がいた。

「兄様?どうして、ここに?」

「ちょっとオーブと食事をしてきたんだ」

 内容的にはちょっとどころではない濃厚な話だったが、そこにはあえて触れず、風真は努めて何事もなかったように言った。
 嘘が通じない紫依には全てを語らずに実際にあったことの一部を言うことでしか誤魔化せない。そこへトランクに荷物を入れた朱羅が後部座席に乗り込んできた。

「先に合流していたんだな」

 朱羅の言葉にオーブが頷く。

「まあね。一緒に食事をしてきた。もう少ししたら来るから待って」

 話が見えない紫依がオーブに訊ねる。

「どなたが来られるのですか?」

「落ち着いたら説明するよ。今は早くここから離れないと」

 助手席のドアが開き、黒いスーツを着た女性が戸惑いなく乗り込んできた。手には朱羅がカメラに投げつけた大きなクマのぬいぐるみを抱えている。

「いいわよ」

 女性の言葉にオーブが頷く。

「じゃあ、出発するぞ」

 静かに車が発進したところで風真が心配そうに紫依を見た。

「騒ぎになっていたみたいだが大丈夫だったかい?」

「はい。私は大丈夫でしたが……」

 紫依が助手席に座っている女性に視線を向ける。朱羅が紫依に代わって女性に声をかけた。

「さっきは助かった」

「まったく。あんなのに絡まれるなんて、まだまだね」

 女性の言葉にオーブが賛同する。

「そう、そう。それにカフェに入るまで、ずっと後をつけられていただろ?あんなのに目をつけられるなんてダメだぞ」

「では、どうすれば良かったのですか?」

「今度、目立たない歩き方を教えるよ。朱羅ももっと目立たないように歩けよ」

 話を振られた朱羅が手を顎にあてて考える。

「今まで、あんなことはなかったのだが」

 オーブが笑いながら言う。

「そりゃあ、あんなボディーガードを二人も連れて歩いていたら誰も近づかないさ」

「最近は連れていないぞ」

「じゃあ、気を付けるようにした方がいいぞ」

「わかった。ところで蘭雪はいつの間に髪が伸びたんだ?」

 朱羅の質問に女性が自分の髪を掴むと、そのまま引っ張った。長い黒髪の下から艶やかなショートヘアの黒髪が現れる。

「カツラよ。時間がなかったから最低限の変装しかできなかったの」

 そう言うと女性はサングラスを外しながら振り返った。夜よりも濃い漆黒の瞳が紫依を射抜く。

 思わず体を硬くした紫依に女性が微笑んだ。

「初めまして。私はユウ 蘭雪ランシュエよ。蘭雪って呼んで。あなたのことはオーブから聞いているわ。紫依って呼んでもいいかしら?」

 蘭雪は魅力的な笑顔付きの自己紹介をした。その姿は先ほど早口で英語を話していた時の印象を吹き消し、包容力と余裕と慈悲に溢れた女神のような姿である。

 そんな蘭雪に紫依はどこか懐かしさを感じて、自然と警戒心を消した。そして頭を下げながら礼を言った。

「初めまして、蘭雪さん。紫依と呼んで下さい。先ほどは、ありがとうございました」

 さん付けに蘭雪が軽く笑う。

「私も呼び捨てでいいわよ。本当、オーブから聞いた通りね」

「だろ?これから共同生活になるから気軽に呼び捨てでいいんだけど、なかなか出来ないみたいでさ」

「共同生活ですか?」

 首を傾げる紫依に蘭雪が説明する。

「私がこの世界に生まれ変わった四人の最後の一人なの。生まれ変わる前の名前はガブリエルよ。よろしくね」

「そうなのですか。こちらこそ、至らないところが多々ありますが、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる紫依に蘭雪が軽く声をかける。

「堅苦しくしなくていいわ。もっと気軽にね。風真も、そんな顔してどうしたの?」

 紫依が顔を上げて風真を見ると何か真剣に考え込んでいるようだった。

「兄様、どうかされましたか?」

「考えすぎかもしれないが……紫依の生まれ変わる前の名前がラファエル。蘭雪はガブリエル。なら、残りの二人はミカエルとウリエルか?」

 紫依が頷きながら答える。

「朱羅の生まれ変わる前の名前がミカエルだそうです。兄様、どうしてお分かりになったのですか?」

 紫依の質問にオーブが軽い口調で説明した。

「紫依は知らないだろうけど、海外にある宗教に出てくる有名な四人の天使の名前なんだよ。ちなみにオレの前世の名前はウリエルっていうんだ」

 風真がバックミラー越しに運転しているオーブを睨んだ。

「そういえば生まれ変わる前はこの世界に来ていろいろしたと言っていたが……各地に残っている逸話は君たちの前世がしたことなのかい?」

 風真の問いにオーブと朱羅と蘭雪が一斉に視線を外に向ける。ピタリと息があった動作に紫依が感心していると、隣で風真が吠えた。

「君たちは前世でこの世界に何をした!?」

 風真に問い詰められてオーブが弁解をする。

「いや、まあ、全部が全部事実じゃないぞ。脚色されて伝わっていることとか結構あるからさ」

「こちらから働きかけたことはない。教えてくれと言われたから、向こうの世界のことを教えたり、手伝ってくれと言われたから手伝ったりしただけだ」

 朱羅の言葉に蘭雪が笑顔で頷く。

「そうよ。ちょっとムカついて力を使ったこともあったけど、原因はこっちの世界の人にあるんだから。私たちは悪くないわ」

「子どもみたいな言い訳をするな!この世界にしたことの重大性を君たちは分かっているのか!?」

 険しい顔をしている風真に紫依が声をかける。

「どうされたのですか?私は前世で大変なことをしているのですか?」

 上目使いで見つめてくる紫依を見て風真は慌てて首を横に振った。

「いや、紫依は気にしなくていいよ。紫依がしたことじゃないんだから。それに終わったことだしね」

 必死に妹を擁護する風真の姿にオーブが苦笑いをする。

「シスコンもほどほどにしとけよ」

「シスコン?」

 紫依が小首を傾げる。一方の風真は無言でバックミラー越しにオーブを睨んだ。その視線にオーブは肩をすくめながら紫依に声をかけた。

「それより、紫依。買い物はどうだった?」

「興味深いものが沢山ありました。また行きたいです」

「そうか。でも今日はここまでだな」

 オーブの言葉に紫依が申し訳なさそうに話す。

「あの……夕食の材料を買いたいのですが、いけませんか?」

「夕食かぁ……じゃあ、それだけ買って帰ろう。この辺りにいろんな食材を揃えている良い店があるから、そこに行こう」

 車は五分ほど走るとビルの地下の駐車場に入っていった。

 全員が車から降りると、紫依は地下駐車場を見渡しながら言った。

「ここにあるのですか?」

「上だよ。このビルの一階にお店があるんだ。珍しい食材もあるぞ。オレもちょうど買いたい調味料があったんだ」

 オーブがそう言いながら四人を誘導していく。
 エレベータで一階に上がると、そこはお店の中だった。生鮮食品から調味料、惣菜などいろいろなものがある。そして、商品棚には英語やイタリア語、フランス語や韓国語などで書かれた商品が並んでいる。店内の客も半分は外国人だ。

「オレはこの辺を見ているから、紫依は自分がいるものを買ってきたらいいよ」

「はい」

 紫依は側にあったカゴを持ったが、さりげなく朱羅に取られた。

「俺が持つから、食材を選んだらいい」

「ありがとうございます」

 歩き出した紫依の後ろに自然と朱羅と風真がつく。
 右側にはモデル顔負けの顔立ちながらも、殺人光線を出せそうなほど鋭い雰囲気の朱羅。
 左側には温和で整った顔立ちだが、弱々しさはなく一本の線が入ったような強さがにじみ出ている風真。

 この二人を無表情のまま平然と紫依が連れて歩いていく。その光景は外国人を見慣れた店員までもが振り返って二度見するほどだ。

 少し離れたところで三人の様子を見ていたオーブが苦笑いをする。

「なんか、すごい光景だな」

「ボディーガードが二人ついていると思えば、普通の光景よ」

「いや、ボディーガードがいる時点で普通じゃないだろ」

 蘭雪はオーブのツッコミを無視して、紫依と朱羅の様子を見ながら安心したように言った。

「朱羅は大丈夫そうね。紫依はもう少し様子を見ないといけないけど」

「そうだな。さて、オレ達も買い物するか。何かいるものある?」

「そうね。久しぶりにオーブが入れた鉄観音茶が飲みたいわ」

「それなら取り寄せといたよ。あの烏龍茶は普通のお店ではなかなか手に入らないからさ」

 鉄観音茶は全烏龍茶の中でも一割以下しか生産されておらず、その中でも蘭雪が好んでいるのは最高級クラスのものだ。

 蘭雪もそれを知っているが用意されていて当然といった様子で頷いた。

「じゃあ、あとは茶菓子ね。そこはお任せするわ」

「了解」

 オーブは蘭雪とともに和菓子売り場へと歩いて行った。

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