語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

十年前の出来事

 風真は蘭雪に真っ直ぐ視線を向けたまま話を始めた。

「紫依はもともと明るい性格だった。普通に笑ったり、泣いたりもしていた。だが、十年前に起きた事件が紫依を変えた」

 その話に今まで黙って外を見ていたオーブが風真に視線を向けて訊ねた。

「十年前ってオーストラリアで起きた?」

「なんで知っているんだ?」

 風真が驚いた顔でオーブを見る。
 だがオーブは興味なさそうに視線を外に戻すと昔話を始めた。

「十年前、朱羅がラファエルの力を感じたって言ってさ。すぐにその場所に行こうとしたけど、なかなか身動きがとれなくて。結局、その場所に行けたのは三日後だったんだ。で、ようやく行けたけど、その時にはなんの痕跡も残っていなくて悔しい思いをしたんだよ」

 オーブの説明に蘭雪が感心したように言う。

「その頃って朱羅は米国にいたんでしょ?オーストラリアで発生した力をよく感じとれたわね」

「今回のことだって結界から一瞬あふれた紫依の力を米国で感じとったんだぞ。一瞬だぞ?一瞬の力を米国で感知するか、普通?あと、その後の行動力がすごいのなんの。オレが先に様子を見てくるって言ったのに自家用ジェット機を飛ばして、そのまま空から登場したからな」

「相変わらずラファエルがらみになると一直線ね」

 二人の会話に風真が眉間にしわを寄せる。

「待ってくれ。ラファエルとは誰だい?」

「そういえば言ってなかったっけ?ラファエルは紫依の前世の名前だよ」

 オーブの説明に蘭雪が頷く。

「名前については、あまり気にしないで。で、話を戻すわね。十年前に何が起きたの?」

 蘭雪の強引なペースに戸惑いながらも風真は話の続きを始めた。

「具体的に何が起きたのかは分からない。僕は家にいて、牧草地で巨大な力のぶつかり合いを感じたんだ。慌てて父様を呼んで、その力を感じた場所に行ったんだけど、そこには母様と紫依が倒れていて……すぐにヘリで二人を病院に搬送したが、すでに母様は亡くなっていた。紫依は命に別状はなくて次の日には退院したよ」

「搬送した病院って普通の病院?」

 蘭雪の質問に風真は軽く首を横に振った。

「いや、朱羅の父親が経営している病院だ。朱羅の父親と僕の父様は学生の頃からの友人らしいんだ。母様とも面識があって、こうなることを聞いていたらしく、協力して下準備を整えていたんだって。次の日には紫依を連れて母様の実家に移動していたよ。もちろん全ての痕跡を消してね」

「まさに灯台下暗しね。でも、おかしいわね?朱羅のお父様なら、そのことをすぐに朱羅に伝えていそうなのに」

 首を傾げる蘭雪に風真が説明をする。

「朱羅の父親は言いたくても言えなかったんだと思う。母様はその時が来るまで紫依を隠しなさいと言ったから、父様が強く口止めしていたはずだよ」

 その徹底ぶりにオーブが感心したように言った。

「たいしたものだな。けど朱羅がこのことを知ったら怒るだろうな。ずっと探していた紫依の存在と居場所を父親が知っていたんだから」

 蘭雪が意地悪く妖艶に微笑む。

「そこは盛大に親子喧嘩してもらえば?朱羅のお父様は親バカだから朱羅とコミュニケーションがとれるなら、喜んで喧嘩するでしょうし。で、紫依の感情はどうなったの?」

 急に話を戻された風真が慌てて頷く。

「あ、ああ。それから母様の実家に着いてすぐに紫依の力を封じる結界を施したけど、怒ったり泣いたりすると力が暴走しかけたことがあったんだ。あの頃は結界で完全に封じることが出来ていたけど、あの特殊な環境も手伝ってか、紫依は少しずつ感情を出さなくなった」

「そう。感情を術で抑えているのではなく、自分で抑えているのね。で、肝心の十年前の出来事なんだけど、紫依は何があったのか話した?」

「それが、真っ白な天使を見たことしか覚えていないって言うんだ。しかも一目見ただけで後は気が付いたら病院だったって」

 その言葉に外を見ていたオーブの視線がきつくなる。蘭雪はそのことに気付きながらも、平然とオーブに話しかけた。

「そう。で、二人の様子はどうかしら?」

 オーブはいつもの口調で窓の外に視線を向けたまま答えた。

「なんか店から出てくるたびに買い物しているんだけど。しかも服まで着替えているし。まあ、妙なのが尾行しているから、そいつを撒くために着替えたんだろうけどさ」

 そう言ってオーブが窓の外に向かって軽く手を振った。

「どうした?」

 風真の問いにオーブが苦笑いをして答える。

「朱羅だけじゃなくて紫依にもここにいることに気付かれた。オレがコーディネートした服を着替えたからかな?わざわざ会釈してきたよ」

 風真は一所懸命オーブの視線の先を追うが、遠すぎて個人の識別まではできない。そんな風真とは反対に、蘭雪はあっさりと目標の人物を見つけて頷きながら言った。

「あら、可愛らしい服。さっきまで着ていた服よりずっと似合っているから、いいじゃない」

「オレも最初はあんな感じの服を選んだんだぞ。でも紫依が嫌だっていうからさ」

 不満そうなオーブを蘭雪が笑う。

「そういうところは朱羅のほうが一枚上手のようね。でも、将来あんな義弟おとうとを持つとなると、お兄様も大変ね」

 蘭雪が風真に流し目を向ける。しかし風真は言葉の内容が理解できていないようで返事がない。数秒して風真が真っ赤な顔をしてテーブルを叩いた。

「僕は紫依を朱羅の嫁にやるつもりはない!」

 興奮している風真と、その姿を見て軽やかに笑う蘭雪の間にオーブが入る。

「風真、落ち着け。冗談だから。蘭雪、あまり風真をからかうなよ。そうだ、昼飯にしないか?ここの料理は創作フレンチで美味いぞ」

 そう言ってオーブは強制的に話題を変えると、給士係を呼んでメニュー表を頼んだ。



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