語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

ファッションショー

 朱羅が店内を眺めていると、声をかけた女性店員がキャスターの付いたハンガー台を押しながら近づいてきた。

「できました。いかがでしょう?」

 ハンガー台にはコーディネートされた服が掛けられている。

「こちらのワンピースには、このショートパンツを合わせてもいいですし、これからの季節ならスキニーパンツを合わせても良いです。それに……」

 説明を始めた女性店員を朱羅が止める。

「ちょっと待て。紫依」

 自由に服を見ていた紫依が朱羅に呼ばれて小走りで近づいてくる。

「どうしましたか?」

「この服、どうだ?」

 紫依がコーディネートされた服を眺める。

「生地の薄さや動きやすさが気になります」

「なら試着して動いてみればいい。試着室はどこだ?」

 女性店員は改めて近くで見た少女の可愛らしさに気圧されつつも、店の壁側にある試着室へと案内した。

 紫依は試着室に入ると朱羅にすすめられるまま服を着たが、すぐには出ずに試着室のドアから顔だけを覗かせて言った。

「あの、この服は……肌が出て恥ずかしいのですが……」

 その言葉に朱羅が女性店員を見る。

「そんなに肌が出る服か?」

「いいえ、普通です。あ、足が出ますが気になるならニーハイソックスを履いたらいいですよ。持ってきます」

 女性店員が走って取ってきた靴下を紫依に渡す。紫依は渡された靴下を履いて、ようやくカーテンを開けた。

 その姿に朱羅が率直な感想を言った。

「確かに足が出るな」

 紫依は黒色の毛糸で編まれたざっくりニットのワンピースと、一見スカートに見える裾にレースが付いた黒色のショートパンツを履いていた。脚は太ももの半分まである黒色のニーハイソックスで肌は隠れているが、すらりと伸びた綺麗な足を魅せている。全てを黒で統一しているため紫依の白い肌がより強調され輝いている。

 試着の様子が気になってチラチラと視線を向けていた他の客も我を忘れて呆然と紫依を眺めている。

「動いてみてどうだ?」

 朱羅の言葉に紫依が軽くストレッチをする。

「思ったより動きやすいです。生地の薄さも気になりません」

「パンツタイプで足を自由に動かせるからな。下に合わせるのはスカートではなくパンツでコーディネートしてくれ」

「あ、でしたらスキニーパンツも良いですよ。あと、このパンツはこのワンピースにも合います」

 女性店員はいつの間にか朱羅の存在を忘れて、紫依のコーディネートに夢中になっていた。
 どんな服も完璧に着こなせるスタイルに、この店の服に合った可愛らしい顔立ち。ここぞとばかりに、おすすめのコーディネートを披露していく。そして、いつの間にか朱羅が選んだ服以外も試着をしていた。

 紫依も疲れた様子を見せずに次々と試着をこなしていく。その様子を黙って見ていた朱羅がある服を試着したところで呟いた。

「それ、いいな」

 その言葉で朱羅の存在を思い出した女性店員が慌てて紫依から離れて、服がよく見える位置に移動する。

 紫依は体のラインが少し見えるクリーム色のレースのワンピースを着ていた。裾は軽く広がって膝上まである。折り重なったレースの隙間から下に履いている白色のショートパンツが微かに見え隠れしている。そして膝上まである白いレースの靴下で肌はほとんど見えない。

 全体的に白で統一されていることで黒髪を引き立て、レースがふんわりと柔らかな印象となり紫依の雰囲気に合っている。

「この服に合った靴はあるか?」

「あります」

 朱羅はカードを出して女性店員に言った。

「じゃあ、それと試着した服を全部買おう。紫依、他に気になる服はあるか?」

「いえ、ありません。でも、よろしいのですか?こんなに買っていただいて……」

「どれも、よく似合っているから問題ない。ついでに、それはそのまま着て行こう」

 朱羅の当然のような言い方に、紫依が隣にいる女性店員に訊ねた。

「服はこのまま着ていてもよろしいのですか?」

 女性店員は朱羅の豪快な買い方に唖然としながらも、紫依の質問には笑顔で答えた。

「はい、大丈夫です。いまから札をとりますので、動かないで下さい」

 他の店員が試着した服をレジに持って行き、急いで服をまとめている。
 紫依は二階へと繋がるエスカレーターを見つけて女性店員に声をかけた。

「二階は何を売っているのですか?」

「メンズ服を取り扱っております。商品をまとめるのにもう少し時間がかかりますので、よろしければ二階も覗いてみて下さい」

 その言葉に紫依が朱羅を見る。朱羅は軽く頷いた。

「気になるなら行ってみればいい」

「はい」

 二人が揃って二階に上がると、そこは男性用スーツからカジュアルな服まで揃っていた。客は誰もいない。

「いらっしゃいま……」

 ここでもまた店員の声が止まる。男性服がメインのため男性店員もいるが、その全員が紫依の姿を見て思考停止した。

 アンティークドールがこの店の服を着て歩いている。

 それが、この後で語られたその場にいた男性店員達の感想だった。

「男性の服もたくさんありますね」

 清水のように透き通った声で男性店員達が我に帰る。朱羅が興味なさそうに服を眺めていると、紫依が一体のマネキンの前で止まった。

「どうした?」

「あ、いえ。この服が朱羅に似合いそうだな、と思いまして」

 その言葉に朱羅はマネキンが着ている服を見て男性店員を呼んだ。

「これを試着できるか?」

 英語で話しかけられると考えて緊張していた男性店員は流暢な日本語にほっとしながら笑顔で答えた。

「はい、できますよ。上着のご試着ですか?」

「いや、全部試着する」

「はい。では、こちらへどうぞ」

 男性店員は朱羅を案内しながら時々、横目で紫依を見ている。朱羅は試着室に入る前に紫依に声をかけた。

「着替えたら呼ぶから店内を見ていたらいい」

「はい。じゃあ、向こうにいますね」

 ワンピースの裾をふわりと揺らしながら紫依は方向転換をして、まだ見ていない商品がある場所へ行った。

「可愛い彼女ですね」

 男性店員の言葉に朱羅は受け取った試着用の服を落としかけた。

「友人の妹だ」

 それだけ言うと、試着室のドアを荒々しく閉めた。

 朱羅が着替えて試着室のドアを開けようとしたが、そこでアクシデントが起きた。
 先ほど荒々しくドアを閉めたため、ドアがめり込んだのだ。朱羅は軽くため息を吐くと少しずつ力を入れながらドアを動かした。原因が自分にあるため、これ以上ドアを破壊しないように注意をしながら開けていく。

 朱羅がようやく試着室のドアを開けた時、二階にいた女性店員から感嘆の声がもれた。

 薄いチェックのシャツにデニムのジャケットを羽織って、ネイビーのストレートパンツを履いている。マネキンより完璧に着こなしている朱羅の姿に男性店員も思わず見入った。

 そんな店員の様子を無視して朱羅が周囲を見回していると、紫依が駆け寄ってきた。

「よくお似合いです」

 そう言って紫依がキャスターの付いたハンガー台に掛けられた服を朱羅に見せる。

「他にもいろいろコーディネートしてもらいました。いかがでしょう?」

 紫依の隣には一階で紫依のコーディネートを熱心にしていた女性店員が立っている。朱羅は膨大な服と満足そうな紫依を交互に見て諦めたように言った。

「紫依はどれが良いと思う?」

「私は全部良いと思うのですが……」

 そう言いながら紫依がハイネックブルゾンを手に取る。それに女性店員が素早く反応してジャガードレイヤードカットソーを取り出した。

「そちらのブルゾンでしたら。こちらのカットソーが合います。下は履いてこられたデニムが合うと思いますよ」

「そうなのですか。あと、こちらの服もよろしいかと……」

「あ、そのパンツでしたら、こちらのTシャツを合わせまして……」

 打てば響く、というか響きすぎている女性店員と、その説明をしっかり聞いている紫依の姿を朱羅は黙って見つめた。そして案の定、それらを次々と試着していくこととなったが、それを朱羅は淡々とこなしていった。

 服を着替えて試着室のドアを開けるたびに他の女性店員から黄色い声があがる。いつの間にか一階にいた女性店員と客まで集まっており、ファッションショー状態になっていた。

 この状況には、さすがの朱羅も紫依を止めた。

「もう、いいだろう。この中でどれが良かった?」

「そうですね。朱羅さんはどれを着てもお似合いでしたけど、私はこれが一番良いかなと思いました」

「そうか。では、それを着て行こう。あと、これと、これと、これに合わせてコーディネートした服一式を買おう」

「これらのコーディネートした服一式ですか?」

 一階の女性店員に仕事を奪われていた男性店員が大量の服の山を見て唸る。正直、試着のし過ぎで指定された服がどのようにコーディネートされたか覚えていないのだ。

 しかし女性店員は予想していたように朱羅が着ると言った服の値札をハサミで切り取ると、笑顔で服を手渡した。

「ありがとうございます。お会計は二階レジになります。お着替えになりましたら、お越し下さい」

 そして指定された服とコーディネートした服を山の中から次々に発掘して男性店員に渡していく。自分でコーディネートしたとはいえ、よく覚えているのもだと感心してしまう量である。

 朱羅は素早く着替えると、さっさと試着室から出てきた。

 上は紺色をした細身のジップジャケットを着て、胸元を少し開けている。そこから淡い水色のカットソーと朱羅がいつも身に着けている水晶のネックレスが見える。下はシルエットが綺麗な黒色のカーゴパンツを履いている。

 シンプルで落ち着いた服装だが、朱羅の銀色の髪と翡翠の瞳という際立った特徴を抑えるには丁度いいぐらいだ。

 いろんな意味で伝説を作った二人は、店内にいたほとんどの店員と客に見送られながら店を後にした。



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