語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

食器

 雑貨店で小物を買った二人は、その隣にある和雑貨の店に入っていた。

「このお店は布で作られた物や食器が多いですね」

 店内は着物生地で作られた小物や和食器などが並んでいる。

 紫依は商品を眺めながら歩いていたが、ある場所で足を止めて手を伸ばした。

「茶碗か?」

 朱羅の質問に紫依が頷く。

「はい。今の家は自分の茶碗がないので、なんとなくしっくりしないのです」

「そういえば日本では個人専用の茶碗と箸があるな」

「朱羅がいた国ではないのですか?」

「食器はセットになっているが個人専用というものはない。そういえば、個人専用の食器があるのは箱膳という日本文化の歴史が影響しているという説があったな。確か、箱の中に自分の食器を入れて食事の時には、その箱を机にして食べるというものだったか?」

「その通りです。よくご存じですね」

 どこか感心したように頷く紫依に、朱羅が少しだけ苦虫をかみつぶしたような表情で思い出したように言った。

「曾祖父が日本人だったのだが、そのせいか父親が日本文化をいろいろと勝手に教えてきた」

「そうなのですか。あ、それで朱羅の名前は漢字なのですね」

「あぁ」

「そうでしたか。……この茶碗はオーブの雰囲気に合っていますね」

 紫依が白磁に黄色の横線が入った茶碗を手に取る。他にも同じ型で違う色の線が描かれた茶碗が並んでいた。

「あ、これは朱羅に似合いますね」

 そう言って紫依が紺色の線が入った茶碗を持つ。

「そうか。なら、ここで全員分の茶碗を買ったらいい」

「え?私がみなさんの茶碗を選んでもよろしいのですか?」

「問題ないだろ」

「でしたら、お言葉に甘えて……兄様はこれ」

 紫依が黄緑色の線が入った茶碗を持つ。

「あと、私のは……」

 紫依が悩んでいると、朱羅が迷いなく一つの茶碗を手に取った。

「君のは、これだな」

 朱羅が赤い線が入った茶碗を持ったが、紫依からの返事はない。赤い線が入った茶碗を見つめたまま固まっている紫依に朱羅が声をかけた。

「気に入らないか?」

 朱羅の質問に紫依が首を横に振る。

「いいえ」

 紫依は赤い線が入った茶碗を大事そうに受け取ると、どこか嬉しそうに深紅の瞳を細めた。

「……私の茶碗」

 感動しているように見える紫依に朱羅が首を傾げる。

「隠れ里でも自分の茶碗はあったのだろう?」

「はい。ですが、こうして選んでいただいたのは初めてです」

 紫依は顔を上げると微かに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 思わぬ紫依の表情を目にして朱羅が固まる。一方の紫依は朱羅が動きを止めた理由が分からず首を傾げた。

「朱羅?」

「あ、あぁ……なんでもない。買う茶碗はこれで全部か?」

 紫依が持っていた茶碗を朱羅が持つ。

「は……」

 はい、と言おうとして他の茶碗を眺めていた紫依の視線が止まる。
 朱羅が黙って様子を見ていると、紫依は紫色の線が入った茶碗を手に取って首を傾げた。

「えっと……この茶碗に合う人がいるような、そんな気がするのですが……思い過ごしですかね?」

 朱羅は紫色の線が入った茶碗を睨んだ後、思い出したように頷いた。

「あぁ。たぶん、あいつのことだな。それも買っておこう」

「あいつとは、どなたですか?」

「今日、この後で合流することになっているから、その時に紹介する」

「そうですか。でも、その方の茶碗を私が勝手に選んでもいいのですか?」

「いいだろう。むしろ買っていない時の方が恐ろしいことになる」

「はぁ……」

「箸も買うか?」

「そうですね。茶碗の色にそろえましょう」

 茶碗が置いてある棚の上に茶碗と同じ染色を使用して作られた箸が置いてある。木の色を生かした淡い茶色だが、持ち手側に茶碗と同じ色で二本線が描かれている。

 紫依は茶碗と同じ色の箸を選ぶと、その隣に飾られていた食器のセットに注目した。それは紫依が選んだ茶碗と箸に加えて湯呑と皿がセットになっており、ランチョンマットの上に並べてあった。

「茶碗の色とおそろいの湯呑もあるのですね」

「この湯呑なら向こうの棚に並んでいるのを見たな」

「本当ですか?でも湯呑までおそろいにするのは、やり過ぎでしょうか……」

 紫依が湯呑を見つめたまま考える。

「湯呑を見てから決めればいいだろ?」

「そうですね」

 歩き出そうとした紫依に朱羅が無言で手を伸ばす。紫依はその意味を理解して箸を手渡した。

「ありがとうございます」

 紫依が軽やかに歩いていく一方で、朱羅は渡された箸を見つめていた。いや、正確には自分の手を見つめていた。箸を手渡された時に微かに紫依の手に触れたのだが、紫依はまったく気づいていなかった。

 触れても何も起きないのに、何故触れてはいけないのか。

 朱羅は再び自分の手を見ながら首を傾げた。



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