語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

兄、再び

 リビングから響いた音に朱羅とオーブが何事かと慌てて階段を見上げると、エプロン姿の紫依が下りてきた。

「どうした?」

 朱羅の問いかけに紫依がどこか嬉しそうに答える。

「兄様が帰ってきました」

 それだけ言うと紫依はそのまま車庫へと足を向けた。朱羅とオーブが顔を見合わせた後、そろって紫依を追いかける。

 紫依が玄関の横にあるドアを開けて車庫の中に入ると、ガレージのシャッターが自動で開いてシルバーのセダンの車がバック駐車しているところだった。

 車が停車して運転席から降りてきた風真に紫依が声をかける。

「兄様、お帰りなさい」

「ただいま。突然で悪いが少し時間ができてね。様子を見に帰ってきたよ」

「いつまで居られるのですか?」

「明後日の朝には出発しないといけない」

 風真はそう言いながら後部座席からカバンを取り出した。

「そうですか。兄様、もう夕食は済まれましたか?」

「いや、まだだよ」

「でしたら是非、食べて下さい。今日の夕食は私が作っているんですよ」

「本当かい?」

「はい。料理が出来るまでお待ち下さいね。呼ぶまでリビングに入ったらダメですよ」

 そう言って紫依が軽い足取りで家の中に入って行く。

 そんな紫依の後ろ姿を見ながら、風真は小声で朱羅に訊ねた。

「紫依はちゃんと食べられるものを作れるのか?」

 風真の質問に朱羅は隣にいるオーブを見た。

「料理の師匠として弟子の腕はどうなんだ?」

「おまえ、こんな言いにくいことばっかりオレにふるなよ」

 二人のやり取りで風真が想像通りかと苦笑いをする。その様子にオーブが慌てて両手を横に振った。

「いや、いや。そんなに悪くないぞ。最近は見た目もいいし、食べてもお腹を壊すようなことはない」

「最近……か。そうなるまで苦労させたみたいだね」

 妙に悟っている風真にオーブが薄い笑みを浮かべる。

「まあ、いろいろあったよ。ただ一つだけ問題があってね。これだけは最近になっても、まだ治らないんだ」

「紫依は何をするんだい?」

「するんじゃなくて、忘れるんだ。調味料を入れ忘れるんだよ。それでも一人で作るって、最近はキッチンにさえ入れさせてくれない」

「迷惑をかけているな、すまない」

 謝る風真にオーブは明るく笑った。

「ハニーの料理に比べればマシだよ。あれは見た目からして食べ物じゃないし。食べたら死にかけるし。いや、普通の人なら死んでるか」

「ハニー?」

「生まれ変わりの四人目。今は仕事中で他所にいるけど、もうすぐここにくる予定」

「それは、もう少ししたら動きがあるってことかな?」

「勘が良いのもいいけど、口にしないほうが良いこともあるぞ」

 オーブの忠告に風真が素直に頷く。

「わかった。では夕食が出来るまで一休みしよう」

 風真は玄関に入ると靴を脱いでカバンを持った。

「あ、一階の部屋はオレと朱羅が使っているから」

「ああ。一階は自由に使って。僕の部屋は二階だから」

 一家族が住むには多すぎる部屋数のことを考えてオーブは風真に訊ねた。

「オレ達が一階の部屋を使うのは想定済みだったって感じだな。母親はどこまで予知していたの?」

「それは僕も知りたいよ」

 そう寂しそうに微笑むと風真は二階へ上がって行った。

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