語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

とある日の夕刻

 オーブが忠告した効果が出たのか、紫依は朱羅と程よい距離で生活をすることが出来るようになっていた。それによってオーブは再び安定した日々を取り戻し、紫依はいつの間にか朱羅を呼び捨てに出来るようになっていた。

 そんな、ある日の夕方。オーブは台所ではなく、紫依の家で借りている自室にいた。

「それがさ、紫依が一人で夕食作るからって最近は台所に入れさせてくれないんだよ。鍛錬とか組手とかで疲れていると思うんだけど、自分が作るってきかなくて。今もまだ朱羅と組手をしているよ。もうすぐ終わると思うけど」

 オーブが電話の相手にぼやいていると、質問をされたのか少しだけ首を傾げて答えた。

「紫依の調子?力のコントロールはいいんだけど、日常生活っていうか一般常識がまだまだだな。まあ、あんな山奥で暮らしていたから、しょうがないけどさ。それより気になることが……」

 言いかけたところで、下から突き上げるような揺れが起きた。

「地震か?いや、違う。この力は……まさか!?」

 オーブが慌てて部屋から飛び出す。

「また連絡する」

 そう言って携帯電話を切りながら急いで地下に降りる。揺れは徐々に鎮まっており、オーブが鍛錬場に飛び込んだ時にはおさまっていた。

「何があった?」

 オーブの前には床に座り込んだ紫依と、その手を掴んでいる朱羅がいる。
 朱羅は紫依から手を放して大きく息を吐くと説明をした。

「力を武器に具現化させようとしたのだが、力が大きすぎて暴走しかけた」

「それで、あの揺れか」

「あぁ。紫依、大丈夫か?」

 朱羅に声をかけられて紫依が顔を上げる。

「はい。ご迷惑をかけて、すみません」

「迷惑ではない。立てるか?」

「はい」

 自力で立ち上がった紫依の全身を見て朱羅が眉間にしわをよせる。

「少し休んだほうがいいな」

 朱羅の意見に紫依が軽く首を横に振る。

「大丈夫です。それより、もう夕方ですよね?夕食を作ってきます」

 紫依の申し出にオーブが両手を横に振る。

「いや、夕食はオレが作るから、紫依は休んで」

「大丈夫ですよ」

 そう言って階段をのぼる紫依に朱羅が後ろから声をかける。

「無理をするな」

「無理はしていませんよ」

 振り返った紫依はいつも通りの無表情のため疲労具合がわからない。オーブは困ったように頭をかきながら言った。

「たまにはオレに夕食を作らせてくれよ」

「オーブにはいつも朝食と昼食を作っていただいていますから。夕食ぐらいは私に作らせて下さい」

 紫依が一階に上がり廊下を歩く。その後ろをオーブと朱羅が付いていくように歩いていた。
 しかし、紫依はリビングがある二階へのぼる階段の前に来ると、振り返って二人に言い聞かせるように言った。

「お二人とも心配しすぎです。私は平気ですから、夕食ができるまでお部屋でお待ち下さいね」

 そう一方的に釘を刺すと紫依は階段を駆け上がった。
 そんな紫依の後ろ姿にオーブが肩をすくめながら朱羅に視線を向ける。

「頑固すぎるのも問題だな」

 朱羅はため息を吐きながらオーブに訊ねた。

「転送装置はどこまで出来た?」

 突然の話題転換にオーブが軽く笑いながら答える。

「本体は完成したよ。あとはデータを入力するだけ。それをハニーにお願いするために電話をしていたんだけど、あの力だろ?電話を途中で止めたよ。結界を張っているのに、あれだけ影響が出るとは思わなかった。力を武器に具現化する練習は向こうの世界でするしかないか?それも地下の奥深くにある闘技場で」

 オーブの意見に朱羅が同意する。

「そうだな。あれ以上続けていたら、この家が壊れる可能性があったから途中で紫依の力を吸収して止めた。だが風真が張った結界がなければ、この家は消失していたかもしれない」

「借りているのに消失させたらマズいからな。それに、この家が消えたら紫依は悲しむ……よな?いつもは無表情だけど……さすがに悲しむよな?」

 自分で言っておきながら途中から自信をなくしたオーブが、朱羅に同意を求める。

「それは分からない」

「分からなくても表面上は同意ぐらいしてくれよ。それに紫依って感情を出さなさすぎだと思わないか?というか、むしろ感情がないように感じるんだけど、おまえはどう思う?」

 朱羅が首を傾げながらも頷く。

「確かに感情の起伏がほとんどないな。だが、それは力を封じるために感情も封じた可能性がある。力は感情に左右されるから」

「だからって感情を封じるか?それをするのは人間として、どうかと思うぞ?」

「可能性の話だ」

「そうだけどさ。あの隠れ里の人間なら、やりそうだからよ。あと感情が鈍いせいか、紫依は痛みも鈍いみたいだぞ。この前、電脳空間で右手を怪我していたけど、普通なら激痛で立っていられないぐらいだったのに、戦っていたって。獅苑が治療した後も、普通は動かせないぐらいの痛みが残るのに、おまえのためにスープを作ったり、家事をしたりしていたからな」

「獅苑からの報告書は読んだ」

 朱羅の冷然とした態度にオーブが不満気に頬を膨らます。

「読んどいて、その態度かよ。とにかく!痛みに鈍いと自分の体の限界に気付きにくいからな。気が付いた時には手遅れ……ってこともあり得るんだから、ちゃんと紫依を見ていてくれよ」

「そこは気にかけておく」

 どこまでも淡々としている朱羅にオーブがため息を吐く。

「おまえ、もう少し紫依の身になって考えろよ。紫依は普通なら学校に通っている年齢なんだぞ」

「そのことで紫依が困ったり悲しんだりしている様子はない。それに君も学校には通っていないだろ。この戦いが終わったら紫依と一緒に通えばいい」

 朱羅の発言にオーブが珍しく不機嫌な表情で答える。

「お前な、オレの実年齢を考えてから言えよ。外見の成長は止まっちまったけど、中身は成人を超えているんだからな」

「ああ、そうだったな。すっかり忘れていた」

 気にしていることをあっさりと言った朱羅をオーブが睨む。

「……お前、ワザと言っているだろ」

「いや」

 フッと笑う朱羅にオーブが喰いつく。

「絶対、ワザとだろ!」

 オーブが叫ぶと同時にリビングのドアが激しく開いた音が響いた。

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