語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~

結論

 謎の戦闘で当初の目的を忘れたオーブは、紫依に触れるべくティーポットの取っ手に手を伸ばしながら言った。

「オレが入れるよ」

「あ、ありがとうございます」

 あっさりとオーブの言葉を受け入れて紫依が手を下げる。その潔さとタイミングの良さによって、オーブの手は紫依の手に触れることなくティーポットの取っ手を掴んだ。

 冷たくも滑らかな陶器の質感が手に馴染む。

「違う!」

 オーブはティーポットの取っ手を握りしめたまま俯いて叫んだ。

「なんで、こういう時だけ素直なんだ!いつもなら自分のことは自分でしますって言って、こっちの言うことを聞かないくせに!」

 額をテーブルにこすりつけるオーブの姿に、紫依が軽く首を傾げる。

「どうされました?額が痒いのですか?」

 自分のことだと微塵も思っていない紫依による見当違いの言葉がオーブに突き刺さる。

 普通なら今までオーブがしてきたことは、かなり違和感がある行動であった。
 確かに最初は自然に手が触れたように見せようと行動していたが、どんどん雑になっていき、最後は絶望によって思わず心境を口に出して叫んだ。

 それでもオーブの行動を紫依が疑問に思っている様子もなく、今も皿に手を伸ばしてチョコを食べている。

 鈍感すぎる紫依に対して、ついに匙を投げたオーブは紫依に単刀直入に聞いた。

「なんで、そこまで避ける!?」

「え?避ける……ですか?」

「チョコを取ろうとして、手が当たりそうってなったら、さり気なく避けまくっているだろ!オレは菌か!?ウイルスか!?触れないほど汚いか!?」

 オーブの指摘に紫依は口の中にあったチョコを飲み込んで、自分の手とオーブの手を交互に見ると、思い出したように言った。

「あ、そのことですが……私自身はそのようなつもりはないのですが、体が人に触れないように避けてしまうらしいのです」

「無意識?」

「そのようです。私自身は気づいていなくても、人が近づくと体が反応して避けているそうです」

「どうして?」

「お婆様が言われるには、私が大きな力で相手を傷つけることを恐れているためではないか、と」

「つまり、うっかりでも相手に触れて傷つけたらいけないから、そうなる前に体が避けちゃうってわけね。ものすごい過剰反応だな。じゃあ、なんで朱羅はあんなに大げさに避けているの?オレの時はさり気なく避けているのに」

「え?あ、いや、あれは、その……」

 と、口ごもりながら紫依がうつむく。その頬はうっすらと赤くなっており、オーブが紫依と共同生活を開始して初めて見る表情でもあった。

 予想外の紫依の反応にオーブが驚く。

「へ?なに?どうしたの?」

 紫依は視線を床にさまよわせながらボツボツと言った。

「あの……それが、朱羅さ……朱羅は自然に避けられなくて……気がつくと触れられていまして……それで、あの、その……自分でもよく分からないのです」

 紫依の話を聞きながらオーブは頷いた。

「あぁ。朱羅は紫依の力を吸収できるし、組手をしても実力は朱羅の方が上だから傷つけるっていう心配が薄いんだろうね。だから、触れてはいけないっていう反応をしなくていいって体が無意識に判断したのかも」

「そ、そうなのでしょうか?」

 すがりつくような視線を向けてきた紫依にオーブが軽く引きながら手を左右に振る。

「い、いや。オレは専門家じゃないから。予想……そう、予想だから」

「そうですか」

 紫依が無表情ながらも、どこか沈んだようにうつむく。

「えっと……朱羅に触られると何かまずいことでもある?」

「あ、いえ、まずいこととかではなく……あの、こう、落ち着かないと言うのでしょうか……触れられることに慣れていないので……」

「確かに触られることに慣れていないのに触られると戸惑うよな。それで意識して距離をとろうとしているけど、反応が遅れてオレに被害が……」

「被害?」

「……気づいてない?」

「?」

 無言で小首を傾げる紫依の姿に全てが面倒になったオーブは説明を放棄した。

「わかった。オレが朱羅に言っとく」

「なにをですか?」

「紫依に触れないようにって。朱羅が触ってこないって分かっていたら変に距離を取らなくていいだろ?」

「それは……そう、ですね」

「ま、そのうち触れられることに慣れるって。そうしたら、こんなこと気にすることもなくなるからさ」

「……はい」

 どこか歯切れが悪い紫依にオーブが立ち上がる。

「大丈夫だって。まずは人に触れられても平気になるように練習しよう。オレだって、そこそこ強いから紫依が触っても大丈夫だからさ」

 そう言ってオーブは励ますように紫依の肩を叩こうとして、さり気なく避けられたため左手は空振りした。

「この話の流れで避けるなぁぁぁ!」

「す、すみません!」

「謝るな!オレが虚しくなる」

「はい」

「……そういうところはキッパリしているよな」

 オーブは悲しみを覚えながらも、ずっと掴んだままだったティーポットの存在を思い出して、紫依のティーカップに紅茶を注いだ。

「ありがとうございます」

 無表情のまま軽く頭を下げた紫依にオーブがうつむいて呟いた。

「そこはせめて笑顔を付けて」

「笑顔?」

 紫依が首を傾げる。オーブは脱力してテーブルに突っ伏した。

「いや、今日はもういいや。チョコは好きなだけ食べて」

「はい、いただきます」

 マイペースにチョコを食べていく紫依を横目で見ながらオーブは心の中で泣いた。



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