ストレイ・ラム

Motoki-rhapsodos

第57話

しかし、期待に反して『ストレイ・ラム』で俺達を待っていたのは、幽霊ではなく、カウンターに座る意外な人物だった。

「………小西」

松岡の呟きにチロリと目を眇めた小西の口から、その台詞とは裏腹に好意的な声が発せられる。

「呼び捨ては止めろ。お前達より、二つも年上だぞ、俺は」

ハハッと笑う小西は、俺達二人に興味深げな瞳を向けた。

俺の隣では綾香が、腕時計を何度も確認しながら窓際の席へと視線を投げている。幽霊の事など聞いていないという約束の為、自分からは訊く事も出来ずにそわそわとしていた。三つのテーブル席には誰も座っていなかったが、俺と同様、真ん中のテーブルにポツンと置かれた淹れたてのコーヒーが、酷く気になっている様子だった。

「残念ながらね、綾香さん。幽霊はもう、現れなくなってしまったよ」

依羅さんの物静かな声に、「えっ」と綾香が驚きの声をあげる。

「まったく。――誰なんだろうねぇ、ペラペラと喋る軽い口を持っているのは……」

見るも恐ろしい微笑を浮かべた依羅さんに、俺と松岡は息を詰めて左右に顔を背けた。気まずげに俺達に視線を向けた綾香が、慌てて口を開く。

「ち、違うの。依羅さん。私、なんにも聞いてないのよ。四時四十四分に現れる幽霊の事なんて。うん、全然知らない。ほんとよ。だから松岡を怒らないで」

両手を振りながら言った綾香に、依羅さんは「へぇ」と更に笑みを深くした。俺の隣ではそっぽを向いたままの松岡が、「あのバカ。全部喋ってんじゃねぇかよ」と、歯を食いしばりながら掠れた声を絞り出している。

重い。あまりにも重いその空気に耐え切れなくなって後退った俺の腕を、又もや素早く反応した松岡がガシリと掴んだ。凄みを帯びた瞳で、「何処に行くつもりだ」と睨み据えてくる。

「……あ……いや……。そーいや、友也さんは何処に行ったのかな、って――」

苦し紛れの俺の言葉に、店の空気が一転した。カラッと明るいモノへと変わる。

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