ストレイ・ラム

Motoki-rhapsodos

第55話

サ店に寄る気満々の綾香に、松岡が額に手をあて力無く首を左右に振った。

「勘弁してくれ。――俺さぁ、依羅さんとは別の意味で、友也さんも怒らせたくねぇんだよなぁ……」

松岡の落ち込みようは、依羅さんに怒られると覚悟した時以上に酷かった。

「……怒るかな、やっぱ」

ぼんやりとした俺の言葉に、バッと顔を向けた松岡が勢いよく捲くし立てる。

「怒んねぇ訳、ねぇだろ! 見てみろ! この浮かれ調子を! こんなの連れてってみろ! 俺、一分だってあそこに居た堪れねぇよ!」

はぁーと大きく息を吐いた松岡が、チロリと綾香に目を向ける。

「――なあ、綾香。今の話聞かなかった、なんて事には、してくれねぇかなぁ?」

駄目元といった様子の松岡に、意外にも綾香はあっさりと頷いた。

「いいわよ」

「えっ! マジ?」

驚きの顔で喜ぶ松岡に、綾香がニッコリと笑ってみせる。

「大丈夫! 向こうに着いてから、初めて知ったフリするから。私こう見えて、結構演技には自信あるんだ」

「え……」

一度気を緩めてしまった為に、松岡のショックは大きかったらしい。焦点の合わない瞳を綾香に向け、固まってしまっている。

「やだー、幽霊出るなんて知らなかったぁ。お兄ちゃん、早く言ってよぉー」

ご丁寧にも、目の前でご自慢の演技を披露してくれる。

「……ぅあ、ヒド……」

思わず顔を背けた俺の横で、松岡がよろめいた。

顔面蒼白な彼の態度に、俺は一度はその気になった今回のお誘いを、丁重にお断りしようと心に決めた。

とてもじゃないが、俺が耐えられる雰囲気ではなさそうだ。

「あー……、そうだ、俺。今日は早く帰らないと、いけなかったんだ……」

ポンッと手を打って、クルリと背を向ける。

「――じゃ、また明日」

歩き出した俺の腕を、ガシリと松岡が掴む。縋りつくように両手に力を入れた松岡は、恨めしそうな瞳を俺に向けた。

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