ストレイ・ラム

Motoki-rhapsodos

第43話

喫茶店『ストレイ、ラム』の階段を上がろうとしていた俺は、自分の名前を呼ぶ声に振り返った。小走りで近寄って来る新田に、「おはよう」と挨拶を交わす。

「どう? 武田の様子は?」

ドアを押し開けながら尋ねると、新田は微笑みながら頷いた。

「全然大丈夫って事はないけど、もう出ないっていう松岡の言葉に、少しは安心してるみたいだ」

中に入った俺達を最初に迎えたのは、テーブルを拭いていた友也さんだった。いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべ、体を起こす。

「おはよう。保は事務所にいるよ」

「おはようございます」

二人同時に答えた俺達の声が聞こえたのか、カウンターの後ろにあるドアが開いて松岡が姿を現した。その手には、一昨日拾った子犬が乗っかっている。

「おはよう、松岡。昨日はありがとう」

それに片手を上げる事だけで応えた松岡は、不機嫌な顔のままカウンターの椅子に座った。

「ああ、その子犬。やっぱりまだ飼い主見つかんないのか」

頭を撫でようと伸ばした俺の手に子犬を乗せると、松岡はボソリとカウンターにうつ伏せた。

「綾香が飼ってくれる。後で取りに来るってよ」

「――あ、……そう……」

驚く俺の後ろから、クスクスと笑う友也さんの声が聞こえてくる。

「機嫌悪いんですか? こいつ」

松岡を指差す俺に、首を横に振る。

「只の寝不足だよ。どうやら明け方まで起きていたようだからね。此処に来た時からずっと、その調子なんだ」

半ば呆れた声で言った友也さんは、カウンターの中に入ると後ろの棚からコーヒー豆を取り出した。その中指には、見慣れぬ指輪が嵌められている。

「明け方まで、何してたんだ?」

松岡の隣に座った俺は、自分の膝の上に子犬を乗せた。頭だけを重たそうに持ち上げた松岡が、半分しか開かない目を俺に向ける。

「……ゲーム」

「は……?」

俺の隣で、クスッと新田が笑いを洩らす。それにチロリと眉を上げた松岡は、再びカウンターにうつ伏せた。

「――取り敢えず。お客が来るまでには、その頭はちゃんと起きてくれるのかな? 保」

友也さんの問いに、顔を上げずに寝惚けた声が答える。

「んー……。――っていうか、依羅さんが来るまでには、起きる」

コーヒーのいい香りが店の中に漂い始めた頃、友也さんはカウンターに肘を乗せて松岡に囁いた。

「ならば保。もう起きないといけないよ」

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