ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

31. 妹と兄

 僕は1階のコンビニでサンドウィッチとコーヒーを買って病室へと戻った。レースカーテン越しに日光が差し込んで、程よく暖かい。沙綾は真っ白い布団から起き上がり、ちょうど朝食を食べて始めていた。


「兄貴、おはよう」


 僕に気づいた沙綾はどことなく不愛想な挨拶をする。片手にはスマホがあり、いつもの食事風景が戻ってきた。


「おはよう、沙綾。熱は引いた?」


「うん。兄貴も怪我、大丈夫?」


「僕のはかすり傷程度だから大丈夫だよ」


 沙綾に言われて、僕は唇に貼ってある絆創膏を撫でた。ソファーに腰掛けてコーヒーを一口飲むと、サンドウィッチを開ける。


「病院のご飯ってなんでこんな薄味なんだろ……」


 沙綾が文句を言いながら箸をつつく。僕のサンドウィッチを美味しそうに見つめる。


「ねえ兄貴、朝ご飯交換しない?」


「駄目だ、病み上がりなんだから。それに健康的で素敵じゃないか」


 沙綾はふてくされて


「この煮物なんてめちゃくちゃ素材の味がして美味しいのに……うう、素材の味しかしない」


と文句を言いながらも箸を口に運ぶ。台風明けの病室で、僕ら兄妹は小学時代の仲に戻っていた。


☆☆☆


 朝食を終えたころ、医師が診察に来た。沙綾の回復は早く、明日には退院できるだろうとのことだった。ただ足の怪我のためにしばらくの間は松葉杖での生活が続くという。医師の言葉を沙綾は元気そうに聞いていた。大人の前の彼女は常に優等生の仮面を被っている。
 僕に一礼をして、医師は病室から出て行った。僕以外の人と話すときも普段通りの沙綾が戻ってきて安心した半面、僕はふとクローゼットを見つめて、後ろめたい気持ちになった。あの中にはボロボロになった一眼レフがある。あれを見たら沙綾はどう思うだろうか。


「そういえば、私のカメラ。どうなったの?」


 僕が考えを巡らす前に、沙綾が訊いてくれた。


「ごめん沙綾、実は……」


 僕はクローゼットへと向かい、傷だらけの沙綾の宝物を取り出した。かろうじてカメラの形は保っているが、レンズが割れてもう使い物にはならない。中のデータが残っているのかも怪しい。


「……そうだよね」


 沙綾は一瞬だけ本当に寂しそうな顔をした。


「いいの。もう使わないから」


「え? 写真やめるのか?」


「うん。せっかくだし、新しい自分の才能ってやつを発掘してみたい」


 明るく振舞ってはいたが顔から寂さがにじみ出ている。こいつまた心に仮面をつけたなと僕は思った。


「まったく、才能がある奴は羨ましいよ」


「兄貴にもあるでしょ。見つけてないだけで」


「一生見つからないかもな」


 皮肉っぽい僕のセリフを沙綾は笑って受け止めた。


「そんなこと言わないでよ。最近、兄貴変わったよね?」


「僕が?」


「うん。なんていうか社交的になった」


「社交的か」


「彼女でもできたの?」


 沙綾の予想外の問いかけに、ヨスガの顔が浮かんで僕は少し口ごもった。


「え? まさか図星? 冗談のつもりだったのに」


「そんなんじゃない」


 僕は顔が火照るのを感じる。


「兄貴の名誉のためにこれ以上は詮索しないでおくね」


 沙綾は笑いながら言った後、


「一応カメラはケースにしまっておいて。割れたレンズが危ないから」


と付け加えた。


「わかった」


 僕は言われた通り、ケースにカメラをしまい、クローゼットを閉じた。退院の時に沙綾と一緒にカメラも家に帰るのだ。ソファーに座って一息つこうとしたとき、看護師さんが病室に入ってきた。


「佐々良沙綾さん、面会の方がいらっしゃっています」


 沙綾はすかさず、優等生の仮面を被る。


「はい、どなたですか?」


「高校の部活のお友達ですよ。よかったですね」


 それを聞いた沙綾の表情が明らかに曇ったのがわかった。





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