ストロボガール -落ちこぼれの僕が、時を止める理由-

藤 夏燦

19. プレゼント

 時間が動かないショッピングモールを僕はヨスガと二人で回った。平日だが夏休みということもあって館内はそれなりに混雑している。固まったままの家族連れや買い物を楽しむ中高生たちの脇を僕らは歩いていく。
 ヨスガが中高生に人気のファストファッションのお店の前で足を止めた。お店に入って、年相応の少女のように服を吟味している。彼女は一回りすると僕のほうを見つめて少し恥ずかしそうに言った。


「私こういうのすごく疎いんです。似合うかどうか一緒に選んでもらっていいですか?」


僕は少し困った。僕もファッションには疎い。女の子の服なんてわからないし、一緒に服を選んだことなんてない。沙綾のファッションすら気にかけたことがないのだ。ヨスガは綾野先輩似の美少女なんだから何を着ても似合う気はするが。


「わかった。僕でよければ付き合うよ。参考になるかわからないけど」


少々自信なさげに僕は呟く。するとヨスガが少し意地悪そうに答える。


「ソウタさんが似合うと思う服装を教えてください。どうせ私の姿はソウタさんにしか見えないんですから」


☆☆☆


 試着室の前でヨスガのファッションショーが始まった。いくつか候補を選んだヨスガは試着室にこもり、僕は薄いカーテンの外側で彼女を待った。当然周囲の音が消えているので衣擦れの音がはっきり聞こえてくる。ヨスガはカーテンの向こう側で確かに「着替えて」いる。
 しばらくするとヨスガがひょっこり顔を出した。サマーニットにハーフパンツ。沙綾と似たような機能性重視の服装だ。


「どう、でしょうか?」


 改めて見るとヨスガは華奢な体系をしている。見た目の年齢は沙綾よりも年下なのだから当然と言えば当然なのだが、サマーニットは少し大人っぽいような気がした。赤いヘアピンと頬の絆創膏のせいもあるだろう。


「うん、似合ってるけど他のも見たいな」


「わかりました」


といって試着室へ引っ込んだ。心なしか顔が赤いように思える。
 次は薄手のパーカーにチェックのキュロットスカートで現れた。なんとなくあの時の綾野先輩を髣髴ほうふつとさせる。スカートは膝上まであり、さっきよりも年相応で動きやすそうだ。


「すごく似合ってる」


僕がそう言うとヨスガは照れながら答えた。


「本当ですか? じゃあこれにしましょうか。一応もう一着、あるんですけど」


「最後のも見たい」


「わかりました。ちょっと待っててください」


ヨスガは嬉しそうに試着室へ戻る。僕はデートなんてしたことがないが、こうしているとまるでヨスガとデートしている気分になった。僕の中でのヨスガはもう時間停止の観察官などではない。
 ヨスガがカーテンを恐る恐る開ける。前の二つよりも女の子っぽい服装だったのでヨスガは少し照れくさそうにしている。


「……似合いますかね?」


ところどころフリルをあしらった白いワンピースだった。僕はあまりの美しさに見とれてしまっていた。ヨスガは確かに何でも似合う女の子だ。だが逆にこの服を着こなせる女の子はヨスガしかいないだろう。赤いヘアピンも良いアクセントになっている。


「あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです……」


僕が黙って見つめていたのでヨスガが顔を赤くして言った。


「これが一番似合ってるよ」


☆☆☆


 時間を戻したあと、僕は白いワンピースを持ってレジに向かった。ついでにサマーニットやキュロットスカートなど試着した服と、彼女が履いていたローファー代わりにスニーカーも買った。何着もバリエーションがあったほうがヨスガも楽しいと思ったからだ。女物の服をもってレジに向かうと不審がられたが、ヨスガへの、女の子へのプレゼントなんだと自分に言い聞かせて乗り切った。
 出費がかさんでしまったが、ヨスガのことを思うとどうでもよくなった。どうせ小説かアニメのDVDを買うだけのお小遣いだ。そんな現実逃避に耽るより、目の前の現実にお金を使ったほうがなによりも楽しい。こんなこと数か月前の僕なら思いもしなかっただろう。
 ショッピングモールの真ん中にある広場で時間を止めて僕はヨスガを待った。大きめの袋を二つ抱えた僕を見て、ヨスガは目を丸くした。


「全部買ったんですか?」


「うん。どれも似合うと思ったから」


僕の言葉を聞いた後、ヨスガは嬉しそうに袋を受け取った。


「約束通り、例の動画は消しますね」


ヨスガは袋を置いてポケットからスマホを取り出すと、動画を削除する画面を僕に見せた。『削除しますか?』と画面に出ている。『はい』を押そうとして、一度手を止めた。


「……最後にもう一回だけ観てもいいですか?」


「なんでだよ」


「ふふっ、冗談ですよ。消しました」


そう言って僕にスマホの画面を見せた。『完全に削除しました』と出ている。


「代わりになんですけど、今のソウタさん、撮ってもいいですか?」


「今の僕?」


ヨスガはスマホを構えて僕に向ける。


「も、もちろん記録のためです。自分のためではなく、観察官のために時間停止を使った馬鹿な能力者がいた証拠を残しておきます」


眼を合わせることなく早口で言った。僕はヨスガを可愛いと思った。


「それはいいけど。こんなところでこんな格好でいいのか?」


 Tシャツに七分丈ズボンで背景はショッピングモール。ただの私服の男子高校生の写真だ。この写真をみて時間が止まった世界だとは誰も思わないだろう。


「それでいいんです。それがいいんです」


そう言ってヨスガはシャッターを切った。もうすぐ砂が落ちて僕とヨスガは離れ離れになる。ヨスガは着替えの入った袋を抱えると、僕を見てほほ笑んだ。


「ソウタさん、ありがとうございます。大切にしますね」


ヨスガがそういった後、すぐに賑やかなショッピングモールに変わり果てた。人から感謝されたなんていつ以来だろうか。それも可愛い女の子にだ。人ごみのショッピングモールで一人立ち尽くしながら、僕はずっと時間が止まったままならいいのにと思い始めていた。



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