私の幼馴染は大馬鹿だ

木崎優

私の幼馴染は大馬鹿だ


「君との婚約を破棄させてもらう!」

ぷるぷると震える指を突きつけて、顔を真っ赤にさせながら涙目で宣言しているのはこの国の第三王子だ。
私よりもひとつ年下で、可愛い顔立ちから上級生のお姉さまたちにきゃあきゃあ言われているので、噂だけならよく知っている。

――そして、これまで一度も話したことのない相手だ。

「そんな! 私とのことは遊びだったのですか!」

ちょっと違うような気がするけど、この際細かいことは気にしないことにしよう。

年上に大人気な第三王子の突然の宣言に廊下には人だかりができている。なんだなんだ、という好奇の眼差しが第三王子に向いて、それから私に向いて「なんだ、またいつものか」みたいに変わるのがいたたまれない。
それでも興味を失ったりしないのは、これから何が起こるのか気になるからだろう。

「え、あそ……ええ、と……君は僕の婚約者として相応しくない振る舞いをこれまでしてきた、申し開きがあるなら聞かせてもらおうか」

え、聞いてくれるの。婚約破棄を突きつけているのにずいぶんと寛大だ。
だけど困ったことに私は細かい設定なんて作れない。

「私のこれまでの所業は殿下を思えばこそ! それを不徳といたすのなら、こちらこそ婚約を破棄させていただきます!」

なので適当なことを言うしかない。
冷静に返したら第三王子が恥をかくことになる。もうこの時点で恥だらけだと思うけど、そこはもうあの馬鹿に関わったせいだと思って涙を飲んでほしい。

「そこまでだ!」

人ごみが割れ、馬鹿がやって来た。

「このように可憐な人を群衆の前で晒し者にするなど、どういうつもりだ!」

第三王子を晒し者にしている奴が何か言っている。戯言にもほどがある。

「さあ、魅惑のマドモアゼル。そのような婚約者など捨て置いて、私の手を――」

差し出された手を払って、思いっきり蹴飛ばした。
呻く馬鹿を見て、やんややんやと歓声が上がる。人望があるんだかないんだかよくわからない奴だ。

「あんた、馬鹿じゃないの!? 普通王子を巻き込む!?」
「いや、しかしな、あいつも了承済みで」
「どう見ても恥ずかしがってるじゃない!」

第三王子を見ると、顔を手で覆ってうずくまっていた。お姉さまたちが「頑張った頑張った」「可愛かった」と必死に慰めている。うるうると潤んだ瞳で「そう、ですか?」と見上げられたお姉さまのひとりが黄色い声を上げて、その場に跪いた。第三王子すごい。

「嫌がってる人を無理矢理巻き込まない! はい、復唱!」
「嫌がってる人を無理矢理巻き込まない……」

不承不承といった感じだったけど、それでも馬鹿は復唱してくれた。



私には物心つく前から付き合いのある幼馴染がいる。
人を巻き込んでの小芝居を突然始めるような馬鹿、それが私の幼馴染だ。

小芝居の舞台は、王立魔法学園。私と幼馴染が通っているここは、魔法の才さえあれば平民だろうと貴族だろうと――それこそ王族だろうと十二歳から通えることになっている。六学年もあるからか、身分の垣根を超えた友情が育まれたり育まれなかったりするらしい。

私はただの平民で、ちょっと魔法の才能があるだけの普通の子だった。だけど三年生に上がる頃にはちょっとした有名人になっていた。幼馴染のおまけとして。




「ねえ、あなた。少し調子に乗っているのではなくて?」

授業が終わり、机の上に出していたものをしまっていたら、突然そんなことを言われた。
机を取り囲む三人のお姉さま――たしか第三王子を頑張って慰めていた人たちだ。彼女たちの視線は時折廊下に向けられている。
口々に私を責めているけど、何をどう調子に乗っているのかはぼかされている。きっとそこまでの設定は仕上がっていないのだろう。

「そ、そんな。私、調子になんて……!」
「まあ、泣けば誰かが助けてくれるとでも思っているのかしら」

ちなみに私の目からは何も零れ落ちたりしていない。

「君たち、何をしているのかな」

そして廊下から馬鹿がやって来た。

「あら、私たちはこの方に分というものを教えてあげてるだけよ」
「分を知らないのは君たちの方じゃないのかね? ひとりを集団で問い詰めるとは、見苦しい」

かっとお姉さまの頬が赤く染まった。すごい、演技派だ。涙を零せなかったことが悔しくなる。別に女優なんて目指してないけど。

「さあ、行きたまえ。君たちのさもしい行動を報告されたくはないだろう?」
「ふん、覚えてらっしゃい!」

スカートを翻して教室から出ていくお姉さまたちを見送っていると、残った馬鹿がそっと私の手を取った。昨日までかけていなかった眼鏡の奥で、瞳がきらりと光った。

「怖い思いをしたね、もう大丈夫だよ」
「おばさまに怒られるよ」

幼馴染は馬鹿だから、みだりに人に触れるんじゃありませんっておばさまが言っていたのを忘れていたらしい。





今日は雨模様だ。ざあざあと雨が降っている――廊下に。

そしてそんな雨の中、傘をさしてうずくまっている馬鹿がひとり。その前には箱に入った子犬がいる。

「ははっ、そんなにじゃれるなよ」

子犬を抱きあげて爽やかな笑顔を浮かべる馬鹿。
私が雨で濡れないようにと、馬鹿の協力者がそっと傘を私の頭上にさしてくれている。協力者が濡れているのはいいのかな。

「おい、こら! 廊下に変なもの降らすなって前に言ったよな!」

そして当然、廊下に雨なんて降らせたら教師が怒る。人ごみをかきわけてやって来た教師を見て、幼馴染は慌てて立ち上がった。

「やっべ、お前ら撤収だ!」

馬鹿の一声によって雨は止み、傘をさしていた協力者はもちろん、人ごみの中からもわらわらと人が出てきて馬鹿と一緒に逃げていった。どんだけ協力者がいるんだよ。





「ねえ、君のこと? 魔王が気にかけてるのって」

ぽかぽか陽気の中で日向ぼっこしてたら、黒髪の男の子が話しかけてきた。誰だったかな、と思考を巡らしてすぐに、魔法学園始まって以来の大天才と名高い人だということを思い出した。年はふたつ上だったはず。

「え、はあ、多分……」

今回はどういう小芝居なのかな。あれだけだと、どういう役割を演じればいいのかわからない。協力者にはちゃんと設定を事前に明かすようにお願いしたい。

「ふぅん、普通そうだけど……特別な何かでもあるの?」

私の前に座ってじろじろと無遠慮に眺めて、それから髪を取って弄りはじめた。普通、というのが今回のキーワードか。平凡な女の子を演じればいいってことか――演じるまでもないけど。

「よく見ると可愛い顔をしているけど、まあそれでも特別って感じはしないし……ねえ、なんで?」
「え、ええと……私なんて、どこにでもいる普通の子ですよ。先輩が興味を示すようなものなんて、何も……」

髪を弄っていた手が頭に触れて、頬に触れて、手に触れる。観察するような眼差しに、どうしたものかと頭を悩ませる。今回の小芝居の内容も、役どころもさっぱりだ。

「ねえ、君さ――」

先輩が何か言い終わるよりも先に、私の体が宙に浮いた。突然の浮遊感とお腹の圧迫感で「ぐえっ」と女の子らしくない呻き声が出てしまう。
そのまま先輩が遠ざかった。正確には、私を持ち上げた馬鹿が私ごと先輩から離れた。

結局、どういう内容だったのかはわからなかった。





うららかな昼下がり、高笑いが中庭に響いている。「ふはははは!」という完全に悪者な笑い方に、今回はそういう小芝居か、と納得してしまう。
珍しいことに私は巻き込まれていない。今回の小芝居の主役は馬鹿と先輩だった。

「その程度の腕前で我に立ち向かおうとは、片腹痛いわ!」
「くっ……!」

膝をついた先輩の前で、馬鹿が魔王みたいなことを言っている。
学園始まって以来の大天才は今日、馬鹿に魔法合戦で負けた。

私はこの日、久しぶりに訪れた平穏を謳歌することにした。




私の幼馴染は魔王と呼ばれている。
かつてこの地を征服しようとした魔王がいた。魔法の才に長けた人が数人がかりでようやく倒せるほど強かったらしい。魔王は最後「千年後、我はまた蘇るだろう」と言い残して死んだ。

――という伝承のせいか、千年後に産まれた幼馴染は学園で魔王と呼ばれることが多い。

そしてそんな魔王と呼ばれている馬鹿は今、中庭を雪山に変えたせいで教師に追いかけられている。

「お前ら散れ! 散って俺を逃がせ!」

協力者たちを引き連れて教師から逃げ惑う姿は、どう考えても魔王には見えないのに馬鹿な話だ。




雪が完全に溶けてぽかぽかとした陽気が中庭を包んでいる。そんな中庭で私は今、木から飛び降りてきた人に捕まっていた。

「やあ、可愛い子猫ちゃん」

猫のように降りてきたのに人を猫呼ばわりするこの人は、ひとつ年上の第二王子だ。側妃の子で、第二王子なのに王位継承権は第三位という複雑な立ち位置にいる。
そんな複雑な生い立ちのせいか、あるいは生来の気質のせいかは知らないけど、女誑しで有名な人で、馬鹿の同級生だ。

「王子を巻き込むなって言ったのに……」
「いやいや、俺は嫌がってないからそこは許してあげて、ね?」

気障なウィンクがよく似合う。思わず許してしまいそうになるほど、かっこいい人だ。女誑しなのも頷ける。

「それに君とも話してみたいと思ってたから」
「そうなんですか? 私と話しても面白いことなんてありませんよ」

あの馬鹿みたいに愉快なことはできない。ちょっと小芝居に乗ってやるぐらいが関の山だ。第二王子が気にかけるほどの人物ではないと自負している。自負させてほしい。

「そんなところでいちゃいちゃして、見せつけてんじゃねぇよ」

そして馬鹿がやって来た。

「その女置いてさっさと去りな。そうすりゃ痛い目にあわなくてすむぜ」

馬鹿が三下みたいなことを言いはじめた。その役柄だと成敗されるのは馬鹿のほうだと思う。小芝居の協力者である第二王子は馬鹿を成敗することなく「じゃあまたね」とウィンクして去っていった。いい人だ。

「あんな軟弱な奴やめて俺にしろよ。なあ、姉ちゃん?」

木に手をついて私を閉じ込めた馬鹿はにやにやと笑っている。本当にこの馬鹿はどうしようもない。

「似合わないからやめときなよ」
「……わかった」

馬鹿は馬鹿だけど素直だ。





「あ、あの!」

のんびりと廊下を歩いていた昼休み、私は第三王子に呼び止められた。第三王子の周りには、以前馬鹿に協力していたお姉さまが数人。

「先日はすみませんでした」

ぎゅっと胸の前で手を組み、うるうると瞳を震わせている第三王子の姿に、お姉さま方がきゃあきゃあと黄色い声をあげている。

「いえ、巻き込まれただけだってわかってるので大丈夫ですよ。むしろこちらから謝りたいぐらいです」
「いえ! 僕はその、少し……小心者なので……だから、彼に協力したら変われるんじゃないかなって、そう思ったんです」
「あなたはそのままで十分ですよ。王族としてよく頑張っていると思います」

だからもう二度と、あの馬鹿に協力しようなんて馬鹿な気は起こさないでほしい。王族がみんなあの馬鹿みたいになったらこの国は終わる。

「ほら、みなさんも謝って」

第三王子がお姉さま方に促すと、彼女たちは心外だというように目をぱちくりと瞬かせた。

「あら、私たちはちゃんと気を遣ったのよ? どうせ私たちが何もしなくてもこの子は巻き込まれるでしょう?」
「私たちはちゃんと人目のない時を狙いましたもの。同じ女性として、好奇の視線に晒されては可哀相だと思いましたのよ」
「まあ、でもそうですね。集団で囲んで怖い思いをさせたかもしれないので、その点については謝罪します」

口々に言って、それから結局謝るお姉さまたちに慌ててしまう。馬鹿のせいだとわかっているので、彼女たちには何も思っていない。馬鹿に巻き込まれて可哀相、ぐらいには思っているけど。

「あの、本当に気にしないでください。慣れっこですので」

私が慣れた原因である馬鹿が廊下の先で「俺だけのけもの!? なんで!?」みたいな顔でショックを受けていたけど、知ったことか。






私の幼馴染はひとつ年上で、背も私よりも高い。

「ねえ、お姉ちゃん。僕と一緒に遊ぼうよ」

だから正直に言おう。馬鹿に姉呼ばわりされる謂れはない。それにその猫撫で声はどこから出しているんだ。
全身の毛が逆立ち、寒気が背筋を走った。

「きもちわるっ」
「……だよな」

達観した目をした馬鹿は、結局私と遊ぶことなくどっか行った。






「姫、どうか私の剣を受け取ってはくれませんか」

鎧に身を包んだ馬鹿が廊下に膝をついて私に一振りの剣を差し出している。
そういえば魔法騎士コースの備品がなくなったと教師が騒いでいた。大抵の騒動はこの馬鹿のせいだ。

「はい、いいですよ」

まいったな。剣を受けるにしても作法とか色々あるらしいけど、ただの平民だった私にはわからない。
とりあえず差し出された剣の柄を握って高く持ち上げたら馬鹿が気まずそうな顔をした。違ったらしい。






晴れ渡った青空が眼前に広がっている。私は今、竜に攫われている最中だ。眼下には色とりどりの屋根が見える。

まさか授業が終わりしだい竜に攫われるとは思ってもみなかった。竜の手が思っていたよりも柔らかかったのでふにふに突いていたら、一度落ちかけた。
竜の生態とかを調べておけばよかったと後悔する日が来るとは思いもしていなかった。

そして街中でも一際高い建物の――時計塔で私はようやく解放された。

「お疲れ様です」
「うん、お疲れ」

竜から人に変わった彼は、竜人が統治している国からの留学生で私のふたつ年上だ。竜人は竜に変化することができると聞いたことはあったけど、実物を見るのは初めてだったので、思わず好奇心の赴くままに行動してしまった。

「道中無遠慮に触ってしまい、申し訳ございません」
「いや、いいよ。少しくすぐったかっただけだから……こっちこそ落としかけてごめんね」
「いえ、自業自得なので気にしてません」

時計塔には最上階に物見用の部屋が用意されていて、私たちがいるのもその部屋だ。馬鹿みたいに長い階段を上らないといけないので、利用する人はあまりいない。

「待ってる間チェスでもしようか」
「私弱いですよ?」
「別に気にしないよ」

部屋の中にはチェス盤から飲み物、さらにはお菓子まで用意されていた。至れり尽くせりだ。

「君には感謝しているんだよ」
「特別なことは何もしてませんよ?」
「君にとってはそうかもしれないけどね。……君が入学してくる前の彼は荒れていたから」

私よりも一年早く入学した馬鹿は、その一年間の間で暴虐の限りを尽くしていたらしい。第一王子、第二王子、それから目の前にいるこの人や大天才な先輩が一丸となって立ち向かっていたとかなんとか。
それが今ではお祭り騒ぎの馬鹿になっている。しかも立ち向かっていたはずの人たちは今や馬鹿の協力者だ。

「こうしてチェスに興じていられるのも君のおかげだからね。……チェックメイト」
「そう思ってるなら少しぐらい手加減してくださいよ」
「もう時間切れだから」

その言葉に呼応するかのように扉が勢いよく開かれ、鎧を着込んだ馬鹿が現れた。馬鹿正直に長い階段を徒歩で上ってきたのか、肩で息をしている。

「悪しき竜め! 姫を返してもらうぞ!」

今回の小芝居は前回の続きだったらしい。
この後ふたりはチェスで決着をつけ、私は馬鹿と一緒に時計塔を降りた。







馬鹿の小芝居に付き合ってばかりの私だけど、これでも友達と呼べる間柄の人がいる。一年生の時に隣の席になった女の子で、学年が上がってもずっと隣の席だったので仲良くなった。

「ねえ、まお――あなたの幼馴染いるじゃない?」
「魔王でいいよ」
「そう? ならそう呼ぶけど……」

彼女は現在聖騎士団の団長を務めている人の娘で、学園に入らなかったら話す機会すらなかった子だ。三年間ずっと隣の席という運命めいた何かがなければ、挨拶程度で終わる関係だったかもしれない。

「あなたって世界征服とか狙ってないわよね?」

そして度々こんなことを聞いてくる。ちょっと物騒な子だ。

「狙ってないよ。もうそれ何回目?」
「あなたが世界を欲しがったら世界征服に乗り出すかもしれないでしょ? 騎士団長の娘として心配なのよ」
「大丈夫だよ。私は世界なんて欲しくないし……それに私が欲しがっても征服なんてしないよ、あの馬鹿は」

彼女は少し考えるように顎に指を当てて、それからゆっくりと口を開いた。

「でもあなたのことを気にかけているじゃない」
「小芝居の時以外だと話しかけてもこないのに? どうせ体のいい玩具とでも思ってるんだよ」


「――で、あそこで盗み聞きしていた魔王がショック受けてたけどいいの?」
「いいの。堂々と話しかけてこないあいつが悪い」

私の幼馴染は馬鹿だから自分がどれだけ目立っているのかわかってない。たまに暇ができると私の周りをちょろちょろするのに、話しかけようとしない。

「あなたから話しかけたらいいじゃない?」
「私から近づくと逃げるんだよ、あいつ」

前に変な小芝居をするなって気持ちを籠めて私から言ってやろうと思ったら、「す」と言ったところで逃げ出した。それからも何度か言おうとしては逃げられて――今では近づくだけで逃げ出す。






空は晴れ、雲ひとつない青空が広がり、私は今、学園ではなく市街地にいる。
机の中に入っていた一通の手紙によって呼び出された私は、お気に入りの服を着て幼馴染を待っている最中だ。

「すまない、遅くなった」

制服ではない幼馴染を見るのも久しぶりだ。学園に入る前は毎日のように遊んでいたのに。

「ううん、いいよ。どうせまた先生に呼び出されたんでしょ?」
「この間の備品のことでちょっと……」

苦笑いを浮かべている幼馴染を見るのも久しぶりだ。小芝居をしていない幼馴染も久しぶりで、ほんの数年前までは当たり前だったことが新鮮に感じる。

「今日はどうするの? 予定とか決まってたりする?」
「ん、ああ、そうだな――」

そして市街地に相応しくない金属音が響いた。
振り下ろされた剣が石畳にぶつかり、私を抱えた幼馴染が少し離れた場所に着地する。

「避けるとは卑怯な!」

剣を持った少年が幼馴染を睨んでいる。誰だこの人。

「村で一番の剣士である俺が悪しき存在である貴様を討ち取ってくれる!」

なるほどなるほど、そういうことか。

――ふざけんな。

「やめなさいよ馬鹿!」

私が怒鳴ると、見知らぬ少年がぎょっとした顔で私を見た。どうやら私の存在に気づいていなかったらしい。

「彼はただの馬鹿で、私の幼馴染で……だから悪い存在なんかじゃない!」
「……そこの君、危ないから下がってるんだ」
「危ないのはあなたでしょ!? こんな往来で剣なんて使ってどういうつもり? しかもなんでこんな日に来るのよ! 状況とか色々考えなさいよね!」

私がどれだけ楽しみにしていていたと思ってるんだ。昼休みに手紙を見た私は、授業が終わるとすぐに寮に帰って着替えて、それから幼馴染が来るまでずっと待っていた。
小芝居以外で話しかけてこない幼馴染と、ようやくふたりで話せると思っていたのに、新たな馬鹿に邪魔された私の気持ちにもなってみろって話だ。

「そこまでだ。彼は連れて行って……そこのふたりには何もしないように」

馬鹿馬鹿と私が叫んでいると、去年学園を卒業した第一王子が割り込んできた。街中で何やってるんだこの人。
魔王がどうこうと騒いでいる少年はめでたく衛兵に連れて行かれ、私と幼馴染と第一王子が残った。

「すまなかった。邪魔をするつもりはなかったのだが」
「ああいう輩が現れないようにするのがお前の仕事だろう」
「さすがに人の思想までは操作できん」

私の幼馴染はいつだって偉そうだ。たとえ相手が第一王子だろうとそれは変わらない。ただの平民である私は雲の上の存在のような人を前にして、完全に言葉を失っていた。

「だがまあ、今後こういうことが起きないように尽力しよう。デートを楽しんでくれたまえ」

はっはっはと爽やかに笑って立ち去る第一王子の言葉に、顔が熱くなる。考えてみたら幼馴染に抱えられたままだった。何これ恥ずかしすぎる。
羞恥心に負けないように気合を入れて幼馴染を見上げると、彼も私と同じように顔を真っ赤にさせていた。

「あのさ……私は変に凝ったことなんていらないよ。ただ言ってくれるだけでいいから」
「突然なんだよ」
「いや、こういう機会じゃないと言えないかなって思っただけ」
「……そうか」

幼馴染が私を見て、私も幼馴染を見て、間近に迫った幼馴染の口がもごもごと動いている。「す、す、す」と何度か繰り返されるのを私は息をするのも忘れて見守った。

「……するめいか食いたくね?」
「……あっちに売ってるよ」

私の幼馴染は大馬鹿だ。

男から言わないと駄目とか馬鹿なことを考えてるくせに、決定的なことが言えない馬鹿だ。小芝居をする度胸をそっちに回せよ。

でもまあいいさ。

どうしても我慢できなくなったらその時は、ふん縛ってでも私から言ってやる。

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