蒼穹のカナタ

葵 希帆

 犯人

「俺、絶対お姉ちゃんのように強くなる」
「でもかなちゃんは男の子だからマナは使えないよ」

 奏多は昔から美帆のような強い魔導聖騎士に憧れていた。

 でも奏多は男の子だ。

 だから、一生魔導聖騎士にはなれない。

「いや、今までの男が使えないだけで俺は使えるようになる。そして、いつかお姉ちゃんと一緒に魔獣を倒して世界を取り戻すんだ」

 いくら美帆が諭しても奏多は諦めることはしなかった。
 むしろ、奏多も魔導聖騎士になって、自分の隣で魔獣と戦い世界を取り戻したと思っている。

 その姿を想像すると嬉しくて涙が出そうだった。
 可愛い弟に血生臭い戦場には出てほしくない。
 でも隣で一緒に奏多と戦うことを想像すると嬉しくて仕方ないのだ。

「私もお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に戦う」
「ゆきちゃんは可能性があるわね」
「俺もぜってー魔導聖騎士になるからよ。ぜってーなるからよ」
「はいはい。かなちゃんとゆきちゃんと一緒に世界を取り戻しましょう」

 美帆も諦めて、今は奏多の夢を応援することに決めた。
 多分今なにを言っても奏多は意固地になるだけだろう。

 でも奏多がもっと大きくなったらきっと美帆の言っている意味が分かるだろう。
 それまでは応援しようと美帆は心の中で決意した。
 そんな長閑で幸せな時間を一つのサイレンがぶち壊す。

「四階で火事が起こりました。みなさんは落ち着いて避難してください。繰り返します。四階で火事が起こりました」
「お姉ちゃん」
「怖いよ」
「大丈夫よ。さぁ、避難しましょ」

 いきなりの火事に怖がる奏多と美雪。
 美帆は二人を安心させようと、優しく声をかけ二人を抱きかかえて避難を始める。
 体にマナを纏い身体強化をし、すぐに外に飛び出す。
 外からデパートを見ると四階部分が燃え盛る炎と黒い煙で覆われていた。

「……おかしい」

 アナウンスが鳴ってから数十秒でこんなにも火が回っている。
 この時美帆は自然放火にしては早いということに違和感を持った。

「かなちゃん、ゆきちゃん。ここで待ってて」
「お姉ちゃん」
「どこに行くんだよ」

 奏多と美雪を地面に下ろし原因を探しに行く美帆を二人は心配そうに止めにかかる。

「ちょっと逃げ遅れた人がいないか確認してくるだけだよ。それにここにいればもう安心だからちゃんと係員の人の言うことを聞くんだよ」
「でもお姉ちゃんが行かなくても良いだろ。他に人間に任せれば」
「確かにそうかもしれないわね、かなちゃん。でも今動けるのは私だけかもしれないし、それに私は最強の魔導聖騎士候補生よ。もしかしたら逃げ遅れている人もいるかもしれない。それを助けるのも魔導聖騎士としての役目よ」

 奏多はかなり姉のことが好きだった。

 だから火事の中に向かう姉のことが心配なのだろう。

 でもこれは魔導聖騎士としての役目でもある。
 魔導聖騎士は他の人よりも丈夫にできている。
 それに魔導聖騎士の一番の役目は、人の命を助けることである。

「でも……」

 しかし奏多は食い下がろうとしない。
 そんな奏多のおでこに美帆はキスをする。

 もちろん、美雪にもする。

「大丈夫よ。絶対に帰ってくるから。大人しく待っていなさい」
「「……」」

 美帆はそれだけ優しく言うと、マナを纏い火事が起こっているデパートの中に突っ込んでいく。
 大好きな姉にキスされた二人は呆然としたままただ見送ることしかできなかった。



 一階から三階まで見て回ってきたが、幸いにも逃げ遅れている人はいなかった。
 そして問題の四階に向かう。

「結構ひどいわね」

 マナを纏っている美帆も思わず顔をしかめてしまうほどひどい光景だった。

 辺り一面に燃え盛る炎。
 そして、視界を覆うような黒い煙。

 きっと、一般人だったら数分で死んでしまうぐらい過酷な環境になっていた。
 美帆は呼吸を落ち着かせながら犯人を捜す。
 いくらなんでもこんなに火の回りが早いのは異常だ。

 きっと誰かが魔法を使って引き起こしたに違いない。

 魔導聖騎士や魔導聖騎士候補生の中には探索に長けている者もいるが、残念ながら美帆は得意ではなかった。

 そのため、しらみつぶしに探していくことしかできなかった。
 しばらく探していると、自分以外の気配に気づく。

「……誰かいる」

 離れている時は無理だが、ある一定の距離まで近づければ、人の気配も感じ取れるようになる。

 美帆は気配を消して犯人に近づく。
 こんな火事の現場に一般人なんているわけがない。犯人の可能性が大きい。
 美帆は犯人に近づき、その姿を視認した時思わず声を出してしまった。

「……陽子」
「……美帆」

 それは美帆の幼馴染で親友の湯上陽子だった。

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