最弱無敵の精霊使い

葵 希帆

 過労死

大人たちは言う。

 子供の頃は良かったと。

 子供の頃はその意味が理解できなかった。

 大人には宿題がない。

 それに家に帰ったらビールを飲んでただ横になりテレビを見ているだけ。

 子供の頃の山崎修斗はそんな大人を見て楽だなと思った。

 子供は宿題があるし、勉強してもお金がもらえるわけでもない。

 だったら仕事してお金をもらっている大人はとても気楽だと思えた。

 でもその幻想は社会に出た瞬間、打ち砕かれる。

 毎日のように怒号される日々。

 やってもやっても終わらない仕事。

 サービス残業は当たり前。

 終電で帰ることができるならまだ良い方だ。ひどい時は会社に泊まり込むことだってざらにある。

 休日出勤もしているせいで休みの日はほとんどなく、あっても寝て終わる毎日。
 給料も残業代が出ないので手取りで二十万もいかない。
 家と会社を往復するだけの毎日。

 これが社会人三年目の修斗の現実だった。

「……なんのために働いているのだろう」

 深夜の道を歩きながら修斗は社会に愚痴る。
 大人になればもっと楽しいものだと思っていた。
 でも現実は会社の歯車になり、ただ使いつぶされるだけ。
 使えなくなったものは会社から捨てられ精神病院へと送られる。

「……歩くのすら辛い」

 毎日の長時間労働。上司からのパワハラ。

 栄養不足。

 そのせいで、修斗の体はボロボロだった。

「……子供の頃に戻りたい」

 あの頃は幸せだった。

 毎日友達と遊び、帰ったら親が夕飯を作って待ってくれていた。

 うざい上司もいない。

 過重労働もない。

 あの頃は分からなかったが、子供の頃はいろいろと楽しかった。

 もしかしたら、親も子供を見て羨ましいと思っていたのかもしれない。

 大人は気楽だと思っていた昔の自分を殴りたい気分である。

「……あれ、視界が」

 体に力が入らなくなり、足から崩れ落ちる。

 視界がぼやけ、動悸が激しくなる。

 修斗の体は過重労働とストレスにより摩耗し、限界を迎えていた。

 ここは深夜の人通りの少ない道である。

 もちろん、ここを歩いている人なんて誰もいなかった。

「……だ……だれか」

 声はかすれ助けの声も届かない。

 スマホで助けを呼ぼうとも、指に力が入らず電源すら入れられない。

 ……僕は死ぬのか。

 その瞬間、修斗は自分の死を悟った。

 どんどん動かなくなる体。

 見えなくなっていく視界。

 体も冷たくなり、そしてなにも感じなくなっていく。

「……そう言えば……昔、死ぬと……異世界に行くというラノベが流行ったな」

 修斗は高校時代に読んでいたラノベのことを思い出した。
 あの頃はラノベを読む時間もあり、よく友達とラノベや漫画、アニメについて談笑していたものだ。

 そのラノベによれば、トラックに轢かれた主人公が異世界で無双する話が多かった。
 でもそれはあくまでも二次元での話だ。

 三次元でそんなことありえるわけがない。

 きっと、このまま死んで輪廻転生させられて終わり。もしくは、地獄にでも行くのだろう。

 それにしてもつまらなかった人生だったと修斗は思う。

 死因は過労死。

 彼女なし。

 童貞。

「……異世界があればぜひ行ってみたいものだな」

 これが現世で修斗が言った最後の言葉だった。

 その後、修斗の遺体が発見され、修斗が働いていた会社は世論から批判を浴び、遺族には賠償金を支払われたが、亡くなった命は戻ることはない。

 享年二十四歳だった。

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