絶対お兄ちゃん主義!

桜祭

忘れられた目的

ゆらゆらと手の中のハチマキを振る俺に音は言葉を失い、青い顔になっていた。
本当は掏っただけなんですがね。
人間は物を持つ手を意識していないと簡単に横から奪い取れる。
綱引きなんて力比べをする前なら尚更力をキープしておくはずだ。
別に誰だって出来る簡単お手軽術である。

「嘘だろ……、あたし取られた感覚すらなかったぞ……」
「遠野先輩の手が動いていたの見えませんでした……」

あー……。
掏るのは簡単だがスピードを少しやりすぎたかもしれない。
瞬発的な動きだから出来た早業である。

「ただのイカサマだよ。ガチでやり合ったら俺勝てないよ」
「ガチでやったらあたしをコテンパンにしちゃうもんな。『イカサマをされたから負けたのは当然』だってあたしに思わせてショックを和らげたんだろ」
「…………」

いやー、なんだろうねこの空気。
無理してでも帰るべきだったな。
俺の体の意思もバカに出来ないな。
めぐりは今のやり取りを興味深く観察している。
勝負のトリガーの星丸はどうしたらいいかわからなくなっている。

「いやー、参ったよ遠野先輩。あんたの実力測り間違ったみたいで。マジ弟子にしてください」
「弟子の応募期間は抽選で0名様限定だ」

明るく負けを認める音の周りの空気も幾分か和らいだ。
このきっぱりとした引き際を見極められる彼女に感謝した。

「カッコイイです遠野先輩。また今度の機会で私達と遊んでください」
「はは、また機会があればなー」

多分もうない。
影太と星丸が居れば町で見かけたら話す事になるかもしれない。
でも、俺1人での遭遇だったら記憶もなく忘れさられるだろう。
3日空けば忘れられる自信がある。
そして忘れた事すら忘れ、今日という日は何事もなく家に帰ったと脳の記憶が書き換わるだろう。

「着いた、ここが如月マンションだ」

トラブルに巻き込まれたが影太の案内の元ミッション終了となった。
彼ら5人の記憶でこの出来事は残り、俺1人この出来事は残らない出来事だ。

「サンキューな先輩ら」
「またどこかで会えると良いですね~」
「……ありがとうございます」

各々らの感謝を背中に顔だけは良い3人の道案内は終了した。
もう会う事もない三つ子、特にめぐりには『ユキ』に再会出来る様にと祈っておいた。

「って、連絡先聞いてねーじゃん!道案内じゃなくナンパが目的だろ!」

めでたし、めでたくなし。

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