僕の従者

葵 希帆

 姉のような存在

 文哉と静香の年齢は五歳離れているので、静香と一緒に学校に通った年月は文哉が小学一年生の時の一年間だけ。
 だからこそ、今日から一緒に静香と高校に通えると思うと胸が躍る。

「文哉様、こちら制服になります」
「ありがとう、静香ちゃん」

 綺麗に畳まれた制服を静香から受け取ると、その場で着替え始める。
 真新しい制服。制服を着ているというよりかは、制服に着られている感じだった。
 ダークグリーンのブレザーにスラックス。
 一年生を示す赤いネクタイ。ちなみに、二年生は黄色、三年生は青になる。
 ちなみに女子の場合はネクタイではなくリボンになる。

「文哉様、ネクタイを締めてあげます」
「よろしく、静香ちゃん」

 制服に着替えた後を見計らい、静香が静かに文哉の前に移動する。
 その後、文哉の許可をもらった静香は手際の良く文哉のネクタイを締める。

「とてもお似合いですよ、文哉様」

 ネクタイを締め終えた後、文哉の恰好の最終確認をしながら主を褒める静香。

「ありがとう、静香ちゃん。静香ちゃんも似合ってるよ」
「……ありがとうございます。言葉通り受け取らさせてもらいます」

 前に立っている静香は、大人びた高校生にしか見えなかった。
 二十を越えた従者が高校生の恰好をしている。この格好は五年前には見れなかった格好だ。
 制服姿の静香に思わず見とれてしまった。
 その意を伝えようとするもの、静香の表情は複雑だった。
 高校にも行かず、中学を卒業してからずっと文哉に仕えてきた静香。
 そんな静香がこの三年間、少しでも学生らしい青春を送れたら良いなと主の文哉は思った。



 朝食を食べ終えた文哉たちが学校に向かう。
 執事がリムジンを用意してくれたが、そんなもので行ったら注目を浴びてしまうし、それになにより、文哉が普通の学校生活を望んだため、却下になった。
 執事はとても悲しそうな表情をしていたため、少しだけ胸が痛いが少しでも長く静香と一緒にいたいというわがままを優先させてもらった。

「文哉様、お荷物をお持ちします」
「良いよ。これぐらい自分で持てるよ」
「しかし、主人にお荷物を持たせるなど言語道断です」
「僕たちは今日から同級生なんだから、自分の荷物ぐらい自分で持つよ」
「……かしこまりました。しかし、お荷物が多い場合は私が持ちます」
「うん、その時はお願いね」

 朝、学校に向かう時。
 早速、文哉と静香がぶつかってしまった。

 高校生になり、自分でできることは自分でやりたい文哉。

 主のために尽くしたい静香。

 だが柔らかそうに見えても、意外にも頑固なことを知っている静香は、文哉が折れないのを知っていたため、この場は引き下がった。
 その時、静香が少し悲しそうな表情をしていたのは心苦しかった。

「長閑な朝ですね」
「そうだね。暑くもなく寒くもなくて過ごしやすい気候だよね」

 春の朝。
 降り注ぐ陽光がじんわりと温かく、冬の終わりを告げていた。
 遠くからウグイスの鳴き声が聞こえてきて、心が落ち着く。
 この付近に残念ながら桜の木がないため、桜吹雪は舞っていないが桜があるところだったらピンクの粉雪が降り注いでさぞ、幻想的だっただろう。

「せっかく静香ちゃんと同じ高校生だから同じクラスだと良いよね」
「そうですね。私も文哉様と一緒のクラスが良いです。違うクラスだとお世話も護衛もできませんからね」
「頼りにしてるよ静香ちゃん。静香ちゃんが隣にいると安心だよ」
「……私も文哉様の隣に入れて幸せです」

 中学の頃まではリムジンで通う毎日。
 それが一番安全だと親に言われていたが、つまらなかった。
 帰りがリムジンだと友達と遊ぶこともできないし、そもそも隣に静香はいなかった。

 でも今日からは違う。
 静香が隣にいてくれる。それだけでも文哉は幸せだった。
 静香ももう二十歳だ。彼氏だって欲しいと思う年頃だし恋だってしたいお年頃だろう。
 だが、従者という職業に休みはなく彼氏だって作れる暇などない。
 もし、静香が普通の女子大生だったら彼氏に困ることなんてないだろう。

 だからこそ、この思いは一方通行なのではないかと不安に思う。
 文哉のわがままで静香を束縛していることに、後ろめたい気持ちもある。

 それにこれはビジネスだ。

 文哉は主で静香は従者。それ以上でもそれ以下の関係でもない。
 でも文哉は静香のことを姉のように思い、姉のように慕っている。
 隣に静香がいて笑いかけてくれる。それだけでも文哉は幸せだった。

 静香が漏らした思いは春風がどこかに連れ去っていき、文哉に届くことはなかった。

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