夜明けの最終章

雪待月

また夜が明ける



その夜は、夢を見た。彼がまだ隣にいる頃の。
彼は綺麗好きで、とにかく自分の使う場所と道具は整理整頓してる人だった。僕がキッチンで珈琲をいれてポットや豆カスをそのままにしてると「ちゃんと片付けてよね」と小言をよく言われた。
それから、随分時間はかかったけど珈琲を入れた後の片付けはできるようになった。
一緒に生活していると、嫌なところが目につくのは自然なことだが、彼は僕に見切りをつけることなく、僕が間違う度に叱ってくれる人だった。靴下を丸めたまま洗濯機に入れるなとか、トイレのスリッパはちゃんとかかとを扉側に揃えろとか、お茶が無くなったなら入れてくれとか全部当たり前のことだった。
今思い返すと少し恥ずかしい気持ちを覚えるほど普通のことだ。
そうした彼の叱りは籠目屋で生きている。
包丁は洗った後すぐに布巾で水気を取って包丁立てに置くし、使った醤油なんかも手元に置かず棚に戻すようになった。
大人になってから言うのは変な感じだけど、成長したと思う。


その日は苦しくて目が覚めた。
あぁ、どうやら僕は窓を開けたまま寝てしまったみたいだ。喉が乾燥してしまって舌の後ろが喉に張り付くようだった。
布団の暖かさに名残惜しさを感じながらちゃんちゃんこを着て、一階に降りて水を飲んだ。そして目が覚めたら、下駄を履いて玄関をくぐり抜けて浜へと歩いて行った、まだ星がちらつく海の向こうが白み始める頃だった。


浜へ行く途中にある自動販売機でホットコーヒーを買おうとちゃんちゃんこのポケットに手を突っ込むと、あることに気がついた。
小銭入れを忘れてきたのだ。
仕方が無いので手持ち無沙汰なまま浜へと降りて、朝焼けを眺めていた。
しばらく眺めてから家へと戻った。
寒くなってすぐ帰ってきたので仕入れまではまだ時間があった。
僕は珈琲を淹れると自室に戻って、いつものように手紙を書き始めた。


珈琲がそろそろ無くなるという頃に手紙を書き終えた。少しだけ長くなった。
手紙を書き終えたので仕入れに行こうと支度をして、今度はお金を忘れないように確認は怠らなかった。
市場へ行くといつも通り贔屓にしてくれている魚屋さんに行った。「おう!籠目屋さん、おはようさん!今日はいいブリが入ってるよ、刺身にしても美味いぜ」と挨拶してくれた。
一通り目を通してから、ブリを2尾とサバとイカを買った。アサリをおまけしてもらった。次に向かったのは八百屋さん、くじら屋さんだ。「はい、籠目屋さん、おはよう。今日は野菜いっぱい届いてるよ、じゃがいもなんか一箱で900円だよ。檸檬も安くなってるよ」
と挨拶してくれた。すすめてくれた檸檬とじゃがいも、それから人参なんかを袋いっぱいに持たせてくれた。いっぱいおまけしてもらった。
次に向かったのは精肉店の六屋さんだ。「おはようございます、今日は手羽がいっぱい入ってますよ、それから猪肉が安くいっぱい手に入ったから買ってっておくれ、焼き物でも汁物でも美味しいよ」と優しい笑顔を向けてくれた。すすめてくれた手羽と猪肉、それから牛の肝を買って帰った。
仕入れから帰ると店の前に女子高生がたくさんいた。なんだろうと思いながらも裏口から店に入った。
すると店内にはもう調理服に着替えた陽子ちゃんがいた。
「あ、店長!おはようございます!」
と嬉しそうに挨拶してくれた。おはよう、今日は早いねというと陽子ちゃんはにんまりとして答えた。
「今日は授業がお昼までだったので、友達と遊んでから来ました」
とまるで宝物を自慢する時の子供のように答えてくれた。そうなんだ、じゃあ表の子達は友達かと問うとまた嬉しそうに答えた。
「はい!学校で、みんなにここで働いてるって言うと友達が来たいって…ダメでしたか?」
ううん、お客さん連れてきてくれて嬉しいよと返すとまた嬉しそうだった。
じゃあ、お友達の為に少しだけ開店時間早めようかと言うとそそくさと支度を始めた。


今日のメニューは手羽の煮付け、檸檬を刻んでフレッシュに仕立てた。
汁物で猪肉の肉吸いを作った。お豆腐を入れて小ねぎを散らして完成だ。
あとは若い子向けにじゃがいもはポテトサラダにした。サバは味噌煮に、ブリは炙りにしてお刺身で出した。食後に檸檬のシャーベットを作った。砂糖などの甘さを控えて檸檬の味を感じれるように仕上げた。
みんな美味しい美味しいと言って食べてくれた。「こんないいお店で働けるの陽子羨ましいな〜」などいっぱい褒めてくれた。
久しぶりの若い子達のお客さんで僕も楽しかった。陽子ちゃんのお友達が帰った後で僕と陽子ちゃんで2人で晩ご飯を作って食べた。牛の肝を焼いて、余ったポテトサラダだけど、陽子ちゃんは嬉しそうに食べてくれた。
じゃあ、そろそろ帰ろうかと陽子ちゃんを今日も自宅まで送ることにした。
「店長は恋人とか、いないんですか」
とこちらを見ないで陽子ちゃんは聞いてきた。いないよ、好きな人は遠くに行っちゃったから、と答えると陽子ちゃんは心持ちが悪そうな顔を浮かべた。ごめんね、と返すと「わたしこそ変な話を…」と俯いてしまった。
正直な所を言うと、陽子ちゃんが僕に向けてくれている気持ちには気づいている、けど知らないふりをしているのはこれが彼女の為で、僕の為だ。
「……じゃあ、店長また明日ですね、明日は少しだけ遅くなります」
大丈夫だよと笑顔を向けた。
「じゃあ、おやすみなさい」
はい、おやすみなさいと返すと彼女はすぐに顔をそむけて玄関を閉めた。
…また夜明けに。

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