栴檀少女礼賛

マウスウォッシュ

カビたパンと雷鳥の声

 映画を見終わった僕たちは、夕方の涼しい風に吹かれながら、駅前の大通りを歩いた。


「家でのミカってどんな感じなんですか?」


「あー、あんまり変わんないかな?」


「家でもネタ探しとかしてるんですか?」


「そうだね、大体1年くらい前から新聞の切り抜きとか始めて、今じゃお父さんの為に新聞取ってるのか、ミカの為に新聞取ってるのか分かんなくなっちゃってるね。」


 僕はそれを聞いた時、ちょっとだけホッとした。もしミカが幼少の頃から新聞の切り抜きを趣味としていたなら、アミが巻き込まれたあの事件について、既に知っていたかもしれなかったからだ。


「じゃ、マキ先輩は家で何してるんですか?」


「そうだね......大抵は家事とかやってるかな。」


「家事ですか、良いですね。家事できる女性って何だか家庭的で。」


「そのセリフ、何だかカビたパンみたいな匂いがするね。」


「そうですか?」


「うん、古臭い価値観だよ。」


「先輩のセリフ、何だか雷鳥の鳴き声みたいですね。」


「なるほど、ハヤテくんはタダの古臭い人間ってだけじゃ無さそうだ。きちんと教養も持ち合わせてる。」


「いつもアミの横に居るお陰ですかね。」


「なるほど......白檀のような少女は、周囲に居る者にも知性の光を照らすのか。」


「詩的ですね。」


「今は、詩で男の人を惚れさせられる時代じゃないけどね。」


 マキ先輩がそう言った瞬間、少しだけ表情に翳りが見えた。しかし、一瞬で元の明るい表情に戻り、時計を確認した。


「お腹すいたね、何処か食べに行こうか?」


 僕はすぐ「いいですね!」と言おうとしたが、何故か彼女と一緒にご飯に行く事が、悪いことをしているような気がしてきて、二つ返事で返答することが憚られた。


「いや......僕は特にお腹すいてないんで、大丈夫です。あと、今夜は家に祖父母が来てちょっとしたパーティ的なのをするんで、そもそも外食は避けたいんですよね。」


「あ、そうだったの。ごめんなさい、それじゃあ私との夕食はまた今度ね。」


「すみません。」


 ホントはパーティなんてない。祖父母が来るのは本当だが、一緒に夕食を食べる云々は適当に言った事だ。


「いいのいいの。」


 マキ先輩がそう言った瞬間、いきなり後ろからポンポンと肩を叩かれた。僕は誰か知り合いにでも見つかったか? と思いながら振り返った。


「あ! やっぱそうだ!」


 振り返った先に居たのは、アキバ先輩だった。

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