ゼロからはじめる島津大河誘致

郭隗の馬の骨

第41話 祭り之介の面接相談(2)

さて 祭りの介は話したいことが沢山ありました。
沢山の人、でもその一人一人が貴重な経験や情報を持ち、いわば先生のような存在として祭り之介の心に沁みついていたのです。
最初に印象に残ったのは、少しきつめのアドバイスをした、恐らく女性の人でした。
彼女のアドバイスは「騙されたと思ってハートを一杯つけなさい」でした。
初心者の祭り之介は素直にその通りにしました。
すると今までのペースとうって変わっていいねやリツイートが増えていきました。
彼はそのことをとても感謝していましたし、そのことを杉田にも伝えました。
驚きもありました、歴史に燦然と輝く戦国武将、その末裔に2人も出会い、自分だけのためにメールでその豊かな教養を分け与えてくれたのです。
片田舎にいる自覚のある彼にとってそれは夢のようでした。
彼はその話を興奮気味に話し始めます。
一人はあの島津の一族であり一門として他の島津の方々と交流があるそうでした。
その人のホームページには何度も訪れメールも見ましたが恐れ多くて近づけません。
ですが、ある時その島津さんは都城島津について情報を発信し、それがとても詳しくまたわかり易かったのでついに祭り之介は意をけっしある質問をしました。
都城島津家と島津義弘にはどのような関係があるのでしょうか?
殻がこのような質問をしたのには訳があります。
祭り之介が都城島津邸に見学したのちそこのお土産コーナーで都城島津家の家系図を見つけました。
そして家系図を見ると島津宗家と関わっているように歴史の素人である祭り之介には見えました。
でもどう関わっているかはわからないため詳しい人に質問したいと常々思っていました。
メールが返ってくるまで祭り之介は緊張していました。
でもそれは杞憂でした。
島津さんは丁寧なあいさつの後に自分も都城島津家は興味があるので少し調べてみます、というありがたい返事でした。
その数日後1000文字は優に超える、800年の都城島津家の歴史が3つの歴史書からの考察によりどのように変遷したか、とりわけ島津義弘と都城の関りについて詳しく解説されていました。
この詳細な説明の結びには「島津義弘と都城島津家との間にはゆかりがある」という何とも味わいのある言葉で関係がつづられていました。
祭り之介はその時興奮していました。
ツイッターがなければ恐れ多くて一生縁のない御仁だっただろうと。
その後も祭り之介は島津さんと時々ですが交流があることを杉田に話し、心なしか彼は嬉しそうに話を聞いていました。
彼の報告はまだつづきます。
※この話は一部ひょう表現内容にフィクションが入っていますのでご留意ください。

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