ゼロからはじめる島津大河誘致

郭隗の馬の骨

第38話  島津と敵

今日は島津の敵に対する扱いや考え方を皆さまとご一緒に考えてみたいと思います。
戦国島津は勇猛果敢、その戦闘は苛烈を極める、多くの皆様にとってそのような認識であり私もそうです。
これは歴史上の多くの資料から真実に近い姿とされており、時には現代の価値観や法に照らすと問題となることが出てくるでしょう。
織田や上杉や武田や伊達や毛利、、、上げればきりのない同時代の大名と同じく血で血を洗う抗争をしていました。
そうした状況、あるいはその時代の常識といっても過言ではない中で島津の敵という概念を考えてみたいと思います。
以前紹介した内容もありますが復習のためもう一度学んでみましょう。
「敵となる 人こそは我が師匠ぞと 思い返して 身をも窘め」
敵であっても、見方を変えれば見習うべき手本となるから自省のための教訓として学ぶ心構えを持とう というわけです。
ここである脚注では憎むべき人ともありました。
もし私たちの中に敵のような存在がいてもただ憎むのではなく彼らから学ぶ必要があります。
孫子にもある通り「敵(原文は彼)を知り己を知れば百戦危うべからず」です。
もう一つ紹介します。
「回向には 我と人とを 隔るなよ 看経はよし してもせずとも」
難しそうですが簡単に言えば敵味方区別なく弔いましょう。お経は読んでも読まなくてもいいよ、そのような意味です。
最近少し心配なことがあります。
国際化に伴い最近いろんな国や地域の人々が日本に来ています。
中には日本人の住む場所を奪う憎むべき敵と思われる存在も現実として見るべきでしょう。
ただ、そうした勢力が力を持つのは彼らなりの知恵や方法があるからです。
彼らの方法が卑怯だとしてもその方法を分析する心構えは必要ではないかと思います。
また、死体けりという言葉にあるように彼らの失策を笑うとすると足元をすくわれる可能性もあります。
私自身も悔しいですが、やはり戦上手の薩摩の教育は参考にする必要を感じます。
別の面からも見てみましょう。
弱いものいじめをしない、薩摩の教育の特色です。
でもそれは、かつて薩摩の地でもそうしたことが多く起きそれに見かねた当時の城主や実力者が教育をした、という側面があります。
つまり薩摩もいろいろな問題が起き、その度に自省をすることによって教えを守ってきたと言えます。
薩摩の強さは何も鉄砲やその体力だけにあるのではありません。
むしろその本質は教育とこころと思考を自省し研磨し続ける自己鍛錬にあったのではないか、私はそう思います。
戦国時代、薩摩の天敵であった豊臣秀吉以外には優勢に戦うことが多かった戦国島津、その働きによって比較的自分の領土を外敵から守ってきた実績があります。
敵に対する島津の歴史は現代の日本に教訓となるのではないか、私はそう思います。
蛇足ですが島津は負けるな!勝て!の精神が強いある意味皆様の想像通りの一面を持っています。
いま、苦戦を強いられ自分の土地で「一所懸命」に戦う皆様に精一杯のエールをお送りします。

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