ゼロからはじめる島津大河誘致

郭隗の馬の骨

第9話  島津義弘の考察

それぞれの人により島津義弘の考察は異なるだろう。今回は40代のフウイの視点から考察することにしよう。
彼が最初に知ったのは光栄というゲームが開発した信長の野望というゲームからであった。このゲームで島津はいくつか特別な能力や環境を付与されていた。
まず、戦闘力がとにかく強い。そして島津義弘その人だけに付与された長距離の移動能力、それに鉄砲の能力もぴか一であった。一言でいえば「チートである」
その当時の噂話の一つに光栄の中の人の中で薩摩出身者がいてえこひいきしているのだというのがあった。真偽はともかくそれくらいキャラがたち人気もあったのだ。
次に来るのは格闘の無双ゲームで彼のキャラはなぜかお爺さん扱いとなっていた。
意外に思われるかもしれないが義弘の若き日の容姿は白く、若い女性に人気がありそうな姿であったそうだ。そう考えるともし老人の姿ではなく若者姿で無双すれば今よりさらに人気があったのではと残念に思えてならない。
月日がたち、大河ドラマの端役で島津兄弟が出演した。だがその姿は世紀末の悪党のようであり、お世辞にも人気のある姿ではなかった。
NHKの陰謀論の話もネットではあったが、フウイはその論争に巻き込まれた時点でイメージダウンとなり不利になると考えていた。
以前考察した外からの妨害者に対するのと同じくここは臥薪嘗胆、スルーすることにした。
次にキャラ付けについて考察した。
有名な話として大の愛妻家であり手紙での会話は現代の私たちでも恥ずかしくなるような仲の睦ましさであったと伝えられる。
また、大の猫好きとも知られ、同じく猫が好きな息子が戦死し、猫も死んだのちに猫のために神社を立てるほどであった。
また、他の文献では薩摩人そのものがいわゆる「かわいいは正義」を実践していて、彼の甥の島津豊久などはいまでいう男の娘扱いされたという風聞もあるそうだ。(男の娘といえばバカとテストと召喚獣というラノベに出てくるヒデヨシというキャラを思い浮かべる人もいるかもしれないが豊臣秀吉とほぼ同じ時代にこうした話があるというのは歴史の不思議というものではなかろうか。
話は逸れたがイケメンで猫好き妻に優しくかわいいは正義、これはすべてネットの大好物で人気が出ないわけがない。
ではなぜネット以外の人気、例えばテレビや新聞での露出が少ないのか、フウイの考察は続く。

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