「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第五部「雨降りと嘘つき」(11)

-ホントにここまででいいの?-

亀山さんは僕を何歳だと思っているのだろうか。霧が晴れたとほぼ同時にフェリー乗り場はまたいつもの中途半端な活気を取り戻し始めた。正直片道分のお金しか持ってなかったので、亀山さんに帰りの運賃は貰ったのだが、ここからは座っているだけで家のある島まではつくのだ。

-ていうか、ちゃっかり一緒にフェリーに乗ってるじゃないですか!-

-いやぁ、聞きたいこと全部聞くまでは帰れないからねぇ-

-今、部屋は汚いですから無理ですよ…-

-まぁ、そこまではいないよ。それよりさ、来年度からの進路とか自分なりにある程度決めてたりしないの?-

-あぁ…松山商業に行きますよ。期待通りかどうかは知りませんけど-

-おぉ!ついに常勝軍団に戻るわけだ-

-まぁ、どう捕らえるかは亀山さんしだいですけど…。でも今日の話を聞いて思ったんです。興居島中は本当に良いチームでした。でも実際決勝戦で負けました。代打を6人送り込んだのも少しの少しぐらいは原因にあるかもしれません。結局僕の牽制球エラーで決勝点を取られたんだし、青木があんなに打ってくれたのに僕はどうしてもあのシンカーが打てなくて。それが悔しくて悔しくて、野球ってどんだけ難しいスポーツなんだと。でもそれと同時に次は絶対勝ってやるとも思いました。自分のやりたいことは、正直今は野球しかないんです。ただのスポーツにどんだけ必死になってるんだと思うかもしれませんが、ホントに野球が好きなんです。どうしてか分からないけど、今それに嘘をつくことが出来ないから僕は一番僕を必要としてくれてそうな学校に行くんです-

-それは青木君が交通事故で亡くなったことも少しは気持ちに含まれているのかな?-

-もちろん、青木は僕の野球の中でかなり大事な存在でした。あいつがライトにいるからランナーがいても思い切って投げれたんです。でも僕を支えてくれる人はきっと青木だけじゃなくてあのチーム15人、そしてお父さんとか、もうたくさんいると思います。その人達の期待に少しでも応えようとしたから僕が野球が出来ているんだと思うんです。そういうことを気付かせてくれた青木は本当に大事な存在でした。いや、「でした」じゃなくて大事な存在ですよ、今も。-

いつもよりもたくさん喋ってしまったので、亀山さんもこれはかき入れ時とばかりにノートにせっせと書き込んでいる。

-成長したね、今日のお昼頃より。-

珍しく亀山さんがノートに書きながら喋った。でも僕もそう思う。見たくないと逃げてきた試合を振り返ることをしなければ、きっとまた松商以外の学校に行こうとしていただろう。そういう意味では亀山さんだって…

-もちろん、亀山さんだって、感謝してますよ-

亀山さんも少しポッチャリしたほっぺをくしゃくしゃにして笑顔を作ってくれた。それだけで僕も凄くうれしくなった。不思議だ。笑顔でこんなにたくさんの事が分かるなんて。

もう外は真っ暗の中にある程度の星を残すのみとなっていた。海も空と変わらず濃い絵の具の青の色みたいになってきて、まるで空と海がつながっていくようだった。そう思った瞬間、僕の頭の中にさらさらと言葉が浮かんできた。

空を漂う星の船

夜だけ運ぶ定期便

空を漂う星の船

夜に運ぶ定期便

夜にフェリーを見ると空と海が同じような色をしているので、星と区別がつかなくなる。時々練習帰りに感じていたことだ。やっぱり文学少女なお母さんの子だからなのだろうか。考えれば考えるほど言葉に言葉がつながってきたので思わず口ずさんでしまった。

「星の船」



星の光を浴びて

道と草と脱ぎ捨てた自転車が揺れる

僕は光を避けるように

この町で一番高いところにかけ昇る


伝えたいことはいつも嘘になるくらい不器用なのさ

写した宿題も教えたトリビアも全部嘘にしておいて


海が空に恋をして

境目がどんどん消えていく

思いをたくさん背負って出発した

船の行き先は星の海


空を漂う星の船

夜だけ運ぶ定期便

空を漂う星の船

夜に運ぶ定期便


今日家に帰ったら急いでノートに書き記そう。僕が詩を書いたなんてお母さんに知られてしまうと、きっと泣いて喜んでしまうので、ひっそりとしまっておかないと。


-シャドーピッチング見ます?-

無駄に船の上で投げたくなってきた。船の少し向こうに青木が居るような気がしたからだ。夏休みまで一緒に練習していた最後の日だった。青木は珍しくいつもの駄菓子屋に寄らず、急いで帰ろうとしていた。

僕が一人で帰った時に、半ば乱暴にお父さんに車に乗せられ島内の病院に連れて行かれたのだ。僕がついたときには既に青木は二度と動かない状態になっていたのだが、あまりにも突然で、あまりにも予想もしていなかったことなので、その場では驚くことが出来ず。何となくお葬式も過ぎ、僕自身のホントの気持ちも分からないままに今まですぎてしまっていた。

―ボールの早さにびびるなよ!元キャッチャー!―

-こんなんじゃ、100点ぐらい取られるぞ!まだいけるだろ!-

それもきっと僕なりの受け入れ方があるはずだ。今ならそう思える。青木が今のように僕とキャッチボールが出来る限り、僕はお前を忘れないから。これからも頼むよ…

「拝啓 親愛なるヒカルに告ゲル」

あっ、また詩が書けそうだ。けどこれは詩なのだろうか…

-ホントにここまででいいの?-

ホントにしつこく亀山さんは聞いてくる。

-それより亀山さんはこれからどうするんですか?-

―僕はこのフェリーでまた帰るよ。じゃあ、また新聞見といてね―

それだけ言うと亀山さんが足音を響かせながらフェリーに戻っていった。あの仕事熱心さはホントに感心させられるな。僕も野球選手になれなかったら新聞記者になろうか。捕らぬ狸の何だっけ…と思い出しながら振り向いた瞬間、絶対に違う答えを声に出してしまった。

-詩織!?-

あの意地悪ばかりしてくる詩織がこんな時間にわざわざフェリー乗り場にいるのだ。

-何してるの?-

-別に、偶然立ち寄っただけよ-

―どういう偶然が重なったわけ?―

―ていうかホントに一人で松山に行ってきたんだぁ。野球以外の事も人並みにこなすのね。―

-何が言いたいのかよく分からないけど…-

-とにかく、これあげる-

-なに?この若干しめった折り鶴は…-

―知らないわよ、ちょっと前に空から降ってきたのよ―

―はぁ?―

-なんでもいいじゃない。いるの?いらないの?-

―別にどっちでも…―

ばしっ!

―是非いただきたいと思います…―

どういう経緯か自分でもよく分からないがとにかくよく分からない折り鶴を貰ってしまった。

-あっ-

空からふわりふわりと折り鶴が降り落ちてくるのだ。それも2羽や3羽じゃない。それ相応の数の折り鶴が降りてくる。

-ちょっとロマンチックよねー。-

それは否定できない。ホントに綺麗だと思った。

-ねぇ、私と付き合わない?-

-えぇ??-

あまりにも突拍子もないことを言ってきたのだが、この不思議な「鶴の雨」にそれも良いかなと思えてきた。いったい誰がどんな目的でこんな折り鶴をばらまいたのだろう。それも今まで見たことの無いような詩織の笑顔を見ていたら、ナイスアシストなのだろうと思える。あっアシストはサッカーか。野球にたとえると…、送りバント?うーん…。何でも良い。どっちにしろ、僕はこの不思議な霧の日をわすれられないだろうから。

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