「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第四部「テノヒラトハナビラ」③

第5章「つながっていく記憶」

卒業式の次の日と言うのはこうも奇妙なものなのだろうか。
見たこともない霧が立ちこめ、よけいに何をしていいか分からなくなるし、そのまま諦めるとまた詩織に馬鹿にされるので仕方なく来てみれば、見たこともないような霧が立ちこめ始め、ちょっと厚着の春服を着てみれば気温がドンドン高くなり、上着を脱がざる終えなくなってしまった。そして肝心の唐揚げやさんもいつのまにか潰れている。これでは中学生の自分には何も出来やしないじゃないか。それで僕はいったい何をしているかというと…。

-ヒカル君もマックでご飯食べるんだね~-

この小学6年生から僕を取材している新聞記者の土山さんとマックでビックマックセットのポテトをつまんでいる。こっちが霧であっけにとられているときに、偶然声をかけてきたのだ。今年の春の総体の決勝についてまた聞きたいらしい。

-正直さ、最後の6人の代打攻勢はどう思ったの?-

やっぱり。この人はマスコミ関係の人の中で一番僕に優しいと思っているが、それでもこの質問をするのだ。きっとこの人達はそれをしなければ興居島の勝ちだと言いたいのだろう。確かにそうかもしれない。試合の始まる前からハンディがあったんだし、それでいて僕のエラーの一点差で負けてしまったのだから。そういうときは決まってこう答えるようにしている。

「正直、あのときの感覚ほとんど覚えてないんですよね。」

本当なのだ。負けたときにかなり悔しかったことだけは覚えている。しかしそれ以上の事…つまりあの「代打6人攻勢」の時の感情や空気、オーラ、なんかそれを超えたもっと、野球をしていてある程度の集中力を超えた瞬間に現れるようなその「ゾーン」も完全に忘れているのだ。別に思い出したいわけでは無いのだが、いろんな人に聞かれれば聞かれるほど気になってしまう。「とりあえずヒカルは投球練習をしながら泣いてたよ」とか「最初はベンチで呆然としていた」とかテレビの中継を見ていた人にいろいろ言われたがそれもビデをその試合に限って撮っていなかったので自分で確信は持てない。テレビの特集で何回も僕のエラーシーンは見たが、そんなもの一般の記憶の切り抜きだ。たとえそんな記憶をつなげても得られるのは経験でも成長でもなくただの共感だけだ。……とこの人にも言ってやりたかった。でも無駄というか当たり前で分かっていると思うので言わなかった。
 “”
-そういえば今日君の試合の再放送があるんだよ。午後4時だからあと1時間後か-

そんなこと確かに朝お母さんが言っていたような気がする。全く興味が無いと言えば嘘になるが、気にしないことにしないといけないと思ったので、見ないことにしていだ。

-じゃあさ、覚えてるとこまででいいから教えてよ。-
仕方ない。一緒にテレビを見ようと言わなかったところがこの人のいいところだと思うので、この要望には応えることにした…

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品