神業(マリオネット)

tantan

2ー24★王女の回想⑩歯車

侍女は王女が投げる食器を無言で受けていた。
彼女の胸元にソースがつくが、そんな事に気にする素振りは一切見せない。


明らかに上記を逸した振る舞いを見せる王女。
大声でひどく怯えたように泣きながら何かを叫んでいる。
今の彼女の声は侍女には聞き取ることができなかった。


侍女は今、資料室の前にいる。
もちろん王女が下した命令により立ち入り禁止になったと言うことは知っていた。
それなのに資料室にいるのは、それが王からの勅令だからだ。


侍女の役目は王女に[王が呼んでいる]ということを言えばよいだけだ。
後の詳しい内容は王が直接伝えることになっている。
それ以外はない簡単な伝言でしかない。


彼女は王が王女に伝えようとしている内容を知っていた。
そして、今自分の目の前で激しい悲しみをあらわにする王女を見ることで侍女は勘違いしてしまうことになる。


恐らく、王女は王が告げるべき内容を先に知ってしまったのではないかと…
侍女が話の内容を自分が知ったのは今日、王に呼ばれ直接きいた時だった。
周囲の話によると、今回の情報はもっと前から王には届いていたらしい。
だが、王は王女に話すという決断にどうしても踏み切れなかったようで今日まで日数を重ねてしまったようだ。


少し前まで体調も良くなり元気で優しい王女に戻ったと、みなが言っていた。
しかし最近の王女には違和感を感じる対応が多いように思う。
そして資料室の事も含め侍女自身も違和感を感じていた一人だった。
だが、もしも彼女の中で辛いことがあり一人になりたいと感じたのであれば…
今回の対応も納得のいく部分が多々あるように思う。


食器を投げつけられ、トレーを投げつけられソースまみれになりながら侍女は王女の方へ歩を進める。
やがて王女の目の前までくると彼女は静かに王女の右手をとった。


「お辛いでしょう。フィリア様、どうかワタクシを気の済むようにしてくださいませ」


侍女の中では、今の王女の悲しみは図りきれないものだった。
彼女は大好きな・・・・王女になら
どれだけ殴られようと構わない。
どれだけ恨まれても構わない。
どれだけ嫌われても構わない。
王女が今の辛い思いを忘れられるのであれば、自分は何でもしてあげたいと思っていた。


★★★


「ふざけないで!アンタなんかに何が分かるの!」


これが侍女に優しい声をかけられた王女の第一声だった。
優しくとられた右手を強引に振りほどき、侍女を睨みつけながら王女は怒号を浴びせる。


自分の体が宿り子として覚醒し始めている。
その衝撃の事実を感じている王女にとって、今の侍女人間の言葉というのは苦痛にしか感じなかった。


宿り子は亜人以下の存在。
と言うよりもモンスター全ての敵
一度、宿り子になった者が普通の人間に戻ったなんて話は聞いたことがない。
いつか分からないが、そのうち自分は人をやめなくてはならない。
やがて自分がモンスターになると知られたら、
国中の全ての者
いや、大陸中の全ての者が自分を討伐しようと押し寄せてくるに違いない。
そして目の前にいる侍女だって、その大勢の中の一人なのだ。


「はい。今、フィリア様が受けているであろう悲しみの大きさは、確かにワタクシには到底受け止めきれないものだと思います。なので、フィリア様が立ち直っていただけるのであれば、ワタクシはいかなることでも協力させて頂きたく存じます」


[立ち直る]?
[協力させて頂きたく]?
自分は、いつかモンスターになってしまうというのに侍女は何を言っているのか…
事情を話せない王女の中で事情を知らない侍女に対して怒りの感情が、みるみる内に高まっていった。


★★★


王女と侍女の間にパンと言う乾いた音が響く。


「だいたいね!ここに立ち寄るなって言う命令をアンタは聞いてないの?」


王女は自分の右手をジンジンと痺れさせ、震えた声で侍女に言い放つ。


「はい、聞いております。ただ、王様が…フィリア様を…その…お呼びなので…」
「お父様が?何の用?」
「えっ…何の用ですか…?」


ここで侍女は王女の反応に違和感を感じ、自分の中で次の言葉が出ない…
先程までは優しく王女の全てを受け止めようと思っていた目線は下の方を向いている。
彼女は王女が今泣き叫んでいるのは、王がこれから話す内容を事前に知っているからだと思っていた…
それであれば…
[何の用]と言う言葉はおかしい…
もしかして、王女は王の話す内容を知らないのに泣き叫んでいたと言うのだろうか?


王女が何故こんな反応をしているのか、自分は分からない…
王の話の内容と言うのは、彼女にとって間違いなく明るいものではない…


だとしたら、王の話を聞いた時、王女は一体どんな反応をしてしまうのだろうか…
そう思うと侍女は王女にかける言葉を見失ってしまっていた。


「ねぇ、聞いてるの?お父様の用って何なのか喋んなさいよ!」


感情が高ぶっている王女は、動揺で言葉がでなくなっている侍女の肩を何度も揺らしながら父親の用件を執拗に聞いてきた。


知らないと一言だけ言えば王女の方も納得したのかもしれない。
だが勘違いを自覚してしまった侍女の口からは…
その一言だけが出てこなかった…

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