神業(マリオネット)
2ー21★王女の回想⑦後悔
ノックが聞こえた理由…
恐らく侍女が食事の準備ができたと呼びに来たのだろう。
なので彼女は、たった一言「分かりました!」とだけ答えればいいだけだ…
いつものように優しい声で…
確かにそうなのだが…
仮に彼女がそう答えてしまったら当然だが食堂に向かわなければいけない。
この髪で?
この顔と精神状態で?
そう思ったら途端に喉が震えて声がでなくなってしまった。
気づいたら彼女は自分の喉を右手で、きつく押さえている。
カチッ…カチカチ…カチカチカチ…
侍女に答えなくてはと思い右手を離すと今度は自分の歯が勝手に動き出した。
人と喋るのがこれ程怖いと思ったことは彼女の人生においてないだろう。
喋らなくてはと思っている内に、彼女の目から涙が溢れてきた。
泣いている場合ではないのは彼女自身、百も承知のことだろう。
だが何と言えばいいのか正解が分からない。
だからといって無言を貫いてやり過ごすこともできないだろう…
どうしようもできない時間だけが続く。
これ以上、侍女を待たせてはいけない。
何か喋らなくてはと思い彼女は大きく息を吸いながら、無意識に鼻をすすった。
ちょっと無様な音かなと彼女も思ったが…
そんなことは気にしていられない。
後は喋るだけと思った…
その瞬間…
「フィリア様、どうされたのでしょうか?お体の調子が悪いのでしょうか?」
という侍女の声が聞こえたのだ。
侍女は恐らく王女が部屋の中にいて起きているのは分かっているのだろう。
それなのに返答がないし、待っていたら鼻をすする音も聞こえてきた。
もしかしたら体調を崩しているのか?
そんな心配から何気なく声をかけたのではないかと思う。
だが…
今の王女には、その一言を受け止める心の余裕は持ち合わせていなかった。
何とか落ち着こうとして、行った自らの行動。
結果として侍女から出た言葉が自分にとって予想外の言葉だった。
冷静な彼女であれば侍女の言葉はこれ幸いとばかりに利用できるはずだ。
「体調が優れないので夕食は後で…」などと言って時間をずらす口実に利用できるはずなのだが…
今の彼女は余裕がない。
そんなことには気づかずに、王女はその場に座り込み頭を抱えてしまう。
ただ溢れてくる涙だけは必死に堪える。
鼻をすするという失態はもうしたくない。
もし涙を流して体が無意識に震え、音や声に出てしまった場合、侍女に気づかれてしまう。
そうしたら彼女は、きっとまた何か優しい言葉をかけてくる。
自分が幼い頃から身の回りの世話をしてくれた彼女なら、小さな変化にもきっと気づいてしまう…
王女はそう思いながら必死に冷静さを取り戻そうとしていた。
していたのだが…
コンコン!
「フィリア様、いかがなさいましたか?」
コンコン!
「フィリア様?」
コンコン!
侍女が何度も扉を叩きながら、王女に声をかけてきた。
部屋にいるはずの王女。
つい先日まで寝込んでいた王女。
そして、その王女を看病していたのはこの侍女だ。
一切の受け答えをしていない王女。
もしかしたら再び体調を崩しているのかもしれない。
そう言うことを心配しての彼女の行動であるのは王女の方としても分かってはいる。
分かってはいるのだが…
彼女の方に、それを受けつけることができなかった。
「うるさい!」
気づいたら思考停止の王女は優しい侍女に思いっきり怒鳴り声をあげていた…
間違いなく扉の外にいる侍女にも聞こえたはずだ。
それほどの声だった。
扉の中にいる王女には声を出した瞬間に目の前にある扉が自分の知っているものではない感覚に襲われた。
自分には絶対に開けられない。
そう思うほど大きく重く強固なものに感じてしまった。
王女が誰かを怒鳴りつけたのは、これが生まれて初めての出来事だ。
と言うより元々、感情的になるような性格ですらない。
物心ついた頃、着替えを手伝ってくれた侍女。
初めて一人で着替えが出来たのを報告した時、今でも思い出せるほど満面の笑みを見せてくれた。
よく読み聞かせをしてくれ何でも知っている侍女。
王から読むようにと言われた羊皮紙、難しい言葉で自分では理解できない時も侍女に聞くと優しく教えてくれた。
王の大切なものを壊し初めて怒られた時、誰にも見つからないように美味しいケーキを食べさせてくれた侍女。
実は王妃への献上品というのを彼女が笑いながら話すのを聞いた時には正直、生きた心地がしなかった…
呪詛による影響で自分が寝込んだ時、最初から最後まで積極的に世話をしてくれたのは彼女だけだ。
詳細が分からないと、もしかしたら伝染する可能性もあるのに…
それでも彼女は関係ないと尽くしてくれた。
自分の部屋の窓からは庭の薔薇がよく見えないと分かると園芸師に言って、強引に薔薇の位置を変えさせたのも侍女だ。
彼女が王女に似合いそうだと選んでくれたハンカチは何枚になるのかもう数えきれない。
今、王女が声を出さないよう必死に噛み続けているハンカチも彼女の選んだものだった。
毎年冬になると「実家からです」と言いながら内緒で乾燥果物を持ってきてくれる。
王家とは言え甘味を制限しなければいけない冬の最中に、それを食べながら彼女と無駄話をするのがどれ程楽しいことか…
用件があるからと兄が部屋の前まで来た時、二人で慌てて乾燥果物をバレないよう隠したりもした。
正直言って彼女との思い出はどれだけ語っても語り尽くせないほどある。
そんな大切な侍女を王女は怒鳴りつけてしまった。
言葉を発した直後に王女は悟る。
もう時は戻せないと…
そして王女が人生で最大の後悔をしている間も時間は動いている。
「あっ…あっ…、申し訳ございませんでした…」
小さく震えた声が、扉の外から聞こえる…
その後、静かな空間に侍女の歩く音だけが聞こえたような気がした…
恐らく侍女が食事の準備ができたと呼びに来たのだろう。
なので彼女は、たった一言「分かりました!」とだけ答えればいいだけだ…
いつものように優しい声で…
確かにそうなのだが…
仮に彼女がそう答えてしまったら当然だが食堂に向かわなければいけない。
この髪で?
この顔と精神状態で?
そう思ったら途端に喉が震えて声がでなくなってしまった。
気づいたら彼女は自分の喉を右手で、きつく押さえている。
カチッ…カチカチ…カチカチカチ…
侍女に答えなくてはと思い右手を離すと今度は自分の歯が勝手に動き出した。
人と喋るのがこれ程怖いと思ったことは彼女の人生においてないだろう。
喋らなくてはと思っている内に、彼女の目から涙が溢れてきた。
泣いている場合ではないのは彼女自身、百も承知のことだろう。
だが何と言えばいいのか正解が分からない。
だからといって無言を貫いてやり過ごすこともできないだろう…
どうしようもできない時間だけが続く。
これ以上、侍女を待たせてはいけない。
何か喋らなくてはと思い彼女は大きく息を吸いながら、無意識に鼻をすすった。
ちょっと無様な音かなと彼女も思ったが…
そんなことは気にしていられない。
後は喋るだけと思った…
その瞬間…
「フィリア様、どうされたのでしょうか?お体の調子が悪いのでしょうか?」
という侍女の声が聞こえたのだ。
侍女は恐らく王女が部屋の中にいて起きているのは分かっているのだろう。
それなのに返答がないし、待っていたら鼻をすする音も聞こえてきた。
もしかしたら体調を崩しているのか?
そんな心配から何気なく声をかけたのではないかと思う。
だが…
今の王女には、その一言を受け止める心の余裕は持ち合わせていなかった。
何とか落ち着こうとして、行った自らの行動。
結果として侍女から出た言葉が自分にとって予想外の言葉だった。
冷静な彼女であれば侍女の言葉はこれ幸いとばかりに利用できるはずだ。
「体調が優れないので夕食は後で…」などと言って時間をずらす口実に利用できるはずなのだが…
今の彼女は余裕がない。
そんなことには気づかずに、王女はその場に座り込み頭を抱えてしまう。
ただ溢れてくる涙だけは必死に堪える。
鼻をすするという失態はもうしたくない。
もし涙を流して体が無意識に震え、音や声に出てしまった場合、侍女に気づかれてしまう。
そうしたら彼女は、きっとまた何か優しい言葉をかけてくる。
自分が幼い頃から身の回りの世話をしてくれた彼女なら、小さな変化にもきっと気づいてしまう…
王女はそう思いながら必死に冷静さを取り戻そうとしていた。
していたのだが…
コンコン!
「フィリア様、いかがなさいましたか?」
コンコン!
「フィリア様?」
コンコン!
侍女が何度も扉を叩きながら、王女に声をかけてきた。
部屋にいるはずの王女。
つい先日まで寝込んでいた王女。
そして、その王女を看病していたのはこの侍女だ。
一切の受け答えをしていない王女。
もしかしたら再び体調を崩しているのかもしれない。
そう言うことを心配しての彼女の行動であるのは王女の方としても分かってはいる。
分かってはいるのだが…
彼女の方に、それを受けつけることができなかった。
「うるさい!」
気づいたら思考停止の王女は優しい侍女に思いっきり怒鳴り声をあげていた…
間違いなく扉の外にいる侍女にも聞こえたはずだ。
それほどの声だった。
扉の中にいる王女には声を出した瞬間に目の前にある扉が自分の知っているものではない感覚に襲われた。
自分には絶対に開けられない。
そう思うほど大きく重く強固なものに感じてしまった。
王女が誰かを怒鳴りつけたのは、これが生まれて初めての出来事だ。
と言うより元々、感情的になるような性格ですらない。
物心ついた頃、着替えを手伝ってくれた侍女。
初めて一人で着替えが出来たのを報告した時、今でも思い出せるほど満面の笑みを見せてくれた。
よく読み聞かせをしてくれ何でも知っている侍女。
王から読むようにと言われた羊皮紙、難しい言葉で自分では理解できない時も侍女に聞くと優しく教えてくれた。
王の大切なものを壊し初めて怒られた時、誰にも見つからないように美味しいケーキを食べさせてくれた侍女。
実は王妃への献上品というのを彼女が笑いながら話すのを聞いた時には正直、生きた心地がしなかった…
呪詛による影響で自分が寝込んだ時、最初から最後まで積極的に世話をしてくれたのは彼女だけだ。
詳細が分からないと、もしかしたら伝染する可能性もあるのに…
それでも彼女は関係ないと尽くしてくれた。
自分の部屋の窓からは庭の薔薇がよく見えないと分かると園芸師に言って、強引に薔薇の位置を変えさせたのも侍女だ。
彼女が王女に似合いそうだと選んでくれたハンカチは何枚になるのかもう数えきれない。
今、王女が声を出さないよう必死に噛み続けているハンカチも彼女の選んだものだった。
毎年冬になると「実家からです」と言いながら内緒で乾燥果物を持ってきてくれる。
王家とは言え甘味を制限しなければいけない冬の最中に、それを食べながら彼女と無駄話をするのがどれ程楽しいことか…
用件があるからと兄が部屋の前まで来た時、二人で慌てて乾燥果物をバレないよう隠したりもした。
正直言って彼女との思い出はどれだけ語っても語り尽くせないほどある。
そんな大切な侍女を王女は怒鳴りつけてしまった。
言葉を発した直後に王女は悟る。
もう時は戻せないと…
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