神業(マリオネット)

tantan

1ー88★誘惑

『市長、宜しいでしょうか』


ノックのすぐ後で扉の外から声がした。
声の主は恐らく先程、俺たちを案内してくれた市局の職員なのだろうと思う。


『すいません。少々失礼します』


声を聞いた市長はそう言うと扉を開け部屋から出ていく。
偉い人は何かと来客も多いのだろうなと気楽に考えていると、外から職員と小声で話しているのが聞こえた。
詳しい内容は聞き取れなかったのだが…


『皆様、先程ご説明した調査隊の方々が揃いましたので、もし宜しければこちらにお通ししてもよろしいですか?』


外から戻ってきた市長は嬉しそうに、俺たちに告げる。


『えっ…もうですか…?』


確か市長の話によると、ストライキ的な行動が起きたとか起きるとか言っていたのだが…
それが確か昨日の話のはずだ。
俺とフェンが話をしたのが三日ほど前だから、それからすぐにフェンは動いていたということなのか?
若干動きが早いなと俺は不安に思っていたのだが…


『あのー、報酬ってどのくらいですか?』


エルメダが突拍子もないようなことを市長に聞いた。
一瞬、市長の目が鋭く光ったような気がする。


(何か、嫌な予感がするんですけど…)


『今回の仕事は報酬金だけでも今日お渡しした分の倍額は出ますよ。』
『『報酬金だけでも?』』


お金の話には目敏いエルメダとアンテロが揃って声をあげる。


『はい。そして、みなさまの仕事の成功を少しでも手助けできればということで、今回は前払金も用意しています』
『えっ…前払金??』


エルメダの目が金貨になっている…
おい、おい、気持ちは分かるのだが…
だからと言って欲望全開に話を聞かないでほしい。


『お嬢様、はしたないですよ。前払金というのは仕事を効率よく行う為の前準備にかけるお金ということですから、むやみやたらに使って良いということではありません』


身を乗り出して市長の話を聞こうとするエルメダ。
それを沈めるようにアンテロが強めに言ってくれた。
さすがについこの間まで聖職者というだけあり考えがしっかりしている。


『アンテロさん、今回の前払金はそういった制約はもうけていません。契約書の記入をしたその場で一括手渡しです』
『え?ちなみに…前払金っておいくらですか…』


アンテロが横目で市長を見ながら質問をした。
恐らく、心が揺らいでいるのではないか…


『さきほどお渡しした報酬金と同額です』
『『『えっ!!』』』


三人声が揃った。
一気に俺の心も揺らいだ。
今回もらった報酬金は、通常の報酬金に比べてかなり破格だった。
それが貰える、そして請け負う仕事を成功すると更に2倍貰える…
だが貰える報酬の多さというのは、それだけ次の仕事が未知の部類に属するということを意味しているはずだ。
どれだけの危険性があるのか分からないから、市局の報酬金も高く設定されているのだろう。
なので俺は即答はせずに、三人でもう一度納得のいくまで話し合いをして、後日と考えていたのだが…


エルメダとアンテロは俺の横にピッタリとくっついてきた。
エルメダは俺の左手を、アンテロは右手を強く握り、二人とも無言で俺を凝視している。
二人で力強く俺を見てくるので、どちらを向けば良いのか正直分からない。
対応に困り俺は二人から目線をそらした瞬間…


『やりましょう!』
『やろう!』


アンテロとエルメダが俺の手を上下に激しく降りながら力強く言ってきた。
もはや彼女らの考えに保留という文字は見当たらないようだ。
アンテロはなるべく早くに旅の資金をとは言っていたので分からなくもない。
だが孤児院の経営もそんなに経営が逼迫しているようには見えないので…
エルメダの方は別な理由でもあるのだろうか…


返事に困った俺は、再び二人から目線を逸らした先に市長の顔が視界に飛び込んできたのだが…
その顔は右唇をつり上げてこちらを見ている。
どこから持ち出したのか分からないが扇子のようなものを右手に持ち扇ぎ、レンズの細い眼鏡をかけていた。
俺をレンズの上から見ている顔の様子は、なんとも優越感に浸っているようにさえ感じる
正に人の弱味につけこみ反応を楽しむ豚の顔をした悪魔…


(ふざけるな!クソ野郎!)


気づくと心の中で思いっきり叫んでいた。
この都市のためにどれ程貢献しているのかは分からない。
先程までは心地よいトーンの声と思っていた。
だが今聞こえる笑い声は耳障りにしか聞こえない。
先程までは優雅な仕草と感じていた。
だが今は自分は優越感に浸りながら楽しんでいるようにしか感じない。
気づくと俺は心の底から、この豚を丸焼きにして食ってやりたいと思っていた。


『さて、どうしましょう。結論がでないようであれば、私の方は後日ということで構いませんよ』


市長ブタ野郎がニヤニヤしながら聞いてくる。
恐らく、彼の中では十中八九断られないと思っているはずだ。
事実、俺の方も今更どう凌げば良いのか良い方法が思い浮かばない。


『私は都市のみなさまの為に誠心誠意、全力でお力になりたいと思います』


アンテロ金の亡者は依頼を受ける姿勢しか見せない。


『大丈夫!がんばろー!』


エルメダ考えなしも、それに続く。
途方にくれた俺はどうすることも出来ずに深いため息をはいていた…

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