神業(マリオネット)

tantan

1ー77★好機到来

『私の性格が明るくなっても、日々の行動や村での役割というのは変わりません。都に物資の調達をする日と言うのも当然訪れます。もちろん左手にはめた手袋の下にお気に入りの指輪をつけるのも忘れませんよ。ちなみにナカノ様は、何処かへ出掛ける前とかに祈りとかは捧げたりしますか?』
『祈り?いや、そういう習慣はないかな…』
『なるほど私も今は・・祈りとかはしてないです。でも、その日は何となくなんですけど祈ってみることにしました。ただ一言!「相手が欲しい!」と…』


(今は・・って…)


トーレは左腕を挙げながら言ってきた。
今はない左手に指輪をはめて高く掲げて祈っているのを思わせるポーズだ。


『そうしたら願いが叶ったんです!いつも行っているお店。普段は太ったおばさんがいて、黙って接客をしてくれるだけの面白味もないお店だったんです。ところが、その日は若い男の子がいたんです。私は一目見てピンときました。これが好機到来の効果だと、願いって叶うんだなぁ~なんて思いながらお店に入っていきました。だけど…そんな時ってどうやって声をかければいいと思いますか?』


彼女が「答えなさい!」と言わんばかりに、ジッと俺の方を見てくる。
無言を貫こうとすると視線に押し潰されるかもしれない…


『ごめん、トーレ…俺はモテる方じゃないから…そう言う色恋的な質問は分からないんだよ…』


俺は正直に分からないと答える。
すると彼女の視線が一瞬緩んだ気がした…


『実はトーレも何て声かければいいのか分からなかったんです。男の人と話した事はありますよ。でも今日はせっかくのチャンスと言うのを考えると、声が出なかったんです…いつもどおりに物資を購入して…馬車に運びながら頭の中は男の子への興味で一杯になっていって…でも声をかけるきっかけが分からなくて…色々と迷っていると男の子の方から声を掛けてくれました。その男の子の名前は…男の子の…な……は…』


トーレの言葉が震えている…
そのまま言葉を続けることができなくなった彼女を見ると、目には涙を溜め込んでいた。
前に彼女から聞いた話と合わせて考えると、恐らく男の子がトゥリングをはめた可能性が大きいはずだ。
それがどれ程辛いのか…
恐らく俺が考えている感覚の10000倍位は辛いはずだ。
だとすれば、これ以上は彼女の傷口を開かない方がいいのだろうか?
だがしかし…もしも…もしもだ!
トゥリングをつける際に何か儀式のようなものが必要なのかもしれない。
実は特殊な宝石が必要なのかもしれない。
壊せばなんとかなるかもという情報が得られるかもしれない。
抜け出すときのヒントになるようなものがあるのかもしれない。
何でもいい!
このまま聞いていれば何かしらの情報が得られるかもしれない。


俺は間違いなく畜生だろう…


そう思い俺はトラボンを見た。


『トーレ、男の子の名前はいらないよ。それに言えることだけで構わない。無理や強制もしないし、焦らすこともしない。自分のペースで、喋れることを一つづ喋ってくれればいい』


これまでにないくらい優しい瞳でトラボンはトーレを見ていた。


『はい……あり…と…ござ……す。旦那様、もう大丈夫です。トーレは乗り越えたいのです』


彼女は大きな深呼吸を3度ほど繰り返し俺の方を見てきた。
何とか落ち着こうとしているように見える。
どのような言葉がいいのか俺には確かなことは分からない。
だが無理強いするのも良くないと思う。
とりあえず理由は分からないが無言で頷いてみた。


『ナカノ様もご理解ありがとうございます。大分落ち着きましたので話を続けさせていただきます。男の子とは直ぐに仲良くなり色々なことを話しました。普段は物資の購入を済ませたら直ぐに引き上げるのですが、その日は彼の要望もあり私はお店に残って話すことにしたんです』


空元気なのか本当に落ち着いたのかは分からない。
だがトーレがペースを取り戻すように喋ってくれたことに俺は一安心した。


『彼はお店の跡取り息子で普段は店ではなく事務所の方にいると言っていました。その日はおばさんが用事があるということで代役が見つからなかったので彼が来たらしいのです。お店にお客さんがいない時間は私と彼でずっと話をしていました。夕方までの時間があっという間に過ぎて、他によらなければいけないところもあったのですが…私はそれすらも忘れるほどに彼との話に熱中してしまったんです』


トーレは、ここで一呼吸おいて目線を俺の顔から下の方に移動させる。
彼女は、ここまでの会話でも様々なジェスチャーや目線で喜怒哀楽も分かりやすいものだった。
だが、その目線は今までの喜怒哀楽を表すようなものではないように感じる。


『その日の帰りは一緒に来ていた村のみんなにもとても怒られました。自分の役割を分かっているのか…相手の事を分かっているのか?都の者とは出来るだけ距離を置いた方がいいとか…最後のを聞いた私は指輪を馬鹿にされたようで、心を踏みにじられたようにも思い、コイツの話は絶対に聞かないと思ってしまいました…若かったとはいえ何と愚かだったんでしょうか…』


悲しみを隠すことなくトーレは俺の方を見つめてきた…

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