神業(マリオネット)

tantan

1ー35★予期せぬモノ

奴隷商人の館から登録所へ寄り道したこともあって、だいぶ日が傾いていた。
登録所を出た後はムーブで孤児院に行こうとしたのだが、アンテロの方は何やら考えたいこともあるようで俺はアンテロと共に徒歩で孤児院に向かうことにした。
だが俺とアンテロはスルトとの約束もあったので急いで孤児院の前までたどり着くと、一人の女性が入り口の前をウロウロとしてるのが見えた。
体型はややふっくらとしているが、健康そうな感じの恐らくは人間種なのかよく分からないが全体的に小さめの女性に見える。
俺は全く気に止めなかったのだが、アンテロの方に目を向けると何やら気まずそうな雰囲気だ。


『ナカノ様、少し宜しいですか…』
『はい?宜しいとは…早くスルトさんやエルメダに報告しないと…』
『そうなんですけど…ただ、あの女性…』
『え?あの女性がどうかしたんですか?』


アンテロに言われて女性を見ると、若干服装の方がアンテロに似ている気がする。
ただアンテロの方と比べるとやや装飾品などもあるような印象を受けた。


(もしかすると…教会の関係者か?)


『アンテロさん、知り合いの方ですか?』
『知り合いというか…女司教様でして…』
『女司教様?』
『はい、お世話になっている教会の方で日頃お世話になっている方で…』


なんともアンテロの口調がハッキリとしない。
おそらく自分が過ごしている教会で、実質的に現場を取り仕切るような感じの人なのだろう。
スルトも司祭とは呼ばれていた。
だが俺が知る限りでは教会の人と言うよりは、孤児院の人と言う印象の方が強い。
もし仮にアンテロの上司的な存在がいるのであれば、確かに連絡するのが筋だとは思う。


『あー、顔を合わせられないと言うわけですか…』
『はい…』
『でも今更どうしようもないですよね…』
『まー、そうなんですけど…』


アンテロは俺とのやり取りで若干、気が緩んでいたように思う。
俺の方も実際、気が緩んでいたからだ。
俺とアンテロのやり取りを見ながらアンテロに似た格好の女性が、女司教様とは少し離れた位置からアンテロを指差し大きめな声で言った。


『女司教様!アンテロがいました。あそこです。男性の方と話をしていました』


女性の声を聞くなり、女司教様と言われていた女性が早足でこちらに向かってきた。
目は若干つり上がっていて、肩も大きく揺れている。
恐らくは怒りが込み上げているように見えた。


『アンテロ!スルトの方から大体の話は聞きました。なぜ今まで話をしてくれなかったのですか!答えなさい!!』


アンテロの元までたどり着くなり、いきなりの大声だ。
俺も多少は言いたいこともあるだろうなと思った。
だがそんな俺の範疇を大きく越えている。
通りでは一人残らず振り返り、遠くにいた赤ちゃんが泣き出す始末だ。
小さな体でどうやったら、これほどの大声が出るのかと思ってしまう。
俺が思わず耳を塞いでしまうのに、最初に指を指した女性は慣れたもので、女司教様に耳打ちをしている。


『そうですね。通りで大声というのは少し品がないかもしれません。あら、あなたがナカノさんかしら?どうにも、お恥ずかしいところを見せてしまいました。』
『あっ…いや、事情は呑み込めているつもりなので…気にしないで下さい。とは言っても…通りの目があるので、とりあえずは孤児院に入らないですか?』
『そうですね。そうしましょう』


俺の話しにくいぎみに女司教様が同意して、すぐに体を反転させて一目散に孤児院に入ってしまった。
慌ただしいその仕草から、もしかしたらよっぽど恥ずかしかったのかもしれない。
アンテロの方を見ると、もう一人の女性から背中を押され半ば強引に孤児院の方へ押し込まれようとしていた。
あっちの方は任せても大丈夫かなと思った俺も女司教様に続いて孤児院の中に入ることにした。






孤児院に入りムーブで移動できる小部屋の方へ移動すると、先にスルト、エルメダ、エウラが待っていた。
3人は俺を見るなり何か聞きたそうにしていたが、一緒に女司教様がいるのを確認すると何も喋っては来ない。
アンテロが女司教様のお付きの女性に無理矢理引っ張られて、椅子に座ると女司教様がアンテロの肩を掴みアンテロの顔が前後に揺れるほどの勢いで揺らし問い詰めるように言ってきた。


『アンテロ!何故?何故辞めるなんて言うの?いきなり何を言い出すの?ここならじっくり話すことができるでしょう。私は貴女に期待していたのよ!どうしたの?何か喋ってちょうだい!ずっと黙っていてどういうつもり?喋らないですむと思っているの?喋らないと貴女の考えに反対どころか、同意することもできないのよ。さぁ!さぁ!喋ってちょうだい!アンテロ!!』


女司教様は喋る喋る。
一方でアンテロは女司教様が一気に喋るので口を挟む隙間もないし、肩を揺すられていて喋ることも出来ないだろう。
先程、俺の言葉にくいぎみに同意したのも、もしかしたら性格だったのかな?と思っていると、やはりお付きの女性は慣れているようで女司教様に冷静に耳打ちをしていた。


『ゴホンっ!取り乱してなどいませんよ。アンテロや詳しく話しておくれ』


恥ずかしかったのだろうか、アンテロから手を放し軽い咳払いをした後で目線を下に下げながら言っていた。


『はい、女司教様。先ずは先に相談できなかったことは大変申し訳なく思います。』
『それなら…』


女司教様がアンテロの言葉に割り込むと同時に、お付きの女性の手も女司教様の前に出されて言葉が遮られる。


『ですが…やはり自分の出生の手がかりができた今となっては…』
『では、何か掴めたのか?アンテロ!』


ここでスルトが目を大きく開きながら質問してきた。


『はい、およその出生の地域、私のラストネームの由来などでございます…ただ、トラボン様の憶測も入っていますので、決定的なものではございませんが…』
『なるほどのぅ、ではできる限りで構わないから話してはくれんか?』
『先ず私はバビロンの奥地の山の出身なのではないかと言われました。これは私のラストネームが、その辺りの地域に由来するとトラボン様が言っていたことです。ですがトラボン様が知り合いの奴隷商人から私を預かったのは、帝都の一角だとは言っていたのですが…その方は、どうやらランティスを生業にしている奴隷商人らしいのです…』
『では、ランティスに向かうのか?』
『ゆくゆくは、そうなると思います。ただ、現状では他に考えなければいけないことも多くありまして…』
『それなら修道院を辞めなくても…』


女司教様がアンテロにお願いするような目で言っている。
アンテロの方は女司教様と目線を合わせようとしない。


『いえ、申し訳ないのですが、修道院の方はもう決めてしまったことなので…』
『だがアンテロ、これからの身の振り方は考えているのか?ここにいる方達は誰一人としてお前を苦しめようとは思っていない。バビロンもランティスも気軽に旅をできるような場所ではないぞ。』
『それについては、実はナカノ様に後でご相談したいことがございまして…』


(はい??なんで俺??)


俺は平静を装いつつ、ここで話題に上ってしまうのは何故なんだろうと必死に自問自答を繰り返していた。

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