神業(マリオネット)

tantan

1ー29★護るモノ

『先ずはナカノさん、この都市に来て帽子を被っている者が多くはありませんか?』


ふと周りを見てみる。
スルトはビレッタ帽、エウラは三角帽。
アンテロとエルメダは普段から来ているローブについているフード、これも帽子と言えば帽子なのか?
そう言えば市場を見たときも店の人はほとんどが帽子を被っていた気がする…


『あー、確かにそう言われると被っている人が多いかもしれませんけど、あまり意識していないのでちょっと…』
『なるほど、ちなみにナカノさんは魔法についての知識は何処まで?』
『お恥ずかしながら…多分、0です』
『そうですか、では認識阻害という魔法があるのはご存知ですか?』
『いえ、全く』
『アンテロや、ちょっと来なさい』
『はい』


スルトがアンテロを呼び俺に後ろを向かせる形でアンテロを座らせた。


『アンテロのフードの裏側を見てもらえますか?』
『はい、これですね何ですかこれ。魔方陣みたいですけど、輪になったりしてませんけど…』
『これは一般的には術式と言われるもので、魔法の効果を記録として表したものです』
『魔法の効果を記録として表したもの?何の魔法の効果なんですか?』
『それが認識阻害の魔法というものでして、この術式で囲まれたものは他人の判断から外れるというものです』
『判断から外れる?』
『良いも悪いも考えないということです。無くなるわけではありません。これをアンテロが被るとアンテロの頭が術式で囲まれることになります。そうするとアンテロの耳を含んだ頭全体に認識阻害が発動します。尻尾の部分についても同様にローブの裏地に術式が仕込まれています』
『って事は…外見的には他の人と区別つかないと?』
『区別がつかないと言うか…まー、そんな感じの理解でも問題はないでしょう』


(あれ…説明逃げられた気が…)


そう言うと今度は自分の帽子の裏を見せてくれたが術式は仕込まれていなかった。
亜人種のハーフというのは聞いていたが、見た目には何にも違和感がないのだろうから術式がないのは当然だと思う。
次にスルトはエルメダとエウラを呼び帽子の裏を見せてくれたが、やはり術式が仕込まれてなかった。


『亜人と言っても外見的には人間・エルフ・ドワーフと全てが違う訳ではありません。体の一部において違いがあるだけと言うのがほとんどです。ですから認識阻害で違いを隠してしまえばと言うことです。』
『なるほど!認識阻害については分かりましたけど、それとスルトさんやエウラさんの帽子、エルメダのフードって何か関係があるんですか?見せるのはアンテロさんのフードだけで良い気がするんですけど…』
『この都市は、ある方を中心に多くの亜人と、そうでない者達が集まり出来た都市というのは前にお話ししたと思います』
『はい、確かに聞きました』
『この都市が出来た頃、亜人の中には帽子を被り認識阻害をかけても、本当に大丈夫なのかと心配になる者も多くいたらしいのです。魔法なんかでは消すことのできない傷を心に埋め込まれたと言うことなのでしょう。その時ある方が、傷を消せないのであれば、皆で隠しましょうと仰ったらしいのです』
『皆で隠す?』
『はい、当時は外見的に特徴のある亜人が差別の目から逃れるために認識阻害の帽子やマフラーなんかをつけていました。ですが、そうではない者は何もしていませんでした。亜人によっては自分達だけが帽子等をと考えていたのでしょう。それならばということで外見的に特徴のない亜人や他の三種族の者も皆が帽子を被り出したのです。これならば一目では判断できないだろうと』
『えっ?それって…もしかして…今も?』
『はい、勿論、その風習は残っております』
『市場の人達が皆、帽子を被っていたのは…』
『勿論!』
『都市の正門にいる茶色のフードの人は…』
『勿論!』


俺は2度目のスルトの返事を聞くとドアを開け子供達が遊んでいるであろう、隣の空き地へ駆け出していた。
空き地に行くと昼飯を終えて一息ついたであろう子供達が元気に遊んでいる。
子供達はいつもと同様に初めて会ったその日と同じように帽子やバンダナをしているのだ。
扉を開けると子供たちの視線が俺に注がれる。
俺は思わず子供達と視線を合わせることが出来なかった。


こんな小さな子供達であっても差別と戦わなければいけない現実がある。
だけど、それ以上に護ってくれる人たちが大勢いる。
スルトの[この周辺の方々は理解のある人ばかりです]と以前に言っていた言葉。
俺は本当の意味で理解することが出来た。


急いで扉を閉めて後ろを向くとアンテロが恥ずかしそうに俺の側に来ている。
何と声をかければ良いのか俺には分からない。
アンテロの方も俺に何と声をかければ良いのか分からないようだ。


『アンテロさん、ちょっと後ろの方を向いてもらえますか?』
『はい?こうですか?』


アンテロが俺の前で俺と同じ方向を向くような形になる。
そのまま中腰の体制になるように伝えると


『ちょっと耳触っても良いですか?』


いくらなんでも意味不明な言葉だと思う。
会話に困ってしまったからと言っても、俺は何故こんなことを聞いたのか分からなかった。


『あっ…、はい…どうぞ…』


アンテロも若干動揺しながらとりあえずは了解してくれた。
そして俺はアンテロを自分の方へ引き込むと、アンテロの頭から耳にかけてを触った?
いや、言うなればゴシゴシと洗ったと言う方が適切なのかもしれない。
シャンプーで頭を洗うがごとく、ただひたすらに揉み続けた。
俺が力一杯にするものだからアンテロはそのまま床に腰を落としてしまう。


『ちょっ…ちょっ…あっ…ナカノ様…何を…ちょっ…あっ…』


アンテロも最初は我慢していたようだ。
だが俺の揉み洗いが一向に終わらない気配だと感じると、何とか逃れようとバタバタと暴れだした。


『もういいですか?そろそろ…あっ…ちょっと…いつまで…』


ひたすらに頭を揉み続けられるアンテロ。
アンテロの両手は俺の両手を止めようと必死に押さえつけようとするが、力では全く俺には叶わない。


『もうっ!』
『イタっ!イタっ!あーっ、痛い!痛いって!!分かった!止める!止めるから!』


どうも出来なくなったアンテロが最終的にとった行動、それは噛みつきだ!
俺の右手から強烈な痛みが走り出した。
さすがに自分が痛いのは勘弁なので、俺はとっさにアンテロの頭から両手を離した。


『もうさぁ何も噛まなくても良いですよね?』
『やめてくれないからですよ』
『そうですか?』
『そうですよ。』


その時のアンテロの顔が悪戯っ子のしてやったりの表情に見えた俺は思わず笑い出してしまった。


『もう!ナカノ様って一体、どういった方なんでしょうか?どうでもよくなっちゃいましたよ。悩んでいた自分がバカらしいです』


アンテロはそう言うと俺と同様に大きな声で笑い出した。
気がつくと俺とアンテロの笑い声に、いつのまにやらスルト、エルメダ、エウラも一緒に混ざっていた。


前に何度か聞いたことのあるプゥプゥ・・・・と言う音も何処からともなく聞こえた気がした

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