ー月曜日ー 裏道カレイド

ノベルバユーザー399011

–4– 廻るメリーゴーランド

 4.
 …ウワサ。
 《廻るメリーゴーランド》
 …
 メリーゴーランドが勝手に廻っていることがあるらしいよ。
 誰も乗っていないのに。
 明かりが灯っているのはとても綺麗らしいんだけど、ね。
 …


 メリーゴーランドの横にあったはしごを使って、ひとまず黒屑さんの遺体を下ろした。下ろす時に遺体に電飾が巻きついていて、少し苦労したが。
 この頃には、警察に連絡するとか、そう言った通常の感想は僕らから消え失せていた。
 辺りは夜の闇を携えて、簡易照明では補いきれないほどの重みを伴った影を僕らに与えていた。メリーゴーランドの小さな明かりが、逆に暗闇の暗さを僕らに知らせて、初夏の暑さを忘れさせていた。肌寒くさえ感じる。
「一体誰がこんなことを…?」
 沫河が誰に聞くでもなく問いかけた。
「誰がやった…ねぇ」
 それは一体何のことを言っているのだろうか。


 黒屑さんを連れ去ったことだろうか。
 濃紫さんを八つ裂きにしたことだろうか。
 黒屑さんを宙吊りにしたことだろうか。
 廻らないはずのメリーゴーランドを廻したことだろうか。


 ただのつまらない謎解きツアーだったはずが、本物の謎解きツアーになってしまった。面白いかどうかは僕には判断つきかねるが。


 この寂れた奥地の遊園地という閉鎖空間にいる人間の数は限られている。しかし、人数が少ないということは、それだけ他人を監視する機会も少ないと言える。
 その証拠に、黒屑さん失踪前後から濃紫さんの死体発見までの間に伝言坂さんの姿を見た人が誰もいない。通常の遊園地なら誰かしら彼を目撃した人がいるだろう。だが、園内にいる人数が限られている上、そのほぼ全員が固まって行動している故、ただ自由な時間がたっぷりあった人が怪しいという意見ならば文句なく伝言坂さんが怪しいだろう。


 動機の点は考えないものとする。他の人たちが持つ背景なんて、僕には知る由もない。まぁ、推測するだけなら可能だけど。


 ただ、現実世界は分かりやすくミステリーではない。ここは既に日常とは一歩、一線を超えた空間だ。人が簡単に失踪し人が簡単に死に、動かないはずのメリーゴーランドが廻る。もしかしたら、僕たちの想像を超えた超常現象が、この場所で起きているのかもしれない。なーんてね。


「メリーゴーランドが廻った…か…」


 僕からすると、一番訳がわからないのが、廻ったメリーゴーランドだ。人が殺されて、その結果人が死ぬ。これは僕も知っていることで、一般常識だ。日常であり、通常だ。


 しかし、壊れたメリーゴーランドは、廻らないのだ。ここに謎を解く手がかりがあるだろうか。


 まずは地面に下ろしたばかりの黒屑さんを観察する。
 当たり前だが僕に検死の知識はない。
 首を絞められて死んでいる彼女の顔はとても見られたものではないし、首の絞められた跡を見て、殺されたものか自殺したものかという判別も特につかない。そんなところで犯人が見つかれば苦労はしない。


 ただ、人間が殺したのか、亡霊が殺したのかも判断がつかないのが悔しいところだ。
 空中に浮いている死体を見つけたら、僕はなりふり構わず幽霊の存在を信じることができるだろう。メリーゴーランドも廻ったはずだ。超常現象バンザイ。信じがたい空中浮遊殺人なんてものが眼前で起きていればね。


 犯人が人間なのか亡霊なのかの判断はまぁ、後回しだ。僕は黒屑さんの遺体の状態を確認した。
 黒屑さんの生気の抜けた顔はともかく、服装は先ほど別れた時と変わらない。ただし、履いている靴は違った。黄緑色のスリッポンだ。これは遊園地の入り口で見た靴とは違う。それもそのはずだ。黒屑さんは姿を消した時に、ミラーハウスに靴を両方とも残していた。ここで彼女がその靴を履いているのはおかしいだろう。


 黄緑色の靴は片方脱げていた。脱げているもう片方の靴は、メリーゴーランド付近に落ちていた。廻った時に落ちたのだろうか。遺体の足に残っていた片方の靴もぶかぶかで、足に引っかかっていたのが奇跡という感じだ。
 靴の特徴は他に特にはなかった。が、彼女の足には靴擦れの痕があった。サイズが合っていなかったのだろう。
「ところで沫河、靴のサイズは何センチだい?」
「なによいきなり。23センチだけど」
「ふうん。大きいわけでもなければ小さいわけでもないんだね」
「えぇ。悪い?」
 悪くはない。とりあえずこの正体不明の黄緑色の靴は沫河のものではないと分かった。はじめから分かっていたけどね。黄緑色の靴は24.5センチだった。


 その後、すっかり生気を失っている溝朽さんに場所を聞いて、メリーゴーランドの動力の部屋に行ってみた。移動に使った地下道の途中の横道にその扉があり、扉の鍵は錆びて、誰でも入れるようだったが、動力の電気は流れていないようだ。
 何年も人が立ち入っていないような空気だ。空気までも腐ってしまっているような、錆びてしまっているようなそんな臭いがする。この場所を伝言坂さんに教えたら気に入ってしまって、小一時間は出てこないんじゃないかってくらい、嫌に廃墟な雰囲気を持っている小部屋だ。


 だからこそ、この部屋には人為的な、そして幽霊的な力が加わっているようには思えなかった。黒屑さんなら場所を知っていてもおかしくはないが、たとえ知っていたとして、この部屋に入ったとしても特にここで出来ることはないに等しいようだ。


「溝朽さんの体調が戻ったら、山を下りて警察に連絡しましょう」
「それがいいだろうね」
 沫河には溝朽さんについていてもらうことにした。一人になるよりも、だれかと行動を共にしていた方がいいだろう。


 新鮮な空気を吸いたくなって、僕たちはたまらず外に出た。沫河は溝朽さんと一緒にベンチで休むようだった。
 僕は外に出たついでにアクアツアーの池の底にいる濃紫さんの死体を見にいくことにした。


 そこには伝言坂さんがカメラを構えていた。池のほとりには裏野さんが座っていた。
「どう? 探偵さん。調査は進んでいる?」伝言坂さんがカメラを片手に聞いてきた。
「ぼちぼちですね」
 僕は調査を開始した。


 濃紫さんの死体は濡れていた。着ぐるみは水をたっぷり吸っていて、着ぐるみから死体を取り出すのは重労働だと思ったので諦めた。
 背中の傷は、何者かの巨大生物の爪痕にも見えなくもないが、どれも致命傷には見えない。致命傷は腹部の刺傷に見えた。濡れた刺し傷は血を洗い流して、皮と肉と内臓と骨の本来の色を、生々しくありありと見せつけていた。
 僕は人殺しに興味はあってもそれは殺人者の心の内面に興味があるのであって、人体の構造に興味があるわけではない。傷口の描写は割愛する。


 着ぐるみについている血は少量で、水で洗い流されているようだった。首の部分だけ外すようなタイプではなく、背中のファスナーから着る一体型で、破れているとか、壊れているとかもなさそうだ。


 当初の目的が達成したので、次に水が抜かれていた池の調査に移った。水を抜くというが、栓のようなところには枯れ枝が詰まっていた。少々濡れているようだが、その枯れ枝に子供用の靴も引っかかっていた。子供の頃見たことがあるアニメのプリントがなされていた。
 ということは、この靴は廃園した頃のものなのだろう。


「あ、子供の靴がある!」裏野さんがその靴を指差す。「私が見てたアニメだよ。大好きだったなぁ」
 後ろから伝言坂さんがパシャリとシャッターを切った。
「ここで溺れて死んだ子供の靴かな」


 十年くらい前のものか。日曜の朝にやっていたものだったか。僕も見ていたのを思い出した。おそらく沫河は見ていないだろう。だからこそ、裏野さんがそのアニメを見ていたことが少し意外だった。
 僕は「ノロシブルー」が好きだった。
 伝言坂さんはそのアニメを知らなそうだなと思った。まぁ、ここでアニメ談義に花を咲かせても無意味だから掘り下げないでおこう。


「伝言坂さんは、誰がやったと思いますか?」
「何を?」
 何をだろう。この遊園地では何が起こっているのだろう。
 まるでわからない。目的さえも。


「俺の目的はさ、この廃墟を記録することなんだ」
 人の記憶ほど不確かなものはないからね、と彼は続ける。「単に風景を、形を、色を、存在を写すことが写真家のすることではない。雰囲気を、寂しさを、悲しさを、懐かしさを写し取ることが写真家の役目なんだよ」
「でも、寂しさも、悲しさも、懐かしさも、その写真を見た人の中に、それぞれ持っているものですよね」


 極端に言えば、それが廃墟の写真ではなかったとしても、その写真を見た人は寂しさと悲しさと懐かしさを感じることがある。逆に見たこともない廃墟の写真を見たところで、何の感慨もないことだってある。
 感想ってのは、その写真を見た人の心の中身によって影響されるんだから、写真家があれこれできる部分はかなり限られているということ。


「つまり、不特定多数の誰かの心を揺さぶることができるのではなく、ある特定の、限られた人の心しか揺さぶることができないんじゃないかなって」
 素人考えですけどね、と最後に付け足して、僕は着実にしっかりと彼の心に爪を立てるように、逃げ道をなくすように傷付けた。逃げれば逃げるほど、もがけばもがくほど、爪が深く突き刺さる。あなたのこだわりは、無意味なんだよ、と。
 様子を見て感情を増幅させて、情報を探る作戦だ。


「まぁ、人には色んな考えがあるからね」
 しかし伝言坂さんはさらっと僕の言葉を流した。
「そういう君こそ、何か強い意志を感じるね。誰か特定の、限定した人の心をどうにかしたいって思ってるんじゃないかな?」
「まさか」
 攻めることは、弱点を晒すこと。
 ここで挙動を乱すことは得策ではない。僕は話を変えることにした。「なんにせよ、早くここから出た方がいいですね」
「どうせ出るなら早く行動した方がいい」


「え?」
「噂はまだあと4つある」
 強い風が吹いた。伝言坂さんの長い髪が風に揺れて、険しい顔が露わになった。
「これまで俺たちが体験したのはミラーハウスにアクアツアー、メリーゴーランドの3つ。そして、あと4つ。ジェットコースターとドリームキャッスルとドリームクルーズと、廃園の噂。俺たちは残り5人。出来過ぎだとは思わないか?」
 消えた2人に、関わる3つの噂。そして残りの人数に符合した噂の数。犯人を1人と仮定すれば、ぴったりだ。
 もし噂話に沿って人が狙われているとしたら。やはりまだ一連の流れは終わっていない。


「ところで、君の大事な彼女は大丈夫なのか?」
 はっとして、アクアツアーを後にして、メリーゴーランドに戻る。
 辺りを見回しても、沫河と溝朽さんがいない!
 まるでこの広い遊園地に、僕一人しかいないような不気味な静けさだった。
 僕に黙ってどこかへ行くとは思えなかった。手かがりは…何もない。


 辺りは闇。簡易ライトと月明かりと蝋燭の淡い灯火だけがかろうじて僕らを照らしている。
 悲鳴も聞こえない。あるのはただ寂れた遊園地の錆びた匂いと、草原で蠢く虫たちの微かな息遣いだけだ。


 どこだ。沫河はどこにいる……? 僕は頭の中を整理して、手がかりを探した。


 手がかりは何もない? 本当にそうだろうか。
 僕は今までに手に入れた手がかりを考え直して、即座に行動に移った。





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