聖玉と巫女の物語
再会
あの男に再会したのは、魔族狩りが終わって数ヶ月が過ぎた頃だった。
神殿からの要請で、人間に化身したと思われる者を捕らえたと報告があり、ぜひ巫女の力で正体をあばいて欲しいという事だった。
駆けつけた時、男は神殿の牢屋に入れられていた。神官詰め所の奥にあり、ここは不祥事を起こした者が刑が決まるまでの間入れられる所であり、今は使われていなかった。牢の前には、複数の騎士と、まだ若手の神官たちが様子を見守っていた。
「……!」
すぐにあの時の男だとわかった。
廃墟に佇んでいた奇妙な魔族の男。
しかし、衝撃はそれだけではなかった。
男は全身、傷だらけだった。
誰かが、拷問した跡だということは一目瞭然だった。
「アシュリータ……」
ウェルギンがやって来たが、彼女は悲しげな表情を隠しもしなかった。
「僕が見た時は、もうこんな状態だったんだ。北の森にほど近いカニスンって村を知ってるだろう。たまたまその村を通りかかったんだけど、そこで村人たちに呼ばれてね。不思議な妖術を使っていたそうだ。それで、恐れた村人たちがよってたかって彼をこんな風にした。しかし、どんな拷問を加えても妖魔には変身しなかったらしい」
ウェルギンの言葉にも、悲しみが込められていた。
「アシュリータ、彼は人間かい。それとも、魔族かい?」
「……」
彼女は口を開く事が出来なかった。
本当の事を言えば、彼は殺される。
いや、正確には、私が彼を殺す事になる。
「人間なら、とっくに死んでいるだろう傷だ。しかし……」
ウェルギンは顔を歪めた。
「疑いだけで、人間はこんな酷い事をする」
牢の男は見動き一つしなかった。冷たい牢の床に仰向けになって倒れていた。
まさか、死んでいるのでは。魔族であれば死にはしない。だが……。
「お兄様、中へ入れて」
アシュリータは男の生存を確かめたかった。
ウェルギンが躊躇していると、その場にいた若い神官が、巫女の力強い言葉を信用して、思わず反射的に牢の鍵を開けてしまった。ウェルギンが一緒に中へ入ろうとしたが。
「お兄様、そこにいて」
そう言うと、アシュリータは自分だけが牢の中に入った。
ウェルギンは心配そうに牢に近づき、中の様子を伺っている。
アシュリータはそっと、倒れている男の傍らに寄っていった。
男の顔をのぞいて驚いた。
傷が癒えていく。
無数にあった傷がみるみる消えていくのだ。
だが、きれいな金髪は血に染まったままだった。
血……。
その時、男は息を吹き返した。
胸が上下し始めた。
その様子が外にいたウェルギンにもわかって、中へ入ろうとしたが、アシュリータが制止した。
「何があっても入らないで。私なら大丈夫。お願い」
巫女が妖魔に傷つけられないのは誰もが知っている。だが、例外があるとしたら。
それでも、妹の言葉を信じてウェルギンはぐっとこらえた。
アシュリータは男の顔をじっと見つめていた。
ゆっくりとその目が開くのを見た。
あの時と同じ瞳の色だ。
「アシュリータ……」
彼女の名を呼んだ。そして、
「約束通り、会いに来た」
そう、言ったのだ。
その言葉の意味を考える間もなく、カイサル神官長を含めた年長の神官たちがゾロゾロと音をたててやって来た。
彼らは、息を吹き返した牢の中の男を見て、驚愕した。
「傷が……なくなっている!」
「間違いない。妖魔だ。人間に化けているのだ」
神官たちの声が牢屋中に響いた。
「巫女は退治してくれるのだろうな」
彼はウェルギンにたずねた。
「それは……」
「巫女は何をしているんだ。完全に復活する前に殺してくれないと、騎士たちの力を借りねばならなくなる」
その言葉はアシュリータのところにも届いた。
やはり、殺さなければならないのか。
迷っていると、床に寝ていた男が急に立ち上がった。
「……!」
神官たちはざわめき、ウェルギンは中へ入ろうとした。
ガシャン!
だが、扉は閉まり、鍵を使っても何をしても開けることはできなかった。
「さすが巫女だな。動じないか」
魔族の男はアシュリータの堂々とした態度を見て言った。
「アシュリータ!」
ウェルギンの叫びに彼女は我に返った。
警戒心から、光のオーラがその場を包んだ。
神官たちはおののき、神に祈った。
魔族の男はまぶしそうに腕で光を遮った。
「君を傷つけるつもりはない」
そう言った男の声には、悲しみが宿っているように聞こえ、アシュリータは警戒心を緩めた。光のオーラは小さくなった。
神官たちは再び、ざわめき立ち、苛立たしげに不満を漏らした。
「なぜ、巫女は攻撃しない?」
その言葉にウェルギンは答えられなかった。妹は一人で大丈夫なのだろうか。
中では、外の者には聞こえない会話が交わされていた。
「私とあなたは敵でしょ。あなたは人間に害をなし、私たちはあなたを……」
「殺すのか、僕を」
「……」
「君は巫女だろう? 女神だと崇められている。救うのは人間だけなのか」
「どういう意味?」
「君を必要としているのは人間だけじゃないってことさ」
そう言うと、魔族の男はアシュリータの鳩尾を押さえ、彼女を気絶させた。
「おお、なんということだ!」
悲鳴にも似た叫びが牢にこだました。
「アシュリータ!」
今度ばかりは、兄の言葉も彼女の耳には届かなかった。
巫女は魔族の男とともに、その場からかき消すように消えた。
一瞬、ウェルギンには黒い翼のようなものが見えた。
二人の姿が消えたとたん、牢の扉は開いたが、ただそれは虚しさを増すだけだった。
「巫女が消えた!」
「いや、さらわれたのだ、魔族に!」
巫女が魔族の男とともに消えた事はすぐに城に伝えられ、その日のうちに騎士たちによる捜索が開始した。
その中には兄ウェルギンの姿もあった。
神殿からの要請で、人間に化身したと思われる者を捕らえたと報告があり、ぜひ巫女の力で正体をあばいて欲しいという事だった。
駆けつけた時、男は神殿の牢屋に入れられていた。神官詰め所の奥にあり、ここは不祥事を起こした者が刑が決まるまでの間入れられる所であり、今は使われていなかった。牢の前には、複数の騎士と、まだ若手の神官たちが様子を見守っていた。
「……!」
すぐにあの時の男だとわかった。
廃墟に佇んでいた奇妙な魔族の男。
しかし、衝撃はそれだけではなかった。
男は全身、傷だらけだった。
誰かが、拷問した跡だということは一目瞭然だった。
「アシュリータ……」
ウェルギンがやって来たが、彼女は悲しげな表情を隠しもしなかった。
「僕が見た時は、もうこんな状態だったんだ。北の森にほど近いカニスンって村を知ってるだろう。たまたまその村を通りかかったんだけど、そこで村人たちに呼ばれてね。不思議な妖術を使っていたそうだ。それで、恐れた村人たちがよってたかって彼をこんな風にした。しかし、どんな拷問を加えても妖魔には変身しなかったらしい」
ウェルギンの言葉にも、悲しみが込められていた。
「アシュリータ、彼は人間かい。それとも、魔族かい?」
「……」
彼女は口を開く事が出来なかった。
本当の事を言えば、彼は殺される。
いや、正確には、私が彼を殺す事になる。
「人間なら、とっくに死んでいるだろう傷だ。しかし……」
ウェルギンは顔を歪めた。
「疑いだけで、人間はこんな酷い事をする」
牢の男は見動き一つしなかった。冷たい牢の床に仰向けになって倒れていた。
まさか、死んでいるのでは。魔族であれば死にはしない。だが……。
「お兄様、中へ入れて」
アシュリータは男の生存を確かめたかった。
ウェルギンが躊躇していると、その場にいた若い神官が、巫女の力強い言葉を信用して、思わず反射的に牢の鍵を開けてしまった。ウェルギンが一緒に中へ入ろうとしたが。
「お兄様、そこにいて」
そう言うと、アシュリータは自分だけが牢の中に入った。
ウェルギンは心配そうに牢に近づき、中の様子を伺っている。
アシュリータはそっと、倒れている男の傍らに寄っていった。
男の顔をのぞいて驚いた。
傷が癒えていく。
無数にあった傷がみるみる消えていくのだ。
だが、きれいな金髪は血に染まったままだった。
血……。
その時、男は息を吹き返した。
胸が上下し始めた。
その様子が外にいたウェルギンにもわかって、中へ入ろうとしたが、アシュリータが制止した。
「何があっても入らないで。私なら大丈夫。お願い」
巫女が妖魔に傷つけられないのは誰もが知っている。だが、例外があるとしたら。
それでも、妹の言葉を信じてウェルギンはぐっとこらえた。
アシュリータは男の顔をじっと見つめていた。
ゆっくりとその目が開くのを見た。
あの時と同じ瞳の色だ。
「アシュリータ……」
彼女の名を呼んだ。そして、
「約束通り、会いに来た」
そう、言ったのだ。
その言葉の意味を考える間もなく、カイサル神官長を含めた年長の神官たちがゾロゾロと音をたててやって来た。
彼らは、息を吹き返した牢の中の男を見て、驚愕した。
「傷が……なくなっている!」
「間違いない。妖魔だ。人間に化けているのだ」
神官たちの声が牢屋中に響いた。
「巫女は退治してくれるのだろうな」
彼はウェルギンにたずねた。
「それは……」
「巫女は何をしているんだ。完全に復活する前に殺してくれないと、騎士たちの力を借りねばならなくなる」
その言葉はアシュリータのところにも届いた。
やはり、殺さなければならないのか。
迷っていると、床に寝ていた男が急に立ち上がった。
「……!」
神官たちはざわめき、ウェルギンは中へ入ろうとした。
ガシャン!
だが、扉は閉まり、鍵を使っても何をしても開けることはできなかった。
「さすが巫女だな。動じないか」
魔族の男はアシュリータの堂々とした態度を見て言った。
「アシュリータ!」
ウェルギンの叫びに彼女は我に返った。
警戒心から、光のオーラがその場を包んだ。
神官たちはおののき、神に祈った。
魔族の男はまぶしそうに腕で光を遮った。
「君を傷つけるつもりはない」
そう言った男の声には、悲しみが宿っているように聞こえ、アシュリータは警戒心を緩めた。光のオーラは小さくなった。
神官たちは再び、ざわめき立ち、苛立たしげに不満を漏らした。
「なぜ、巫女は攻撃しない?」
その言葉にウェルギンは答えられなかった。妹は一人で大丈夫なのだろうか。
中では、外の者には聞こえない会話が交わされていた。
「私とあなたは敵でしょ。あなたは人間に害をなし、私たちはあなたを……」
「殺すのか、僕を」
「……」
「君は巫女だろう? 女神だと崇められている。救うのは人間だけなのか」
「どういう意味?」
「君を必要としているのは人間だけじゃないってことさ」
そう言うと、魔族の男はアシュリータの鳩尾を押さえ、彼女を気絶させた。
「おお、なんということだ!」
悲鳴にも似た叫びが牢にこだました。
「アシュリータ!」
今度ばかりは、兄の言葉も彼女の耳には届かなかった。
巫女は魔族の男とともに、その場からかき消すように消えた。
一瞬、ウェルギンには黒い翼のようなものが見えた。
二人の姿が消えたとたん、牢の扉は開いたが、ただそれは虚しさを増すだけだった。
「巫女が消えた!」
「いや、さらわれたのだ、魔族に!」
巫女が魔族の男とともに消えた事はすぐに城に伝えられ、その日のうちに騎士たちによる捜索が開始した。
その中には兄ウェルギンの姿もあった。
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