魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

53 現代の力

 魔王から全方位に放たれる不可視の波動。
 不可視ながらも景色が歪むようなそれは、ロイドをして背筋が凍る悍ましさと威圧感が込められていた。

「ちっ!もう撃つのか!」
「アイツ!切り札とか言う割に簡単に使いすぎなのよ!」

 その恐ろしさを最も知るレオンとアリアは増幅された魔力を惜しげもなく込めた攻撃を放った。
 銀の剣閃が波動へと突き刺さり、不可視の壁が波動を抑え込まんと覆い尽くしていく。
 
「これは……加勢しなくちゃね。――『氷華・雨』」
「あんなもの燃やしてやるわよ!『蒼炎』!」
「ふぅ……『神風』」
「範囲攻撃で負けたくないのよねぇ」

 氷の華の花弁が降り注ぎ、蒼い炎が空気を灼きながら放たれ、神々しい蒼い風が渦巻き、万魔に恥じぬ数多の魔法が殺到する。

「前回と違うってのは、こっちも同じだボケぇ!」

 そして、空間ごと押しつぶす『集天』で不可視の波動ごと魔王を圧殺せんとロイドが叫ぶ。

 その言葉を証明するように、『森羅狂乱』は広がるどころかじわじわとその範囲を小さくしていく。

「切り札ごとてめーを押し潰してやるわ!」
「驚いた……うん、本当に驚いたよ。確かに前回とは違うようだし、現代の力もなめていた事は認めよう」

 更に力を込めるロイドに、魔王は静かに呟く。

「けど、まだこれからだ」

 それと共に、波動が暴れ始める。
 自らに突き刺さる攻撃を荒々しく振り払うように、食い破るように膨れ上がるそれは、押し返されていた分を超えて膨張していった。

「うわっ!マジで強いなーこいつ」

 この面子と人数相手に押し返されるとは思いもしなかったロイドは素で感心したような声音で呟いた。

 古代の英雄にして隔絶された実力を保有する2人と、現代最強と名高いルーガスとシルビアを含めた7人に、ダメ押しでクレアの『魔力増幅』を乗せたにも関わらず押し返してきているのだ。 どんなバケモノだ、と思わずにはいられない。

 そして、以前は4人でそれを封じたという。建国にも関わった伝説の4人が英雄と呼ばれるに相応しい存在だったことを改めて思い知らされた。

「どうした?軽く削るつもりが、あっさり全滅しそうだけど」
「舐めるな、魔王」
「ふぅん?確かに弱体化したこの時代の者にしては驚かされたけどね」

 賞賛に聞こえるもあくまで格下である事を隠さない魔王の言葉に、ルーガスは表情を変えずに言う。

「今の時代を、舐めるな」

「ーーそういうこった!」
「それはそれとして、あんたら夫妻はあとで説教だからね」
「ほんとそれ。抜け駆けはダメ」
「むしろ魔王より先に殴りたいくらいだ」

 ルーガスに応えるように放たれるは、とてつもない魔力を研ぎ澄ませた斬撃と、雷の嵐、無音の無数の刃、破壊的な魔力の込められた斧の一撃。もっとも、応えたと言うには苛立ちが目立ったが。

「さすがロイドの親御さんらだよなぁ」
「そう聞くと説得力がすごいな」
「ちょ!かのウィンディア領民の方々に対して失礼ですよ!き、きっと深い考えがあってのことですって!」

 グランやキース、シエルといったディンバー帝国の面々により、大地そのものが怒り狂ったのではないかという地魔法を放つ。ちなみに、シエルの言葉にウィンディア勢は無言で首を横に振っていたりするし、それをロイドは呆れた目で見てたりしたが。

「撃て撃てぇ!」
「出し惜しみはいらねぇ!空っぽになるまで撃ちまくれ!」

 そして、遅れて冒険者や魔法師達による援軍による攻撃が殺到していく。
 一撃一撃はレオンやアリアはおろかウィンディアの戦士達にも及ばない。だが、数にものを言わせた乱れ打ちはそれらにも負けない暴力となって最悪の魔術を確かに穿っていった。

「……ほぉ」

 ついに、魔王の表情が変わった。

「――そこの男、確かにお前の言う通りだ」

 魔王がルーガスにそう言うと同時に。 不可視の波動がぶれるように大きく蠢き、形を保てなくなったように、弾け飛ぶようにーーついに『森羅狂乱』が爆散した。

 その余波は爆風となり、中心地近くにいた主力メンバーは顔を腕で覆って耐える。
 もっとも、離れた場所から助太刀していた援軍も吹き飛ばされる者が続出するが、それにも構わず叫ぶ倒していた。

「っしゃあぁぁあああ!」
「ざまぁみやがれ!」
「良い仕事したぜ!あとは任せたぞウィンディアどもぉ!もう無理!」
「だぁああ疲れた!先に帰る!」
 最悪の魔術を食い破り、なにやら一仕事終わった雰囲気も混じるが、実際に彼らは魔力が底をついていた。
 それでも、彼らの表情に翳りはない。例え自分達が限界を迎えていても、託せる者達がいるのだから。

「おらいけやルーガス!偉そうに抜け駆けしてんだ、最後までやり抜けや!」
「シルビアァ!魔王より最凶の魔法師の方が怖いってことを証明してこぉい!」
「レオンさんやっちゃってください!国だろうと何だろうと斬る『国斬り』の力で魔王も斬っちゃってください!」
「剣士代表の二つ名もらってんだろ、魔王だろうと真っ二つに斬ってやれラルフ!」

 野次のテンションで口々に放たれる応援のようなものは、ルーガスやシルビア、ラルフ以外にも叫ばれていた。
 中にはレオンへの声もあり、『死神』と恐れられていた事を知るアリアはつい微笑んでしまう。

「勝った気か?」

 そんな彼らの表情が凍りついたのは、その凍えるような声があまりにも近くで聞こえたからだ。 その瞬間、冒険者や魔法師達は言葉を失った。まるで悪夢か冗談のような威圧感と恐怖に、体の自由はおろか言葉ひとつ放つ自由さえ失ってしまう。

 吹き荒れた爆風の中心に立っていたはずの魔王。伝説の厄災とされたそれがーー冒険者達援軍の、まさに目の前に立っていた。

「ちっ、抜け出していたか!」

 慌てて『神風』を纏って飛ぶルーガス。
 しかし、それよりも早く魔王はその身の周囲に無数の黒球――破壊魔法を生み出していく。

「先に雑魚を消そうかな」

 無造作に放たれる破壊魔法。
 魔力の尽きた彼らでは抵抗する間もなく消滅してしまうであろうそれを、硬直してしまった彼らが回避出来るものではなかった。

「させないわよ!」

 しかし間一髪のところで不可視の壁が黒球を防いでみせた。アリアの空間魔術による防御だ。

「お前の相手は俺達だろう」

 さらにその隙にとレオンが迫る。
 魔導具の剣ではなく拳を振りかぶっているのは、魔王への攻撃よりも冒険者達から魔王を引き離す為に殴り飛ばす為だろう。
 
「だったら追いついてみなよ」

 だが、魔王はその思考を読んでいたかのようにレオンの攻撃を回避した。
 それだけではなく、そのまま人の群れの中に紛れ込むようにスルリと移動していく。

「ちょ、ちょっと……!まさかアンタっ!ふざけんじゃないわよ!」

 その意図を察したアリアが叫びながらも必死に魔王の行方を魔力探知で探る。

「ぐああぁぁっ!」
「ぎゃああっ!」

 アリアの懸念。それを裏付けるように、人集りからあちこちから悲鳴が上がった。

「はは、早く追いついてみなよ」

 どこからか聞こえる魔王の嘲りと、瞬く間に赤く染まる大地。
 ほんの数秒で、まるで地獄のような光景へと変わっていく。

「魔王ォォォオオッ!」

 この時代の者達にーー身近なロイドにすら負担にならないよう一度は距離をとったレオンに、この阿鼻叫喚が耐えられるはずがなかった。
 怒りに染め上がった表情で咆哮を上げながら魔王を追う。

(くそっ!これでは何も変わってないではないか!)

 レオンの脳裏にかつての光景が蘇る。
 
 魔王討伐を掲げてかき集められた軍の兵士達が次々と殺されていった。
 敵にすら不殺を貫いていたレオンにとって、それがどれだけ辛かったかは筆舌に尽くしがたいものだった。

「うわぁあああっ!?」
「げぶぉ!?」

 しかし、レオンが追っても追っても、悲鳴と混乱の絶叫は止まらないどころか加速するばかり。
 どうにかアリアが魔力探知と空間魔術を併用して少なくない攻撃を防いでいるものの、無差別に殺戮を繰り返す魔王を前にしては焼き石に水だった。

「ふざけるなァ!!」

 怒りに染まるレオンは、ついに魔王へと追いつく。 込み上がる感情そのままに、一瞬の停滞も躊躇もなく、レオンはその拳を振るった。
 しかし、

「っが……ッ」
「冷静になりなよ」

 怒り故に単調で、怒りながらも余波がないように周囲に気を配った中途半端な攻撃が魔王に届くことはやはりなく。

「レオォンッ!」
「じじいっ?!」


 アリアとロイドの声をどこか遠くに聞きながら、レオンは己の腹部に突き刺さる魔王の腕をただ見るしか出来なかった。

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