魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

52 切り札

初代国王にして、魔王との戦いの最前線で戦い抜いた勇者コウキ。
 元はアリアのパーティに誘われた異世界人だが、その潜在能力の高さから爆発的な成長を遂げて、魔王との決戦に至る頃にはレオンやアリアに負けずとも劣らぬ戦士となった。

 そんな青年が、三日三晩に及ぶ魔王との死闘の中で成長しないはずがなかった。

 緻密に計算された軍の攻防も日を追うごとに魔王の餌食となり、確実に弱まっていく魔王討伐隊だったが、それを補う速度で成長するコウキによって前線は支えられていたのだ。
 
そして、そのコウキを含めた勇者パーティの継戦能力そのものと言えた聖女ソフィア。
 空間魔術や時魔術と並ぶ超がつくほどの上級魔術である再生魔術。それを手足のように扱う彼女のサポートがなければ、勇者パーティは早々に力尽きて殺されていた事だろう。

 致命傷も体力も回復させる常識はずれの治癒能力によって支えられたからこそ、彼らは魔王を追い詰めることに成功したのだ。
 実際、過去に魔王が最初に仕留めにかかったのはソフィアであり、いかに敵からすると厄介な存在かが分かるというもの。

「あの矛と盾を欠いたお前達では」

 レオンは剣士としてコウキと共に前線を支えた。が、最後の『崩月』を除いて、天井知らずのコウキの成長により段々とコウキへと攻撃を繋ぐサポートに近い戦い方へとシフトしていた。

 魔術による遠距離攻撃と魔王の時魔術の防衛をメインとして後衛を支えたアリアも、同じ上級魔術で相殺は出来てもそれを突破して魔王を穿つ火力は捻出できず、盾としての役割が強かった。

「オレには勝てないよ」

 コウキとソフィアを欠いた2人では魔王には届かない。
 それは魔王に言われるまでもなく理解していた。だからこそ、レオンもアリアも長い年月をかけて強くなった。
 しかしそれでも足りないと言う。むしろ、封印の中で魔王も力をつけており、2人が居ないからかその差は以前の闘いよりも開いたようにすら感じられた。

「それとも、勇者や聖女の代わりがその子達か?」

 そう言って、苦虫を噛み潰したような表情のアリアと、殴り飛ばされた腹部をおさえて歯を食いしばるレオンからロイド達へ視線を移す。

「っ」

 その視線に、エミリーが肩を震わせた。
 先程ロイドによって助けられたものの、至近距離で見た魔王の視線。それと変わらぬ、まるで敵対者ではなく路傍の石を眺めるような眼。
その絶対的な上位者であることを示したような視線に、底知れぬ悍ましさを感じてしまっていた。

 それはエミリーに限ったものではないようで、クレアも息を呑み、フィンクですら冷や汗を浮かべている。
 隔絶された実力と存在の格をこの上なく突きつけられているような感覚。自分を支える力への自信やこの場に立つ資格を奪われるような恐怖が、身を固くしてしまう。
 
「んなワケねーだろ」
「だろうね。勇者のような力は感じない。とは言え、こんな子供を埋め合わせに用意するなんて、随分とこの時代の人間は弱いらしい」
「だから、んなワケねーだろって」

 口を開く度に背中に氷を流し込まれたような寒気を覚えるエミリー達。
その前に一歩踏み出して、ロイドはどこか呆れたように魔王の言葉を重ねて否定した。

「ふぅん?何がだい?」
「全部に決まってるだろーが」

 え、言われないと分かんないの?嘘でしょ?とばかりの表情と手振りで返すロイド。
 こいつ勇者かよ、いや単なるバカでしょ、といったクレアやエミリーの視線にも気付かずに吐き捨てるように言う。

「勇者サマと聖女サマはすげーんだろーけど、居ないからって魔王サマが勝ち確定なワケねーだろ?」
「分かるさ。お前達では勝てない」
「はいはい。それに、俺らが埋め合わせ要員で、この時代が弱いって?」

 駄々をこねる子供を宥めるような口調の魔王を無視して、ロイドは言葉を重ねていく。

「まだ始まったばっかで決めつけるなよな。まだまだこれからだろ。魔王サマともあろうもんが、随分と早計なんじゃねーの?」
「はは、言うね。確かにお前の持つ魔術は面白い。オレと同じ『時』と、そこの魔術師と同じ『空間』。……もしかして、聖女の再生も使えるのか?」
「いや無理」
「だろうね。まぁどちらにせよ多彩さは認めよう。だが……未熟すぎるよ」

 その言葉とともに放たれるのは不可視の波動。時魔術に見られる特徴だ。
 迫るそれに、ロイドは咄嗟に時魔術を放って相殺しにかかる。

「時魔術は対象に干渉して、その対象の時間を操れる」

 無言で耐えるように歯を食いしばるロイドに、魔王は出来の悪い生徒を相手にするかのように言葉を並べる。

「対象の保有する魔力量や動かす時間に比例して、使用する魔力と熟練度は高くなる。そして時を加速するより戻す事、他者より自分への干渉はさらに困難となる」

 そんな涼しい表情の魔王に対して、ロイドは汗が吹き出し、息を荒げていく。

「お前は、自分への干渉すら上手く扱えていない。さっきオレの背後に回りこむのに空間魔術を使ったのは、自分への時加速が扱えないからだろう?」

 エミリーを助けた際の事だ。空間を操り、魔王の背後への距離を切り取って短くする事による高速移動方法。
 それに対して、魔王は自らの時を加速して消えるかのような移動速度を生んでいる。それら魔王自身が持つ身体能力も加わり、瞬間移動をしているようにすら見える程だ。

「その程度では、オレの時魔術に対抗するのは不可能だ」

 言葉とともに、ロイドを襲う時魔術の圧力が増す。
時を加速させる魔術に対して、ロイドは時を止める魔術を使って抵抗していたが、それも苦しいのかロイドに不可視の波動が絡みつこうとしていた。

 そして、いよいよ波動がロイドに食いつかんと迫ると、ロイドは伝う汗を顎から落としながら吐き捨てる。

「説明あんがとさん。ここらで時間稼ぎは終わりだわ」
「ふぅん」

 ロイドの言葉に興味がなさそうに。あるいはどうであれ関係ないとばかりに魔王は鼻を鳴らす。

 その直後、ロイドを襲う不可視の波動が弾けた。

「待たせたな」
「危なかったわねぇ、ロイド」

 蒼い風が、波動を吹き飛ばしたのだ。
 
 上空でシルビアを抱えるルーガスが、ふわりとロイドの背後に降り立つ。

「早かったな、父さん、母さん。でもまだ魔物めっちゃいるくね?」
「向こうはディアモンドやベルに任せてきた。ラルフ達も置いてきたし、大丈夫だろう」
「そうよぉ。これは決して抜け駆けではないの。託されたの」

 確実に抜け駆けしてきたウィンディア夫妻に、ロイドはラルフ達がキレながら魔物達に八つ当たりしている光景が浮かんだ。
 
「それに、良いところに間に合ったみたいじゃない。良かったわ」
「まぁそーなんだけど、後で謝りってやんなよ?母さん」
「うふふ」

 にこやかに笑うシルビア。どうやら聞かなかったことにしたらしい。
 そんなシルビアやルーガスをじっと見ていた魔王が、溜息混じりに口を開いた。

「確かに腕はたちそうだが、だからといってオレの敵にはならないな。無駄な時間稼ぎだよ、少年」
「あ、そっちじゃない」

 さらりと否定したロイド。
 それを証明するように、透き通るような声が続いた。

「『魔力増幅』っ!」
「!」

 そして、今まで黙っていた面々から爆発的な圧力が放たれる。
 空気を揺さぶるような威圧感に、魔王が目を丸くした。

「お待たせしてすみません、先輩」
「んにゃ、助かる。この人数を同時にやるのも大変だろーしな」
「アリアさんとレオンさんが魔力多すぎて余計に時間かかっちゃいましたね。あとで文句言ってきます」
「手伝うわ」
「助かります」

 日常会話なような雰囲気で話すクレアとロイドだが、放つ威圧感は高まる魔力と比例して今も強まっていく。
 
「あら、私達も増幅してくれたの?ありがとねクレア」
「こちらに来てくれていたのは気付いてたので干渉出来ました。問題ありませんでしたよ」
「やるな。ロイドは良い女性をつかまえたな」
「あ、ありがとうございます……」
「やめてくれ父さん、そーゆーの今じゃない」

 照れるクレアと呆れるロイドに、シルビアとルーガスは仕方なさそうに肩をすくめた。
 何言っても無駄か、とロイドは切り替えて魔王を見やる。

「そこのエルフの力か……奇妙な魔術だ。それが切り札か?」
「まぁな。ついでに言えば、全員この時の為に温存してたの気付いてた?」

 『魔力増幅』は対象の魔力を倍増させるというもの。保有する魔力が消費していれば当然効果が落ちるので、節約していたのだ。
 ならば初手から発動すれば良かったのだろうが、魔王との戦いの感覚を掴まずに発動して、増幅を維持出来る時間制限を過ぎては危険だと様子を見ていたのである。

「ふむ、悪くない切り札だ」
「あなたに褒められても嬉しくないですけど……まぁありがとうございます」
「律儀ねぇ。あんなのにお礼なんて言わなくていいわよ」
「ロイド、ありがとう。切り替えれたよ」

 時間稼ぎは『魔力増幅』発動の為だけではなく、呑まれかけたエミリー、クレア、フィンクの立て直す為でもあった。
 日常的に格上であるレオンと戦うロイドと違い、実際に目の前に立って戦う覚悟を決めるには少し時間がかかってしまったらしい。

「うわ、改めてすごい力よね。ありがとねクレアちゃん」
「さすがクレアだな、ありがとう」
「あんた、なんかクレアちゃんに甘くない?」
「気のせいだ」

 レオンの殴られた傷も自己治癒により回復しており、アリアと並ぶように立って剣を構えーーそして、銀の光を纏い始める。
 次いで、アリアからも金の光が溢れていった。

 2人が魔力を束ねて密度と力を跳ね上げた『剛魔力』を発動させた証拠だ。

 そしてそれは、ルーガスとシルビア、ロイドも同様だ。
 ルーガスとシルビアからは蒼が、ロイドからは碧の光が溢れる。

 格段に高まった威圧感に、魔王の表情が初めて動く。
 その眼はエミリーが怯えた無関心さとそれによる冷酷さに代わり、敵対者に対する鋭さがあった。

「さて、こっからはこっちの番だ。よってたかってボコボコにするけど、覚悟はいいかー?」
「お前達程度が魔力の底上げでオレをやれるか試してみなよ……と言ってあげたいけど、確かに少し厄介だからね。まずは削らせてもらおうかな」
「っ!させるか!」

 魔王の言葉と高まる魔力にレオンがいち早く動く。が、魔王の方が早かった。



「消耗していた前回とは違うよ、耐えられるかな?――『森羅狂乱』」

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