魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
42 スタンピード
「待ちなさい!レオン!」
背を向ける魔王に駆け出すレオンを、透き通るような声が一喝した。
「あのアホ魔王、やってくれたわね!ここを放っておいたら本当に国が傾くわよ!」
「ちっ……!」
言われずとも分かってはいた。が、せっかくの好機を逃すまいという気持ちがそれを認めたがらない。
「師匠、構わず向かってください」
「そうですよぅ、ここは任せてください、レオンさん」
それをルーガスとシルビアは後押しする。
しかしーーさすがにそれを頷くわけにはいかなかった。
「……いや、こうも広範囲に魔物が出てはとにかく手数がいる。……魔王は、後回しだ」
背中を押される事で逆に残る意志を固められるあたり、レオンの扱いにくさも大概である。
「ルーガス、お前達は王都方面を守れ。俺は帝国方面をやる」
「分かりました」
「アリア、お前もこっちを頼む」
「分かってるわよ」
端的な指示に、同じく端的に頷くルーガスとアリア。
フェブル山脈はここから王都方面と帝国方面に伸びている。そして王都と帝国のほぼ中間地点にウィンディア領がある。
ちなみにかつては帝国から進軍を防ぐ為にウィンディアが中間地点で堰き止め、追い返していたのだが、今は行き来する人達の観光地のようになっていたりもする。観光する内容?有名人ばかりの地なので挨拶とか握手とかね。
ともあれ、指示もそこそこにレオンとアリアはすぐさま駆け出した。
その速度のままに、遠くの魔物はアリアが絨毯爆撃の如き魔術で。近、中距離の魔物はレオンの近代兵器すら真っ青な拳の衝撃波で打ち砕いていく。
中には竜種も含まれているが、数発は耐えれど何発か食らう内に沈んでいく。
大量殺戮の極みのような光景ながら、それにヒくような可愛い精神の持ち主はここには居ない。
「さすが師匠だ。負けてられん」
「そうね。それじゃ、私達も行きましょうか」
最強夫妻を筆頭に、ウィンディア勢も頷いて後へと続く。
駆け出しながら、ルーガスは魔法とともに指示を飛ばす。
「シルビア、ベルは広域殲滅を中心に頼む。ドラグは2人に魔物が近寄らないよう護衛と、可能なら手の届く魔物を狩れ」
頷きながらも言われる前から理解していたとばかりに2人から同時に魔法が放たれた。その魔法による轟音が返事だとばかりだ。
そんな2人に迫る魔物は不意にパタリパタリと倒れていく。無音の攻撃、ドラグの本領であった。
「ラルフ、ディアモンドは竜種をはじめとした強個体を仕留めろ。必要ならルナに頼んでバックアップをしてもらえ」
「んぁー、そーするか。まずルナを呼んでくるとする。さすがにこの数はきついしな」
「ならば俺は先に行くぞ」
ディアモンドが魔物の群れから頭ひとつ大きい魔物へと迫り、ラルフはウィンディア領へと駆け出した。
ルナはラルフの嫁であり、希少な回復魔法の使い手でもある。クレアに回復魔法を教えた人物で、腕は確かだ。
近接戦闘中心の2人が竜種クラスの魔物と連戦すればどうしても傷を負う。そのフォローを頼む為だ。
「……フィンク、エミリー、クレア、グラン」
「「「「はい」」」」
悩むような間が空いた後、ルーガスは新世代と呼ばれる4人に声をかける。
「お前達はまとまって行動だ。先行して王都に迫りそうな魔物を優先して倒せ。決して無茶をせず、危なければ迷わず退け。ラピスを呼ぶかは任せる。リーダーはフィンクだ」
「分かりました」
ニッと笑ってフィンクが頷く。
それは他の3人も同じだった。
当代最強と呼ばれる男に、戦力として認められた。この未曾有の大災害を前に、自分達の力を信じてくれた。
それが嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
「っしゃあ、やってやるか!」
「油断なく行こうね。はっきり言って歴史的災害だよこれ」
「大丈夫よ兄さん。燃やし尽くしてやるわ」
「私はどうしましょ。支援と回復に寄るか、ひたすら殲滅するか……迷いますね」
気合い十分といった面々。思わず苦笑いのフィンクだが、実際彼も似たような心境だ。
「ラピスは……どうしようか、グラン」
「んんー、さすがに頼るしかねぇだろ。俺が絶対に守るし、強い飛び道具持ちはやっぱ欲しいしな」
「そうかい。なら迎えに行ってから追いかけてくれないか。僕達は先に行く」
「あいよ」
その会話を最後に、4人は駆け出す。
グランは地魔術で攻撃を防ぎつつ、進路上の魔物を蹴散らして速度を落とす事なくウィンディア領へ。
フィンクは氷魔法で近寄る魔物達を串刺しにしたり切り裂きながら先頭を走り、後に続くエミリーの炎とクレアの多彩な魔法が進行方向に居る魔物を焼き払う。
(とは言え、どうしたものか)
フィンクは駆けながら思う。
(この数……とてもじゃないけど被害ゼロは難しい。それに、僕達が王都に着くまでに魔物が王都に着く可能性の方が高い……)
自分達が魔物の群れに飲まれて死ぬという確率は恐らく少ないだろう。竜種の群れが寄ってたかって攻めてこない限りは。
(期待をするならリンドブルム学園長が出てくれる事だけど……どうだろうね)
魔法学園長のリンドブルムの正体は古龍である。絶大な力を有するが、歴史を「観測」する存在であり基本的に干渉はしない。
前回は気まぐれなのか手を貸してくれたが、本来ならば人族が滅びようとも眺めているだけの存在。あまり期待は出来ないだろう。
しかもこの魔物の群によって進行速度はどうしても落ちる。今でこそ順調に進んでいるが、魔物の群れの密度は高まる一方。じきに足を止めて戦う場面も出るだろう。
クレアの『魔力増幅』に頼るか?いや、クレア自身の殲滅力も現状は必要不可欠だ。
『魔力増幅』はかなりの魔力を食う。容易に使って殲滅力を失うのは悪手だ。
どうする?脳内で悩みつつ頭を回転させるフィンク。
だが、息子の悩みをあの父が予想できないはずもなく。
「っ! これは…『神風』…!」
頭上を通り過ぎて吹き抜ける、透き通るような淡く蒼い風にフィンクは目を丸くする。
その絶大な力を内包する風は、フィンク達が進むにあたりぶつかるであろう魔物の団体をスルリと斬り裂きながら吹き抜けていく。
それにより魔物の群れの密度が下がり、全速力で駆け抜けられる程度へと脅威度が落ちていく。
「……まぁ、そういう分担なら仕方ない、かな」
一瞬、頼りにされていないが故のフォローかと思ってむくれそうになるも、振り返って父を見やれば戦況全体に同じことをしていた。
その為、全体の支援が父の役割分担だと溜飲を下げる。
そのルーガスはまるで見えない大地があるかのように違和感なく空へと浮かんでいた。
淡い蒼色を纏った彼の風は、シルビアやベルの魔法を底上げするように絡みついて威力を跳ね上げたり、戦線へと出ているラルフやディアモンドが大型魔物に迫るまでの魔物を蹴散らしたり、サポートのルナに近寄る魔物を押し潰したりと全ての戦況に対してフォローをしていた。
そして合間で大型魔物に竜巻やダウンバーストを放ち、着実に倒していく。
目がいくつあるんだと言いたい正確無比なフォローと、その片手間で局地的災害をぽんぽん起こす父に、フィンクは頼もしさや悔しさを抱く。
いつか抜いてやる。
そう思いつつ、目の前に集中する。横のエミリーも同じような考えなのか、一際炎が輝いているように感じた。
それでもそんなその2人の顔には、悔しさよりも誇らしさがあったのを、クレアとグランは微笑ましく見ていたが。
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