魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
39 英雄とウィンディア1
「ぬぅっ…!」
「へぇ、ほんとやるわね」
ウィンディア領の外れ。
草原にて、がっしりとした肉体の男がうめき、華奢とも言うべき肢体の女性が笑う。
「う、嘘だろ……」
「……これが、英雄か」
その光景を目を見開いて驚愕するのはウィンディアの住民だ。
ちなみに鍛冶屋のロゼットはとても見たがっていたが、魔導具を作れと急かされて泣く泣く領内で魔導石を叩いていたりする。
ともあれ、目の前の光景はウィンディアの住民からすればーー否、現代のシーズニア大陸の住民からすれば驚愕するのは仕方ない。
なにせ、たった今女性の細い脚によって蹴り飛ばされたのは、大陸最強と名高いルーガスなのだから。
「驚きました……空間魔術だけではなく、体術もここまでとは」
かろうじて蹴りを左腕でガード出来たルーガスは、それでも痺れが残る腕を軽く振る。
「当然じゃない。魔法が撃てるだけの固定砲台タイプが魔王の前に立ったら、撃つより早く殺されるわよ」
それは奇しくもクレアが以前直面した課題であった。
クレアはロイドを真似て風による移動速度向上を編み出して機動力を上げたのだが、目の前の美女――アリアは真正面からその課題を乗り越えていたのだ。
今や彼女は身体魔術のエキスパートだったりする。
ロイドやクレアがーー黒川涼や如月愛が転生したのも、厳密に言えば転生ではない。
空間を渡る際に、世界の認識にない物質は消え去る。
つまりは身体を構成する部分部分が消えて穴あきになって死ぬ。
それをアリアは身体魔術を他者干渉で発動させ、『神力』を使って最大発動させたのだ。
全ての物質がこちらの世界に存在しなかった訳ではないので、残った部分をもとに身体魔術で肉体を再構成させたのである。
身体魔術とは、極めれば肉体に関する事はなんでも出来る。
レオンの『自己治癒』もその一端であり、大きな枠で見れば治癒魔法なども身体魔術からの派生なのだから。
実際、アリアの年齢が変わらないように見えるのも、封印していた『森羅狂乱』の余波によるだけではなく、身体魔術の恩恵もある。
魔力が尽きない限り、身体魔術を極めた者に寿命はない。
彼女が死ねば、封印が解ける。
レオンが力を磨いたように、彼女は身体魔術を磨かざるを得なかったのだ。
「……昔より強くなってやがる…」
そんな彼女を見て、小さくレオンが呻く。
焦った彼はなんとも珍しいが、彼のアイデンティティであり十八番が危ないので仕方ない。
「でもルーガスだったかしら?あなたもすごいわよ。よく魔法をそこまで器用に扱えるわね」
アリア達の時代にも魔法はあった。
だが、あくまで魔術に適正のない者の残った手段という形で扱われており、その汎用性のなさから戦闘向きではないとさえ言われていたのだ。
「しかも、そんな形で『神力』に似た力まで扱えるなんて……知らなかったわ。魔法も馬鹿にできないわね」
魔法の極みにある領域。
風魔法ならば『神風』というスキルに昇格され、その力は魔法というステージの上に昇華される。
それはアリアからすれば自身も有する『神力』に似た気配があるのだと言う。
「強制はしないけど……魔王との戦いで、力を借りたいくらいだわ」
「当然です」
端的に、しかし明確に頷くルーガス。
その姿にアリアは返す言葉もなく苦笑いで感謝を告げた。
「お前、そこまで鍛えていたのか」
「結果的にね。あんただって正面から力で叩きのめせるわよ?」
「ふん、それは無理だな」
アリアの身体魔術に賛美の意を込めるレオンだが、返す挑発は軽く流しておく。
実際、いくらアリアの身体魔術の精度がレオンを超えていようと正面対決となればレオンが勝つ。
単純に魔力量が違いすぎるのだ。それこそがレオンが長い時間の中で磨いたものであり、そしてそれを十全に発揮する肉体の器あってのものなのだから。
「それにしても……こんな歳の子達までこんなに強いなんて。さすがに驚かれたわ」
そう言ってアリアが見やるのはフィンク、エミリー、クレア、グラン。
中でもグランが地魔術を扱った事には驚いた。
まさかこの時代にも魔術師が生まれ、しかも忘れられた技術にもかかわらず、感覚的に扱えているという才能に。
そして、自らも転生に手を貸したクレア。
『魔力増幅』というスキルは、アリアの知識を持ってしても前例のないもの。
はっきり言って反則なレベルの性能を誇り、これひとつで戦況をひっくり返すことも可能だ。思わず戦慄する。
「如月さん……じゃないわね、クレア。強くなったわね」
「ありがとうございます。おかげで楽しくやってますよ」
「そう、それなら良かったわ」
心の奥底にあった心配であり恐怖を、クレアの何気ない一言が拭ってくれた。
こんな世界で生きる事を後悔してなければ良いと思ったが、そうではないと分かる笑顔。
それを前にして、思わずアリアはほっとして肩の力を抜いた。
「それよりアリアさん、こんなに強かったんですね……私達とまとめて戦った後に、ルーガスさんにまで勝つなんて」
「あなた達には不慣れな魔術師だからね。勝手が違うとやりにくかったでしょうし、次やればもっと苦戦するわよ」
謙遜するアリアだが、あくまでそれは苦戦レベル。
同じ事を何度繰り返しても負けはないという意味ともとれるし、事実そうなのはアリアだけではなく戦ったルーガス達も分かっていた。
あの化け物レベルのレオンと遜色ない実力。
確かに、英雄の1人だと思わされた。
「それにしてもクレア?ロイドとはどうなったのよぉ?」
そんな絶対的な力を見せつけてくれたアリアは、一転して女子高生のようなノリでクレアに顔を寄せて耳打ちする。
「覚えてるわよ?『先輩が行ったんなら私も行きます!』、だったわよね」
「〜〜〜〜〜っ!」
それは転生する間際の会話。
黒川涼が転生したと聞き、迷わず転生すること願った如月愛の言葉。
さすがに恥ずかしかったのか、クレアの白い肌は真っ赤に染まった。
「ちょ!もうそれ忘れてくださいよぉ!」
「え〜、あんな可愛い光景忘れられないわよ。何年ぶりに胸がキュンとしたか」
揶揄うように笑うアリアだが、地獄耳のレオンには聞こえていた。
そしてレオンは「何年ぶりに?何百年ぶりの間違いだろ」と呟きかけーー止まる事が出来た。
きっとこれは彼史上でも類を見ない英断である。
「ロイドって鈍感ぽいし、まだ苦戦中なのかしら?それとももう陥落寸前?」
「うぅ……えっと、先輩は魔王を倒さないとそういう意識にはなれないですよ。そういう人です」
誤魔化すよりも答えてしまった方が被害は少なそうだと判断したクレアは、まだ赤い顔のまま返す。
それを聞いて少し目を伏せるアリア。
「そうなの。ごめんね、もうすぐ終わらせるから」
「ええ、終わらせましょう」
「っ」
『私とレオンが』という含みに気付き、『私達で』というニュアンスで返すクレアにアリアは目を丸くする。
そして思わずクレアを見ると、真っ直ぐにこちらを見据える彼女が居た。
「先輩も私も、きっとここに居る皆さんも、力を貸します。 なめないでくださいよ?私だって伊達にこの世界で生きてきてませんから」
首を縦に振る事以外許さない、とばかりの視線と言葉。
アリアは久しぶりに抱いた感情に自身が驚きつつ、降参したように口を開く。
「……死ぬ前には逃げなさいよ?」
「はい、任せてください」
にこっと笑う彼女に、アリアは苦笑い。
だが、確かに先程、自分は〝圧倒された〟。
気圧されるなんて久しくなかった懐かしい感覚に、なんとも言えない気分になるのであった。
「へぇ、ほんとやるわね」
ウィンディア領の外れ。
草原にて、がっしりとした肉体の男がうめき、華奢とも言うべき肢体の女性が笑う。
「う、嘘だろ……」
「……これが、英雄か」
その光景を目を見開いて驚愕するのはウィンディアの住民だ。
ちなみに鍛冶屋のロゼットはとても見たがっていたが、魔導具を作れと急かされて泣く泣く領内で魔導石を叩いていたりする。
ともあれ、目の前の光景はウィンディアの住民からすればーー否、現代のシーズニア大陸の住民からすれば驚愕するのは仕方ない。
なにせ、たった今女性の細い脚によって蹴り飛ばされたのは、大陸最強と名高いルーガスなのだから。
「驚きました……空間魔術だけではなく、体術もここまでとは」
かろうじて蹴りを左腕でガード出来たルーガスは、それでも痺れが残る腕を軽く振る。
「当然じゃない。魔法が撃てるだけの固定砲台タイプが魔王の前に立ったら、撃つより早く殺されるわよ」
それは奇しくもクレアが以前直面した課題であった。
クレアはロイドを真似て風による移動速度向上を編み出して機動力を上げたのだが、目の前の美女――アリアは真正面からその課題を乗り越えていたのだ。
今や彼女は身体魔術のエキスパートだったりする。
ロイドやクレアがーー黒川涼や如月愛が転生したのも、厳密に言えば転生ではない。
空間を渡る際に、世界の認識にない物質は消え去る。
つまりは身体を構成する部分部分が消えて穴あきになって死ぬ。
それをアリアは身体魔術を他者干渉で発動させ、『神力』を使って最大発動させたのだ。
全ての物質がこちらの世界に存在しなかった訳ではないので、残った部分をもとに身体魔術で肉体を再構成させたのである。
身体魔術とは、極めれば肉体に関する事はなんでも出来る。
レオンの『自己治癒』もその一端であり、大きな枠で見れば治癒魔法なども身体魔術からの派生なのだから。
実際、アリアの年齢が変わらないように見えるのも、封印していた『森羅狂乱』の余波によるだけではなく、身体魔術の恩恵もある。
魔力が尽きない限り、身体魔術を極めた者に寿命はない。
彼女が死ねば、封印が解ける。
レオンが力を磨いたように、彼女は身体魔術を磨かざるを得なかったのだ。
「……昔より強くなってやがる…」
そんな彼女を見て、小さくレオンが呻く。
焦った彼はなんとも珍しいが、彼のアイデンティティであり十八番が危ないので仕方ない。
「でもルーガスだったかしら?あなたもすごいわよ。よく魔法をそこまで器用に扱えるわね」
アリア達の時代にも魔法はあった。
だが、あくまで魔術に適正のない者の残った手段という形で扱われており、その汎用性のなさから戦闘向きではないとさえ言われていたのだ。
「しかも、そんな形で『神力』に似た力まで扱えるなんて……知らなかったわ。魔法も馬鹿にできないわね」
魔法の極みにある領域。
風魔法ならば『神風』というスキルに昇格され、その力は魔法というステージの上に昇華される。
それはアリアからすれば自身も有する『神力』に似た気配があるのだと言う。
「強制はしないけど……魔王との戦いで、力を借りたいくらいだわ」
「当然です」
端的に、しかし明確に頷くルーガス。
その姿にアリアは返す言葉もなく苦笑いで感謝を告げた。
「お前、そこまで鍛えていたのか」
「結果的にね。あんただって正面から力で叩きのめせるわよ?」
「ふん、それは無理だな」
アリアの身体魔術に賛美の意を込めるレオンだが、返す挑発は軽く流しておく。
実際、いくらアリアの身体魔術の精度がレオンを超えていようと正面対決となればレオンが勝つ。
単純に魔力量が違いすぎるのだ。それこそがレオンが長い時間の中で磨いたものであり、そしてそれを十全に発揮する肉体の器あってのものなのだから。
「それにしても……こんな歳の子達までこんなに強いなんて。さすがに驚かれたわ」
そう言ってアリアが見やるのはフィンク、エミリー、クレア、グラン。
中でもグランが地魔術を扱った事には驚いた。
まさかこの時代にも魔術師が生まれ、しかも忘れられた技術にもかかわらず、感覚的に扱えているという才能に。
そして、自らも転生に手を貸したクレア。
『魔力増幅』というスキルは、アリアの知識を持ってしても前例のないもの。
はっきり言って反則なレベルの性能を誇り、これひとつで戦況をひっくり返すことも可能だ。思わず戦慄する。
「如月さん……じゃないわね、クレア。強くなったわね」
「ありがとうございます。おかげで楽しくやってますよ」
「そう、それなら良かったわ」
心の奥底にあった心配であり恐怖を、クレアの何気ない一言が拭ってくれた。
こんな世界で生きる事を後悔してなければ良いと思ったが、そうではないと分かる笑顔。
それを前にして、思わずアリアはほっとして肩の力を抜いた。
「それよりアリアさん、こんなに強かったんですね……私達とまとめて戦った後に、ルーガスさんにまで勝つなんて」
「あなた達には不慣れな魔術師だからね。勝手が違うとやりにくかったでしょうし、次やればもっと苦戦するわよ」
謙遜するアリアだが、あくまでそれは苦戦レベル。
同じ事を何度繰り返しても負けはないという意味ともとれるし、事実そうなのはアリアだけではなく戦ったルーガス達も分かっていた。
あの化け物レベルのレオンと遜色ない実力。
確かに、英雄の1人だと思わされた。
「それにしてもクレア?ロイドとはどうなったのよぉ?」
そんな絶対的な力を見せつけてくれたアリアは、一転して女子高生のようなノリでクレアに顔を寄せて耳打ちする。
「覚えてるわよ?『先輩が行ったんなら私も行きます!』、だったわよね」
「〜〜〜〜〜っ!」
それは転生する間際の会話。
黒川涼が転生したと聞き、迷わず転生すること願った如月愛の言葉。
さすがに恥ずかしかったのか、クレアの白い肌は真っ赤に染まった。
「ちょ!もうそれ忘れてくださいよぉ!」
「え〜、あんな可愛い光景忘れられないわよ。何年ぶりに胸がキュンとしたか」
揶揄うように笑うアリアだが、地獄耳のレオンには聞こえていた。
そしてレオンは「何年ぶりに?何百年ぶりの間違いだろ」と呟きかけーー止まる事が出来た。
きっとこれは彼史上でも類を見ない英断である。
「ロイドって鈍感ぽいし、まだ苦戦中なのかしら?それとももう陥落寸前?」
「うぅ……えっと、先輩は魔王を倒さないとそういう意識にはなれないですよ。そういう人です」
誤魔化すよりも答えてしまった方が被害は少なそうだと判断したクレアは、まだ赤い顔のまま返す。
それを聞いて少し目を伏せるアリア。
「そうなの。ごめんね、もうすぐ終わらせるから」
「ええ、終わらせましょう」
「っ」
『私とレオンが』という含みに気付き、『私達で』というニュアンスで返すクレアにアリアは目を丸くする。
そして思わずクレアを見ると、真っ直ぐにこちらを見据える彼女が居た。
「先輩も私も、きっとここに居る皆さんも、力を貸します。 なめないでくださいよ?私だって伊達にこの世界で生きてきてませんから」
首を縦に振る事以外許さない、とばかりの視線と言葉。
アリアは久しぶりに抱いた感情に自身が驚きつつ、降参したように口を開く。
「……死ぬ前には逃げなさいよ?」
「はい、任せてください」
にこっと笑う彼女に、アリアは苦笑い。
だが、確かに先程、自分は〝圧倒された〟。
気圧されるなんて久しくなかった懐かしい感覚に、なんとも言えない気分になるのであった。
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