魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

34 彼と彼女らの想い

――何故、退かない?

 すでに30分程は経ったのではないか。

「ぅおっとぉ!やっぱすげぇ威力だなオイ!」

 レオンの破城砲の如き拳撃は、鋼鉄のような硬度を持つ岩壁によって防がれた。
 それでもその威力を防ぎきる事は叶わず、鉄壁とディンバー帝国で呼ばれた壁は弾け飛ぶ。
 しかし、その奥に立つグランへと届くには至らない。

 舞い散る破片の隙間から覗くグランの顔は、感嘆と畏怖に彩られてはいた。が、その顔はすぐに見えなくなる。
 
 地魔術。
 大地を統べる彼によって、まるて大地が海のように流動的に動き回り、そして圧縮されたそれは信じられない程の強度と硬度を併せ持つ。

 ディンバー帝国の防衛力の要と言わしめたそれは、まさに鉄壁と呼ぶに相応しい力。
 それはグランへの攻撃に限らず、他の3人への攻撃でも存分にその力を活かしていた。
 魔法と違い、干渉という工程の後は意志ひとつで動かせる魔術は、隙のない防御として顕現する。

 とは言え、一撃でそれを粉砕するレオンからすればほんの少しの時間で崩せるものでしかない。
 だが、それは『少しの時間』があればの話だ。

「氷華」

 破片の僅かな隙間から伸びる氷の華。
 透き通るようなそれは、しかしその美しさに反した硬度と鋭利さ、威力を持っていた。

 前方から迫る氷華をレオンは片手で振り払う。
 ガラスを何枚も叩きつけたような甲高い音がこだまし、氷の華が散る。が、彼の発動速度はレオンに次の行動を許さない。

「乱れ咲け」

 レオンの足元に、背後に、頭上に。
 一瞬で現れる美しくも凶悪な華が一斉にレオンの逃げ道を奪いながら迫る。
 
 圧倒的な発動速度。そして魔術を思わせる汎用性。その硬度と切れ味を併せ持つ凶悪な攻撃性能。そして使い所を見極めるセンス。
 全てをバランス良く持ち合わせ、しかもひとつひとつが最高峰。

 新世代の精鋭でも頭ひとつ抜けた天才、幼少から『神童』と呼ばれるその力は少年となった今もなお鋭く強く研ぎ澄まされていた。

「……っ」

 言葉にはならない一喝。
 レオンは独楽のように体を一回転させた。
 常人では風が起こったとしたか認識出来ない程の回転速度と同時に振り回された剛腕により砕け散る氷華。

「『豪炎』『炎砲』『崩炎壊』!」

 だが、波状攻撃はまだ終わらない。
 入れ替わるように、もしくは氷華ごと焼き尽くすような炎の魔法が複数降り注ぐ。

 隙間なく迫る魔法は、回避出来るものがこの世界に何人いるのだろうか。
 容赦のない連撃は、例えウィンディアの戦士であろうと無傷ではいられない。

 だが、相手はレオンだ。

 右腕を鞭のように後方にしならせ、それを真横に振るう。
 ただそれだけの動作で、上級魔法を含む炎の群れを消し飛ばした。
 と、同時に。

「『蒼炎』っ!」

 天から蒼い炎が降り注いだ。

 現存する魔法、魔術の中でも純粋な威力で見れば最高峰のそれは、その見惚れてしまいそうな透き通る蒼い輝きに反した必滅の威光を持ってレオンへと迫る。

 単発であれば、レオンの速度の前に何千発と打ち込もうと当たりはしない炎は、しかし連携をもってレオンへと届いた。

「よぉっし!やったか?!」
「それ言っちゃダメって前に教えましたよね!いや殺しちゃいけないのはそうなんですけども!」
「つい!」
「わざとですか?!」

 思わず顔を覆うような爆風と熱量を撒き散らす爆心地を見てグランが笑い、クレアが叫ぶ。
 決してフラグ回収という空気を呼んだ訳ではないだろうが、蒼い炎が散ったそこにはやはりほとんど無傷なレオンが立っていた。

「む、無傷……さすがだねぇ、どうやったら勝てるんだあれ」
「あの程度で押し勝てるならとっくに先輩か倒してますよ」

 それを呆れた様子で見るグランとクレアに、

「倒れるまで叩き込めば良いだけじゃない」
「そうだね。次、行こうか」

 好戦的な眼光を緩めないエミリーとフィンク。

 勢いを強める少年少女に対してレオンは、実に戦いにくかった。
 レオンは微かに焼ける肌を見やり、そして4人へと視線を移す。

 圧倒的な防御力を誇るグラン。
 それだけを見れば、並ぶものは人族ではいないのではないかと思わされる。

 『魔力倍増』という反則的な支援能力と、高い魔法適正による多様な魔法攻撃。高い支援と殲滅力を併せ持つクレア。

 エミリーの他の追随を許さぬ圧倒的な破壊力を持つ『蒼炎』は、突破力という面なら人族はおろか魔族の誰であろうと並び立てぬのではないか。

 古の魔術にも無かった氷という属性をそれこそ魔術のように操る非凡なセンスと、それに驕らず努力によって磨かれた氷魔法を操るフィンク。
 もはや新世代という括りを超えて、人類でも最高峰に至る実力。

 そしてそれらを補い合うような、高め合うような連携。

 こんな子供が、こんなにも戦えたのか。
 素直にそれには驚いた。実際、多少の手加減はしているものの、それでも相手に一撃も入れる事なく、こちらは攻撃を被弾している。

 だが、それよりも。

(何故、退かない?)

 魔王候補ですら、諦めた。退いた。逃げた。
 この数百年、ずっと見てきた光景だ。それなのに。

 これではまるで、あいつのようではないか。 生意気な碧の眼を思い出し、レオンは無意識の内に息を呑む。

 すでに、魔王候補達と戦っていた時よりも実力は出していた。
 手加減も本当に命を奪わない攻撃をしないといった程度だ。
 
 逆に言えば、一歩間違えれば死にかねないような致死寸前の攻撃は幾度となく放った。

 今はうまく連携で逃れているが、ほんの僅かなズレさえあれば崩してしまえるし、そうすればあっという間に制圧も出来るだろう。
 そしてそれは4人も理解出来ているはずである

 なのに、退かない。怯えない。当然のように立ち向かう。
 あいつに、そっくりだ。

 いや、今思えば、何故あいつも退かなかったのか。
 いきなり現れた俺に、無茶苦茶な鍛えられ方をした。しかもそれは、俺の目的の為に必要だったからというもの。

 なのに何故、あいつは逃げなかったのか?

「さて、そろそろ聞く耳のひとつも持ってますか?レオンさん」

 そんな思考から掬い上げるように、透き通る声が耳に届いた。
 思わずといったように顔を上げたレオンを見て、クレアは声が届くと判断したのか、ひとつ頷いて言葉を重ねる。

「まさか、先輩が死んでるとでも思ってますか?」

 いや、違う。
 確かに探知の範囲にな居ないし、消えた理由も理解は及ばない。
 だが、魔王もアリアも、そしてロイドも簡単に死ぬようなやつらではない。

「思ってませんよね。だったら、帰ってきて再戦。それで良いとは思いませんか?」

 それは、違う。
 確かにクレアの言う通りだが、逆に言えば同じ事の繰り返しだ。
 そしてそうなれば、次こそ死者が出ないとは限らない。

「今度こそ先輩が死ぬかも、とか思ってませんよね」

 そうだ。
 そしてそれは、ロイドだけではない。目の前の少女や、少年。ルーガス達でさえ、次こそ死ぬかも知れない。

「先輩が何の為に強くなったか知ってますよね?」
 ………知らない。
 それこそまさに、自問していた疑問なのだから。

「レオンさん、あなたの為でしょう」

 俺の、為?

「知らないんですか?先輩は、恩も仇もきっちり返さないと気が済まない人です」

 それは、知っている。
 律儀なガキだとも、執念深いガキだとも思った。

「それなのに、これだけ強くしてくれたレオンさんに恩を感じてないとでも思ってたんですか?」

「先輩は周りに居る人を大事にします。その周りの人を守る力をくれたレオンさんにどれだけ感謝していると思っているんですか?」

「レオンさんが力をくれたと証明する為に、レオンさんに勝とうとしているのは知ってますよね?」

「そんなレオンさんに危ないからどっか行け、と言われたら……先輩、なんて思いますかね?」

 息が詰まった。
 返す言葉は見つからなかった。

「それに、やられっぱなしなんて可愛い人でもないでしょうに。次こそ死ぬかも?レオンさん、冗談うまくなりましたね」

 急激にではなくとも、少しずつ着実に、日々高まる実力。
 あいつの努力は、誰よりも知っていたのに。

「それに私達だって、先輩ひとりで戦わせる訳ないでしょう。負けっぱなしも、逃げることも、先輩がしないのに私達がする訳にはいかないんです」

 だから、か。
 だから、誰も退かないのか。
 紐解かれるように思考が繋がり、そして覚醒するかのように浮き上がる。

「私達も次は負けません。先輩もそうです。だったら、あとはのんびり待ちましょう」

 そして、改めてクレアを見る。その銀と紅は、言葉にすれば自分と同じでありながらも、くすんだ自分のそれと比べてあまりにも眩しく映った。

「今のレオンさん、はっきり言って『死神』と呼ばれる理由がよく分かりますよ。でも、ダメです。せっかく先輩と一緒に王国の英雄になったのに、勝手に一人で元通りにならないでください」

 それを前にして。自分の見慣れた澱んだ赤と、くすんだ銀が、何故だか情けなく感じた。

「いつもの感じで待ちましょうか。すぐに帰ってきますよ、先輩なら」

「その通りよ、レオン」

 クレアの朗らかな声音を継ぐように、鈴を転がしたような声だけが背後から響く。

「ロイドもすぐ戻るわ。それより何?隠してるつもりでしょうけど、アンタボロボロじゃない。ロイドが帰ってきた時にそんなザマじゃ、怒られるわよ?」

 はぁ?遊び回ってたんかよ、ちゃんと準備くらいしとけクソジジイ!
 そんな言葉が脳裏をよぎり、レオンは気付けば鼻を鳴らしていた。

「ふ、そうだな。まぁあいつはどうせ遅刻するだろうから、ゆっくり寝ておくとするか」
「あらあら、あの子遅刻癖があるの?」

 そんなレオンと同じように軽く笑う声。そしてそれに続き、空間が軋む。

――パキィィン

 甲高い音を立てて空間が割れた。
 教会のステンドグラスが割れて光が注ぎ込むかのような幻想的な美しさの中に、一人の美しき女性。

「確かに私の方が早かったし、魔王の方が早いかも。一応ロイドも頑張ってたんだけどねぇ」
「基本的にどんくさいからな。まだかかるだろう」
「困ったわね、どうしようかしら。魔王ぶっ飛ばす!って叫んでたし、先に倒しちゃったら怒るかしらね」
「ふん、それはいいことを聞いた。そうしよう」
「うわ、意地悪いわね」

 唐突に現れてレオンと軽快な調子で話す女性に、クレア達は目を丸くしていたが、すぐにその女性が先の戦いで最前線に立っていた女性と思い当たる。

「とにかく、アンタは休んでその情けないツラを戻しなさい」
「うるさい」

 建国前の大戦。勇者やレオンと共に戦い、その身をもって魔王を封じた女傑。
 アリアが、帰還した。

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