魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

33 ひかない者達

「レオンさん、こんな所で何してたんですか?」

 殺伐とした地に場違いな明るい声が響く。
 月の光を具現化したような銀の髪に、澄み渡るガーネットのような瞳。
 人によっては距離を感じさせる敬語を常としながらも、そうは感じさせない柔らかな口調。
 
 そしてそんな人当たりの良さと反比例することのない神聖さすら感じさせる雰囲気。
 
 澱んだ空気を浄化するかのような彼女は、ここ魔国においても、そして亡霊のような気配の男を前にしても変わりない。

「すごい音がしたから来てみましたが、やっぱりレオンさんでしたか……相変わらず目立ちますね。まぁ元気そうなのは良かったですけど」

 安心と少しの呆れを含む口調の彼女に、しかしレオンは返事はおろか表情ひとつ変えはしなかった。
 それを見て、クレアの表情についに分かりやすく呆れの感情が浮かぶ。

「……もうっ。思ったより重症ですねぇ」
「……何しに来た」

 そんなクレアの表情の変化のせいか、それとも単に立ち去らぬ彼女にしびれを切らしたのか、やっとレオンが口を開いた。
 しかしその内容も返事というよりは自分の問いを押し付ける形をしている。

「決まってるじゃないですか。レオンさんを探しにですよ」

 それに構わずクレアは平然と答える。むしろ、分かってるんだろ?とばかりに溜息も添えて。
 どこかで見たようなーーしかもとても身近で小生意気なーー態度にレオンは無意識のうちに眉を寄せるも、それを自分で気づく事はない。
 しかしクレアはそれに気付いた。レオンの、感情の微かな動きを。

「ここは危ないぞ。送ってやるから帰れ」
「あ、助かります。そのままレオンさんもウィンディアでゆっくり待ちましょうね」
「…………」

 さらりと付け加えられたクレアの要求に、レオンは口を噤む。
 そんなレオンの返事を待つようにクレアは黙ってレオンを見据えるも、しかし一向に返事は返ってこない。

 こうして見ても、レオンの雰囲気はいつもと違う。
 それなのに。
 やさぐれた、とか落ち込んでいる、といった一時的な感情のものには思えない程に、異様なまでに彼に馴染んだ雰囲気。

 思い返せば、始めて会った頃にもこういった雰囲気の片鱗はあったな、と思い当たる。
 そして考えて、すぐに気付いた。

(……なるほど。先輩といたからですか)

 つまりは、クレアが出会った頃に片鱗があったというより、出会った頃にはこの雰囲気がすでに薄まっていく途中にあったのだろう。
 クレアとディンバー帝国で出会うより前に先輩――ロイドに出会って、この虚無のような雰囲気が消えていったのだ。

 いつしかその気配は完全に消え去り、その事すら忘れていた程だ。
 それは王国にて『救世主』とまで呼ばれて国民から親しまれている事からもよく分かる。

 だが、そのロイドが消えた事でその気配が戻ってきたのだろう。

 そして同時に、なるほど、とクレアは内心頷く。
 レオンが過去に王国で呼ばれていた通り名は的を得ているな、と。
  つまりは、目の前の男は、確かに『死神』と呼ばれるに相応しい気配であった。

 しかし、それに気圧されている場合ではない。
 
 ずっと背筋に氷をぶち込まれたような寒気も。
 痛みすら感じられそうな肌を刺す威圧感も。
 頭を抱えてうずくまってしまいたくなるような恐ろしい魔力も。

 今は、気合いで無視をする。

 ここで退けば、もう二度とレオンと今までのように話せない気がした。
 そうすれば、きっと彼は悲しむ。彼はレオンを口ではどう言っても、とても慕っているから。

 そして、彼ならばこのレオンに対しても、決して態度を変えずに話しかけるだろうから。
 だから、私もそうする。いつものように、話すのだ。

「はぁ。レオンさん、聞いてください」
「…………」

 レオンの返事はやはりないながらも、耳を傾けてくれている気配を感じてクレアは構わず言葉を重ねる。

「さっきは流しましたけど、危ないって……私、子供じゃないんですよ?」

 ロイドがいれば「おつかいじゃないんだし、魔国の時点で子供どうこうのレベルじゃねえよ」と言われそうだが、しかし残念ながらここにはレオンしかいない。

「それとも、そんなに頼りないと思ってます?」

 レオンの威圧感を押し返すように、少しだけそれに抗う。
 レオンの表情に変化はない。しかし、そこに肯定の意を見出したクレアは溜息をひとつ。

「……なるほどなるほど、なるほどぉ。私、結構レオンさんとは仲良くしてたと思ってたんですけどね」

 事実、レオンはウィンディア勢の中で最もクレアに甘いだろう。そしてそれにクレアは甘えるだけではなく礼儀と親しみを持って接していた。
 厳しさを含むロイドとは違うベクトルにはなるが、確かに仲良くしていた存在には違いない。

 だからこそなのだろうか。
 ふと思い当たる。そもそもレオンは結構過保護な一面がある。
 本人は無自覚だろうが、その圧倒的な力ゆえか、それとも性格的なものかは分からないものの、確かにある一面。

 もしかして、この排他的な気配や対応もーー

「私では、戦場に立てないと……危ないから遠くにいろ、と思ってます?」

 ぴくり、と初めてレオンの表情が揺れた。
 そしてそれは、クレアの表情の変化に繋がった。

「……分かりました」

 優しく照らす月光のような声音ではなく、どこか冷えたそれ。
 叩きつけるような威圧感はないが、内包された感情が確かに分かる程には滲む。
 表情の微笑みを見ても、誰ひとり彼女が額面通り笑っているとは思えないであろう気配を纏い、クレアは言葉を重ねる。

「レオンさん、たまには先輩以外の相手もしましょうか」

 そう言って、クレアはレオンに注文をふたつ寄越した。



 その注文の一つは、一度ウィンディアへ戻ること。

「へぇ、確かに良いかも知れないわね。手伝うわよ」

 そして、もうひとつは道中でエミリーも拾うこと。

 ロイドの痕跡が無いかとフェブル山脈で彷徨っていたエミリーを、レオンの人外の魔力探知で見つけて、エミリーにクレアは端的に述べた。
 
――どうやら弱くて見てられない私たちを遠ざけたいらしいです。思い知らせる為に、この腑抜けたレオンさんを叩き起こすの手伝ってくれません?

 その言葉の問いが、先のエミリーの言葉である。
 
 エミリーもレオンの雰囲気に違和感と恐怖感を確かに感じていた。が、クレアほど彼の内心まで詳しく理解は出来ずとも、退いてはいけないと言う事は理解していた。
 
 そうしてエミリーとクレアを連れてウィンディアへとあっという間に戻ったレオン。
 そこには、援軍よりも先に戻っていたフィンク。

「僕も当然やるよ。こんなレオンさんじゃ、ロイドも悲しむだろうしね」

 そして、ラピスと共に出陣したディンバー帝国陣営のひとり、グラン。

「魔王とやる前に気合い注入ってか。よっしゃ、ロイドより先にレオンさんに勝利して悔しがらせてやるとするか!」

 二人とも、ひと呼吸の逡巡もなく頷いた。


「……痛い目に遭っても知らんぞ」

 そしてフェブル山脈の麓。ウィンディア領が見える草原にて。
 『死神』レオンに、新世代の精鋭達4人が挑む。

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