魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

24.顕現

「っしゃあ!これで最後だぁ!」

 湯水の如く魔力と神力を注ぎ込み、額から流れる汗は頬を通って顎から落ちる。
 すでに目もチカチカするし、倦怠感が凄まじい。

 しかも最初は抵抗する事さえバカバカしいとさえ思えた相手――というよりは魔法だが、何故だろうか。負ける気も、この突き出す腕を下げたいとすら思えない。
 
「おらぁあっ!」
「ふんっ!」

 最期、渾身の力を込める。示し合わせた訳でもないのに、息を合わせたようにレオンも同様に短く呼気を吐いて力を込めていた。

 『崩月』の継続放出という、全力ダッシュで持久走をするような無茶をした甲斐があってか、遂にはオルドと凶悪な魔法――『森羅狂乱』を貫いた。

「ロイドっ!」
「おうっ!」

 それと同時に鋭い口調で飛んできたレオンの声に、ロイドは間髪置かずに答える。
 
「空間魔術――『神隠し』!」

 貫いた事で力無く歪む『森羅狂乱』を、完全に切り取る為だ。
 荒い呼吸そのままに、無色無形の波動を睨む。その視認のし辛さにも関わらず、その背筋が凍るような威圧感のせいで存在はハッキリとしている。

 その魔法が存在する空間を認識し、『神隠し』によって空間ごと切り離す。

――久しいな、人間よ。

 だが、それを成すよりも早く、その声は響いた。

「…っ?!」

 息を呑む。荒かった呼吸が自然と細くなる。まるで、捕食動物を前にした小動物が息を殺して身を縮こまらせるかのように。

「ま……っ!」

 それは、レオンも同じだったようだ。
 目を見開き、体を強張らせ、開いた口からは言葉はない。

「お、おい……おいおい、なんだってんだこれ!?」

 気付けば、目の前の景色は澄んだものとなっていた。
 神経に直接爪を立てられるような不快感を放つ波動は消え去り、まるで最初からこんな澄んだ空気だったかのように。

 なのに。何故、こんなにも恐怖しているのか。

――覚悟はいいか。

 これまで、少なくない死闘があった。
 その度に、覚悟を携えて相対してきた。

「な、んだ?あの歪み…?」

 目の前ひそびえる壮大な巨大山脈。
 その麓に立つロイドは、何故かその遠くーーフェブル山脈の頂点の上空にある黒い歪みに気付く事が出来た。

 その青い空に黒い染みを落としたような違和感。
 全神経が強制的にそちらに警戒をするような恐怖感。

 それをもたらす存在が、黒い染みから現れる。

「ま、魔王……!」

 魔族の頂、正真正銘の化け物。
 魔王だ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 俺は求めていたのではないか?この、目の前にある死を。

――弱い俺が、またあの『森羅狂乱』に呑まれるか。

 何年も、何百年も、何千年も生きても、俺は弱いままなのか。
 それはそうか、俺は死ぬ為に生きてきた。せめて、俺の弱さで歪めてしまった事を精算したいだけの人生。

――だが、もう、いいか。

 疲れた。もう、怒ることも悲しむことにも飽きた。
 ただ、もう終わりたい。

――そっちに逝ったら、コウキに謝らないとな。そして、

 あの世には時間の経過という概念はあるのだろうか。寿命を全うしたコウキは、老人の姿をしているのだろうか。

――ソフィアにも、謝りたいな。もっとも、許してくれるかどうか。

 絶対に許してくれるのだろう。そういう女性だ。
 そんな彼女をーーいや、もう言うまい。

――アリアは、怒るだろうか。まぁ怒るだろうな……

 何許可なく死んでるんだ、と怒鳴る女性の姿が容易に想像出来た。申し訳ないという気持ちは確かにあるが、しかしきっと大丈夫だろう。

――大丈夫?何で大丈夫と思ったのか。

 思い出せないが、しかし何故か不安は無い。
 それを無意識のうちに思い出そうとして、

「やる気ねぇならそこどけクソジジイ!!」

 その答えは、すぐ後ろから飛んできた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ロイドは、本来ならば視認すら出来ないのではないかという距離のそれを、しかし不思議と認識出来ていた。

 紫がかった黒い髪。かなり長く、無造作に伸ばされたそれは、背中に流れるものは腰まで至る。
 肉体は強靭そうなしっかりした体躯。質の良さそうな衣服なのだろうが、かなり痛んでこちらも無造作な野性味が強く目立つ黒衣。体は大きいが、しかし人間にしては大きい、といったサイズ感に見えた。正直、思ったよりは小さい。
 肌は浅黒で、瞳は赤い。魔族にありがちな性質だ。

 全体的に、まぁ魔族に居そうだな、といった感想程度だろう。

 なのに、その鋭い目付きからのぞく赤い瞳からは異様な存在感が感じられてならない。

「おぉ……あれが、魔王ってやつか。マジでやべーなありゃ」

 軽い口調は、かつてなく力が無い。
 それは、『崩月』の反動のせいだけではないのは言うまでもないだろう。

 小さく震える手を握り締め、流れる汗を手の甲で拭う。

「あれか?『森羅狂乱』とかいうのに共鳴するとか言ってたやつか?」

 間に合わなかったか、と歯噛みしたくなる。
 もっとも、そう遠くない未来でこの状況にする予定はあった。が、こんなにも疲弊した状態で迎えるなど、まるで悪夢ではないか。

「さて、どうすっかねー、じじい」

 横に立つ、言いたくはないが最も頼りになる師に声をかける。が、返事はなかった。

「じじい?」
「逃げろ」
「………は?」

 今度は返事があった。しかし、今度は内容に耳を疑う。

「逃げろと言った。今立ち向かうのは無謀でしかない」

 しかし、聞き間違いではないといくようにレオンは言葉を重ねる。
 思わずロイドはレオンを睨みつけるが、

「お前を無駄死にさせる訳にはいかない。時と空間を持つお前は、必ず魔王を討つ為の鍵となる」

 その鋭い視線を、レオンはただ真っ直ぐ受け止めた。

「俺は時代の残り滓だ。そして魔王もな。その魔王を討つために、新しい時代の象徴となるために、お前はここは逃げて、生きろ」

 ロイドは鋭い視線を驚愕で丸くする。レオンの、見たこともないような穏やかな表情を見てしまったから。

「お前ならやれる。お前の仲間とならやれる」

 その穏やかさに、口調の柔らかさに、言葉を失った。目を見開き、口を開いたまま、ロイドはその言葉をただ受け取り続ける。

「全員が全力を出せる体勢と、お前の力となる者を全員集めろ。それまでやつは俺が抑えておく。一度下がって体勢を整えろ」
「あ、ほか。そんなん間に合うわけが……」
「お前の準備が整うまでくらい粘れる。俺を舐めるなよ」

 そう言って、レオンは小さく笑う。まるで面白い冗談を聞いて、思わず吹き出すかのように、するりと笑った。

「さぁ、時間が惜しい。早く行け。後を頼んだ。俺だって長く保たせるのはきついんだ、急げよ」

 まるで師が弟子の卒業を見送るかのようだった。
 最期の敵を前に、ついにこれまで手塩をかけた弟子を一人の男と認めて、戦力として戦場に役割を与えて託すかのようだった。

 なのに、なのに。






ーーこれじゃ、じじいが、死んじゃうみたいじゃねーか

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