魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

20 最悪へ

「阿呆めがっ!」

 嬉々としたような、嘲笑うような、憎しみを吐き出すような、狂った叫びのような。
 そんな煮詰めたヘドロのような表情と共に溢れる魔力は、ロイドはおろかルーガスにも迫る発動速度をもって魔法へと昇華される。

 だがしかし。
 そんな時を飛ばしたかのような発動速度も、レオンの身体能力からすれば欠伸混じりに先手を打てるようなものでしかない。

 はずだった。

「な……?!」

 レオンはそれを知っていた。
 遠い昔、その拳を叩きつけたこともあるそれ。
 王国の歴史より遠い記憶ながら、忘れられるはずがない魔法。

 全てを狂わせた、レオンにとっての最悪の魔法。

「ちっ!」

 舌打ちとともに、レオンは標的を瞬時にオルドへと切り替える。弾かれたようにオルドへと迫ろうとして、

「なっ?!」

 突如目の前に現れたドラグにより、その足を止めてしまう。

「ドラグさん!?」

 何もないところからいきなり現れたドラグ。
 どうやら気絶しているらしい彼を見たロイドは、叫びながらも今の現象を即座に理解した。
 
 当然だ。自身も何度も使ってきたーー空間魔術『神隠し』なのだから。

「このじいさん、空間魔術師か!」
「ありえんっ!」
「っ?!」

 思わず吐き捨てたロイドの言葉を鋭く否定したのは、レオンだ。
 らしくもなく声を張り上げるレオンに、思わず目を瞠るロイド。

「どけ!邪魔だ!」

 レオンは吐き捨てつつ現れた気絶しているドラグを乱雑に横に押し退ける。 平時ならば「なんて事するんだ」とばかりの言動だが、切羽詰まっているレオンという異様な光景に、ロイドはおろか少し離れた周囲にいるシルビアをはじめとした面々も硬直してしまう。

「今だ、やれいっ!」
「『吸魔陣』っ!!」

 そんなレオンを嘲笑うようにオルドが叫んだ。
 そして言われるまでもないとばかりに、叫び声とほぼ同時に、ルステリアが先程ルーガスが倒れた際に見せていたボロボロの布を持って魔法を発動させる。

「っ?!」

 その直後、レオンの足が止まった。

「ほっほぉ!やったわい!ざまぁないのぉ、レオォンっ!!」

 目を限界まで見開き、口をこれでもかと裂いて嗤うオルド。
 歯を食いしばり、怒りと憎しみを混ぜ合わせたような鋭さを視線に込めて睨むレオン。

「……は?」

 誰が相手でも、決して揺らぐことのなかったレオンが、こうも感情を剥き出しにしている。
 どんな時だろうと憎たらしい程の余裕を崩すことなく勝利を掴むレオンが、敵を前に動けずにいる。

「有り得ねえ」

 それは、どこからか聞こえた、妙に平淡な口調の言葉。
 いっそ現実離れしすぎた光景に、感情が動きようがないままに溢れた言葉。

 そんなどこか他人事のような、遠くの見知らぬ誰かでも見ているかのような光景は、しかし残酷にも進んでいく。

「ほっほっほぉ!この時の為にどれほどの時間と手間をかけたかのぉ!」
 オルドは積もり積もった怨念を吐き出すように叫ぶ。

「吸精魔族のルステリアに力を蓄えさせ!その固有魔術の最奥、『吸魔陣』の魔法陣を探し出し!」

 ボロボロの布に刻まれていた魔法陣。そして、その役目を終えたとばかりに散っていく魔法陣の刻まれていた布。

「貴様の隙を作る為に魔王候補を集め!」

 集まった4人の魔王候補。
 餌であり、囮だったはずの彼らは予想外にも役目を果たす前に散ったが、かろうじて得たのはドラグという盾。

「貴様を倒す為に策を巡らせ!」

 何かに使えないかと集めた資源のなかで奇跡的に見つけたもののひとつ、空間魔術の魔法具をたった一瞬の隙を作る為に使い捨てた。

「レオンよ!貴様は覚えておるかの!?この魔法をッ!」
「………!」

 レオンの視線にオルドにも劣らぬ憎悪が宿る。

 忘れるはずがない。忘れられるはずがない。
 最愛と道標を失った、その引き金。

「『吸魔陣』は魔力を奪い、そして魔法陣に留める魔法!そして、見よ!儂の集大成であるこの魔法具を!これらをもって、この魔法は発動へと至る!」

 本来ならば誰も使えるはずがない魔法。
 
 しかし。
 膨大な魔力と、レオンが不死となって過ごした長い時間。
 それと同じ時間を、ただひたすらに込めて作られた魔法具。

 それは丁度リンドブルムがなぞった軌跡と似ていた。
 リンドブルムはアリアの帰還を夢見て、いつか現れるであろう時魔術師に託さんと『時魔術の魔法陣』を作り上げた。
 
 対してオルドは、レオンを殺す為に、そしてそれを自らが行う為に、適正が無くても発動出来る『時魔術の魔法具』を作り上げた。

「ふざけるな!それが何を意味するのか分かっているのか!!」

 レオンが目を剥き、歯を剥き出しにして叫ぶ。
 空間ごと軋ませるような声と威圧感に、しかしオルドはさぞ嬉しそうに嗤うばかり。

「貴様こそ分かっておるのかのぉ!?これは貴様の命を奪い!そして同時に、王の帰還を意味することをのぉ!」
「それがふざけていると言っている!」
 魔族のオルドが『王』と呼ぶ相手。それが示す相手は、一人しかないない。

「俺が死ぬのは構わん!だが、死んでもその魔法は発動させん!」

 吠える。そして抜け落ちる魔力によって動かぬ体で、ついに一歩を踏み出す。

「ほっほぉ!おぉおぉ、よく動けたのぉ!じゃが遅いわ!」

 『吸魔陣』と『それ』の魔法陣が一際輝きを放った。
 妖しく煌めく魔法陣に照らされ、オルドはその両手を組み合わせる。
 それはまるで、レオンを生贄に捧げて主に祈るかのようにも見えて。

 そして顕現する、最悪の魔法。

「あぁ、〝魔王様〟!今こそ目覚めの時!ここにいる人族どもを消し去り、貴方様の贄とします!さぁ、偉大なる王を連れてまいれ!

『森羅狂乱』!!」

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