魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
19 憎悪
「………バカな…」
その呟きは、ルステリアとオルドのもの。
全ての者の視界の外。明らかに近くには居なかったはず。
迫る攻撃は、それまでに仕留める事は出来ても、それを受ける事は不可能。
もとより即座に離脱する気であった。
それなのに、その男は遠く離れた場所から音すら遥かに後ろに捨て去る速度で。
迫る天災にも迫るような猛威を掻き消し。
ルステリアの攻撃を防ぎ、ルーガスを救ったのだ。そんなこと、
「あ、ありえない……!」
事態の把握は出来た。だが、感情が追いつかない。
そんな現実の思考のギャップに固まるルステリアに、しかしその隙を突くことなくレオンはルーガスを片手で抱えるようにして持ち上げる。
「……お手数おかけします」
「気にするな。お前が死ぬと色々困ることになる」
そう言うや否や、レオンはブンと腕を振り抜く。
まるで小石を放るかのような気安さで、しかし冗談のような速度で放り投げられたのは、もちろんルーガス。
「どわぁっ?!」
「ぐっ!」
直後、ラルフとルーガスの悲鳴。
当然だろう、いきなりメジャーリーガーも涙目な速度で人一人が飛んできたのだ。踏ん張る間もなく一緒に吹き飛ぶラルフを責めるのは酷だろう。
ナイスキャッチ、とでも言いたげな満足げな色を表情に滲ませるレオンに、冷たい視線がいくつも突き刺さるのも、やはり仕方ない。
「……最低ね」
代弁するように口にしたのはエミリーだった。
レオンならば抱きかかえたままでも似たような速度で移動できることを知っている。
そして、それから丁寧に横にしてあげれば良いのに、と当然の不満を抱く。
「ふん、油断したルーガスが悪い」
それを、レオンはばっさり切り捨てた。
「そしてお前もだ。クソガキ」
「ぐっ……!」
そして、次いで微かに目を細めて見据えるのは、ロイドだ。
ロイドも先程の言葉が聞こえていたのだろう。
そして、その内容が返す言葉も無い程にその通りだということもまた、理解していた。
「折角鍛えた力も、焦りから発揮出来ない。それでは鍛えた意味が無いな」
「ぐっ……!く、くっ……す、すんません」
非常に悔しそうな表情ながら、しかし認めるしかない。
そう。ロイドの時魔術ならば、ルーガスを助けることは不可能ではなかった。
「原因は分かっているか?」
「……咄嗟に発動速度が一番早い風魔術に頼ったこと」
「そうだ。状況を考えろ、間抜け」
距離を考えれば、風が届くよりも、ほんの数瞬遅れてでも時魔術を発動して時間を操る方が速い。
今となれば簡単に分かる事だが、想像も出来なかった光景を前に判断を誤ったのだ。
「魔王と戦うならば、お前の常識の外にある事態が起きることも珍しくない。常に冷静に判断しろ」
「……うす」
それは奇しくも、この異常事態の当人とも言えるルーガスが実践出来ていた事でもあった。
如何なる時も冷静な判断を下せるかで実力差を覆すこともある。
それはいまだにロイドが父ルーガスに及ばない事を示しているかのようだった。
言うべき事は言った、とばかりにルーガスは小さく溜息をついてロイドから視線を切る。
そして、首だけを向ける形でいまだ硬直するルステリアへと視線を向けた。
「とは言え、確かに厄介な魔法を使うようだな」
「ひぃっ!」
その視線にまるで致死量の猛毒でも含まれているかのように、ルステリアは小さく悲鳴を上げた。
甘ったるさを含ませた余裕を見せつける口調も表情も消え去り、猛獣を前にしたただの女の子のように体を震わせるしか出来ない。
ルステリアは理解してしまったのだ。
戦いを挑んで良い相手ではないと。
そんな確定された死を待つだけのルステリアとレオンの間に、ひとつの声が割り込む。
「ほっほ。予想以上、じゃの」
オルドの笑い声は、しかし誰が聞いても笑っているとは思わないであろう、多大な苦々しさが込められていた。
しかし、それ以上に込められているのは、背筋が凍るような憎悪。
「しかしの、だからなんだというんじゃ。貴様は………貴様だけは必ず殺す」
「うっ……」
殺意を煮詰めて音にしたかのような声音。
その少し離れた場所で、その悍ましいまでの殺意に思わず身を強張らせてしまったロイド。
遠目からも飄々とした態度や戦いをしていたオルドとは、まるで別人のようなオルドに、知らぬ内に顔を顰めてしまう。
「随分な物言いだな。まぁ、やってみろ」
しかしそんな粘性さえ感じる殺気を前にしても、レオンは面倒そうに肩をすくめて返すだけ。 そのいっそ腹立たしい程にいつも通りなレオンに、ロイドの緊張がかすかに緩みーーふと気付く。
「……あれ?ドラグさんは?」
その疑問を口にしながら、同時に無意識のうちにオルドと戦っていたオルドを目で探す。
ルーガスが倒れる少し前まで、一方的にその速度と予測不能な歩法や動きで翻弄していたはずのドラグ。
だが、探せど彼の姿がない。
事態を把握したらしいレオンは、オルドに鋭い視線を向ける。
「……魔法か?」
「ほっほ。さて、どうじゃろうな」
眼に溢れかえる憎悪を堪えたまま、オルドは醜悪に嗤う。
そして、ほんの一瞬、ルステリアへと視線を向けた。
「………っ!」
そのオルドの視線を受けて、寝ていたところに冷水を浴びて起こされたかのように目を見開くルステリア。
「…………」
それを当然レオンが見逃すはずがなく。
刹那の思考の末、レオンはまず近くのルステリアを仕留めるべきだと判断。
その思考を読んだとばかりに、オルドは口が裂けんとばかりに嗤い、吠える。
「阿呆めがっ!」
それと同時に溢れる魔力。
その魔力に、そしてそれらがかたどる魔法に。
レオンが、大きく目を見開いた。
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