魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
16 兄姉として
「俺も混ざりたい」
「もう、しつこいわよ」
「聞き分けのない弟だね」
不満そうに呟くロイドに、呆れたようなエミリーと苦笑いのフィンクの言葉が刺さる。
嗜めるような言葉に、しかしロイドは応えた様子もなく視線をフィンクへと向ける。
「兄さん、なんで俺らはここで待機なんだよ?」
「何回言わせれば気が済むんだい…?」
すでに3回目となる質問だったりする。それほどまでに不満なのだろうが、いい加減にフィンクも疲れたようにぼやいた。
「先輩、いい加減しつこいです。聞き分けを持ちましょ?良い子ですから、ね?」
「……………うい」
「はい、良い子です。それに、先輩だって万が一の可能性っていうのは考えたんですよね?」
「まぁな……」
魔族の突然の強襲。
しかも、かなり強力な実力を有している魔族が複数で現れており、その実力はかつて魔王候補を自称してエイルリア王国に攻めてきたアドバンに勝るとも劣らない。
それはつまり、魔王候補クラスの魔族ということである。
その事から、フィンクは部下による別働隊の奇襲を推測したのだ。
これについてはロイドも似たようなことを考えた。
「まぁ、部下かは知らんが、アドバンのやつみてーにドラゴンとかのペットが出てくるかもなーとは思ったな」
「ペットって……」
「そうだね。それに、見取り稽古にもなるだろう?」
つまりは、エイルリア王国の最高峰戦力達の戦いを見て学ぶのも良い経験だというフィンクに、ついにロイドは文句を垂れ流す口を閉じた。
ちなみに小さく呟かれたクレアの呆れ混じりの苦言はスルー。
「確かに……改めてすげーよな、あの人ら」
「相手もえげつないけどね」
これでも力を付けたつもりだったし、その自負も自覚もある。
だが、改めて思う。この親であるルーガスをはじめとした面々は、強い。
「うわぁ、シルビアさん、あれもしかして魔法から魔法を繋げてません?どうやってるんでしょうか……」
「ラルフなんてどうなってんのよ?魔法も物質も離れたとこからスパスパ切ってるわよ」
「ドラグさんてあんな強えの?何あれ?ここから見てても見失うくらい速いわ気配が曖昧だわで追いきれないんだけど」
「あ、雷雲きた。ちょっと離れるか?雷すげぇ落ちてくるぞこれ」
などと、もはや観戦の気持ちで感想を言い合うロイド達。
まさか子供達の見世物扱いされているとは思わなかったであろう戦場の強者達だが、しかしやはり特に目を引くのは。
「……バケモンだなぁ」
「総合力ってゆーんかね。どれひとつとっても高いレベルしてんだよなー」
「さすがお父さんよね。いまだに勝てるイメージが湧かないわよ」
『神風』という二つ名よりも有名となった通り名である『最強』と称されるルーガスだ。
その仰々しい通り名に恥じぬ実力を振るう。戦場に立つ面々の中でも淡々とした戦いをしているにも関わらず、目を離せない。
「色っぽい魔族の姉さん、必死だもんな」
「よく耐えてるとも言えるけどね」
ルーガスが相手をしているルステリアは、その美貌を苦しげに歪めながら風を必死に撃ち落としている。近くで見れば半泣きだったりもする。
そしてその防衛も、そう長くは保たないように見えた。
「それよか……ドラグさんの相手のじいさん」
「ふん? 確かに毛色が違うというか……魔法特化って感じかしら?」
「そうだね。ただ、ドラグさんなら接近戦に持ち込めるだろうし、そうすれば押し切れると思うけどね」
ロイドが眉間に皺を寄せて睨む先にいる老齢の魔族、オルド。
それを追うように視線を向けた姉と兄は、気軽そうに言う。
ドラグはその性質柄有名とは言えないが、知る者ならば震えが止まらない程の卓越した暗殺者だ。
奇襲といったイメージが強い暗殺者。
だが、その速度や変則的な歩法、気配の操作といった技法を独自に組み合わせたスタイルを持つドラグは、『真っ向勝負』であろうと〝暗殺〟する事が可能と言われている。
例え目の前にドラグを見据えていたとしても、意識の隙間を縫うような気配操作と歩法、そして極自然で違和感ひとつ与えられないような攻撃。
そして人間離れした瞬発力をもって、彼は相対する相手を気付かれる事なく仕留めるのだ。
呑気そうな口調とは裏腹にウィンディア領屈指の危険人物でもある彼ならば、老齢の魔族など相手になるまいとフィンクとエミリーは言外に告げていた。
だが、
「……いや、気のせいかも知んねーけど。なんかあのじいさん、危ねー気がすんだよな」
「ふぅん? まぁロイドが言うならそうなのかも知れないけど、でもドラグさんよ?」
「……まぁ、だよな」
幾度となくーー半分以上は師のせいでーー死線を超えたロイドの直感からくる言葉をエミリーは軽視こそしないが、しかしやはりドラグの有利は揺るがないだろうとも思えた。
それにロイドは頷くも、眉間の皺はとれる事はない。
そんなロイドを横目に見ていたフィンクは、ふと頭上へと視線を向けて、そして口を開く。
「――うん、ならロイド、しっかりそこで警戒さておくんだよ?」
「ん?あぁ、そーする」
「うん、だからこっちのお客さんは僕が代わりに相手してとくからさ」
「あぁ、そーしてく……へ?」
会話の流れで思わず頷きかけて、ロイドは目を丸くしてフィンクを見やる。そして、その先の兄の視線を追って頭上を見ると、
「うわ、竜じゃん!」
「うん、そうだね。ではロイド、しっかり老人の魔族とドラグさんの戦いを見張っていてくれよ」
「いやっ、ちょ、俺がっ…」
「ほらほら、余所見してたらドラグさんが危ないかも知れないよ?」
可笑しそうに笑いながら嗜めるように言うフィンクに、ぐっと言葉を詰まらされたロイド。
そんなロイドに、エミリーは兄と似た笑顔を浮かべる。
「ふふ、そうね。アンタはしっかり見張ってなさい」
「あ、エミリーまで?!」
「ほらほら。もう、余所見しちゃダメでしょ?」
完全に揶揄う口調のエミリーに、ロイドは思わず歯噛みする。しかしなおも言葉を重ねようとして、
「『氷魔法』」
「『蒼炎』」
見惚れてしまうような透き通る氷の世界と、それらを煌めかせるように輝く蒼の炎が目の前に広がった。
「あぁっ!」
「ゴアァアアァアアッ!!」
つい呻いたロイドの声を掻き消すような咆哮が空から降り注いだ。
真紅の鱗を纏う竜――炎の特性を強く持つ色竜は、その魔物の頂点の一角としての存在感に相応しい威圧感を伴って吠えた。
並の人間なら意識を刈り取られるか、または耐えたとしても身体を硬直させて動けなくなるような威圧的な咆哮の一拍後、それと入れ替わるように降り注ぐのはその身の鱗よりも鮮烈な紅い炎。
いまだ上空にあり距離があるにも関わらず火傷をしてしまいそうな熱量を伴う炎に、反射的に顔を顰めてしまう。
だが、
「温いわね」
紅い炎は蒼い炎に呑まれ、
「いや、暑かったよ。少し涼もう」
真紅の巨体は氷に覆われた。
「…………」
それから色竜は頑張った。
どうにか氷を砕き脱出した。が、もがいてももがいても氷は広がっていく。
自爆覚悟で炎を撒き散らして氷から這い出るも、即座に蒼い炎に呑まれて耐性のあるはずの鱗を焼かれた。
ならば接近戦だと降下するも、爆炎と大質量の氷をもって吹き飛ばされた。
「…………」
「……何よ?そんな目で見て。向こうを見張ってなさいよ」
「そうだね。かわいい弟が気になるって言うから代わりに頑張ったのに、そんな目で見ないで欲しいな」
恨みがましさに困惑の憐れみのようなものを少し混じった視線を向けるロイドに、兄と姉はわざとらしく言った。
そんな兄姉に、ロイドはふてくされたように吐き捨てる。
「……なんでそんな強くなってんだよ。俺死にかけるまで修行してきたってのに」
「はぁ?決まってるじゃない」
「決まってるさ。弟に簡単に負けるわけにはいかないんだよ」
なんとも頼もしい2人に、ロイドは力無く乾いた笑いが漏れた。
「もう、しつこいわよ」
「聞き分けのない弟だね」
不満そうに呟くロイドに、呆れたようなエミリーと苦笑いのフィンクの言葉が刺さる。
嗜めるような言葉に、しかしロイドは応えた様子もなく視線をフィンクへと向ける。
「兄さん、なんで俺らはここで待機なんだよ?」
「何回言わせれば気が済むんだい…?」
すでに3回目となる質問だったりする。それほどまでに不満なのだろうが、いい加減にフィンクも疲れたようにぼやいた。
「先輩、いい加減しつこいです。聞き分けを持ちましょ?良い子ですから、ね?」
「……………うい」
「はい、良い子です。それに、先輩だって万が一の可能性っていうのは考えたんですよね?」
「まぁな……」
魔族の突然の強襲。
しかも、かなり強力な実力を有している魔族が複数で現れており、その実力はかつて魔王候補を自称してエイルリア王国に攻めてきたアドバンに勝るとも劣らない。
それはつまり、魔王候補クラスの魔族ということである。
その事から、フィンクは部下による別働隊の奇襲を推測したのだ。
これについてはロイドも似たようなことを考えた。
「まぁ、部下かは知らんが、アドバンのやつみてーにドラゴンとかのペットが出てくるかもなーとは思ったな」
「ペットって……」
「そうだね。それに、見取り稽古にもなるだろう?」
つまりは、エイルリア王国の最高峰戦力達の戦いを見て学ぶのも良い経験だというフィンクに、ついにロイドは文句を垂れ流す口を閉じた。
ちなみに小さく呟かれたクレアの呆れ混じりの苦言はスルー。
「確かに……改めてすげーよな、あの人ら」
「相手もえげつないけどね」
これでも力を付けたつもりだったし、その自負も自覚もある。
だが、改めて思う。この親であるルーガスをはじめとした面々は、強い。
「うわぁ、シルビアさん、あれもしかして魔法から魔法を繋げてません?どうやってるんでしょうか……」
「ラルフなんてどうなってんのよ?魔法も物質も離れたとこからスパスパ切ってるわよ」
「ドラグさんてあんな強えの?何あれ?ここから見てても見失うくらい速いわ気配が曖昧だわで追いきれないんだけど」
「あ、雷雲きた。ちょっと離れるか?雷すげぇ落ちてくるぞこれ」
などと、もはや観戦の気持ちで感想を言い合うロイド達。
まさか子供達の見世物扱いされているとは思わなかったであろう戦場の強者達だが、しかしやはり特に目を引くのは。
「……バケモンだなぁ」
「総合力ってゆーんかね。どれひとつとっても高いレベルしてんだよなー」
「さすがお父さんよね。いまだに勝てるイメージが湧かないわよ」
『神風』という二つ名よりも有名となった通り名である『最強』と称されるルーガスだ。
その仰々しい通り名に恥じぬ実力を振るう。戦場に立つ面々の中でも淡々とした戦いをしているにも関わらず、目を離せない。
「色っぽい魔族の姉さん、必死だもんな」
「よく耐えてるとも言えるけどね」
ルーガスが相手をしているルステリアは、その美貌を苦しげに歪めながら風を必死に撃ち落としている。近くで見れば半泣きだったりもする。
そしてその防衛も、そう長くは保たないように見えた。
「それよか……ドラグさんの相手のじいさん」
「ふん? 確かに毛色が違うというか……魔法特化って感じかしら?」
「そうだね。ただ、ドラグさんなら接近戦に持ち込めるだろうし、そうすれば押し切れると思うけどね」
ロイドが眉間に皺を寄せて睨む先にいる老齢の魔族、オルド。
それを追うように視線を向けた姉と兄は、気軽そうに言う。
ドラグはその性質柄有名とは言えないが、知る者ならば震えが止まらない程の卓越した暗殺者だ。
奇襲といったイメージが強い暗殺者。
だが、その速度や変則的な歩法、気配の操作といった技法を独自に組み合わせたスタイルを持つドラグは、『真っ向勝負』であろうと〝暗殺〟する事が可能と言われている。
例え目の前にドラグを見据えていたとしても、意識の隙間を縫うような気配操作と歩法、そして極自然で違和感ひとつ与えられないような攻撃。
そして人間離れした瞬発力をもって、彼は相対する相手を気付かれる事なく仕留めるのだ。
呑気そうな口調とは裏腹にウィンディア領屈指の危険人物でもある彼ならば、老齢の魔族など相手になるまいとフィンクとエミリーは言外に告げていた。
だが、
「……いや、気のせいかも知んねーけど。なんかあのじいさん、危ねー気がすんだよな」
「ふぅん? まぁロイドが言うならそうなのかも知れないけど、でもドラグさんよ?」
「……まぁ、だよな」
幾度となくーー半分以上は師のせいでーー死線を超えたロイドの直感からくる言葉をエミリーは軽視こそしないが、しかしやはりドラグの有利は揺るがないだろうとも思えた。
それにロイドは頷くも、眉間の皺はとれる事はない。
そんなロイドを横目に見ていたフィンクは、ふと頭上へと視線を向けて、そして口を開く。
「――うん、ならロイド、しっかりそこで警戒さておくんだよ?」
「ん?あぁ、そーする」
「うん、だからこっちのお客さんは僕が代わりに相手してとくからさ」
「あぁ、そーしてく……へ?」
会話の流れで思わず頷きかけて、ロイドは目を丸くしてフィンクを見やる。そして、その先の兄の視線を追って頭上を見ると、
「うわ、竜じゃん!」
「うん、そうだね。ではロイド、しっかり老人の魔族とドラグさんの戦いを見張っていてくれよ」
「いやっ、ちょ、俺がっ…」
「ほらほら、余所見してたらドラグさんが危ないかも知れないよ?」
可笑しそうに笑いながら嗜めるように言うフィンクに、ぐっと言葉を詰まらされたロイド。
そんなロイドに、エミリーは兄と似た笑顔を浮かべる。
「ふふ、そうね。アンタはしっかり見張ってなさい」
「あ、エミリーまで?!」
「ほらほら。もう、余所見しちゃダメでしょ?」
完全に揶揄う口調のエミリーに、ロイドは思わず歯噛みする。しかしなおも言葉を重ねようとして、
「『氷魔法』」
「『蒼炎』」
見惚れてしまうような透き通る氷の世界と、それらを煌めかせるように輝く蒼の炎が目の前に広がった。
「あぁっ!」
「ゴアァアアァアアッ!!」
つい呻いたロイドの声を掻き消すような咆哮が空から降り注いだ。
真紅の鱗を纏う竜――炎の特性を強く持つ色竜は、その魔物の頂点の一角としての存在感に相応しい威圧感を伴って吠えた。
並の人間なら意識を刈り取られるか、または耐えたとしても身体を硬直させて動けなくなるような威圧的な咆哮の一拍後、それと入れ替わるように降り注ぐのはその身の鱗よりも鮮烈な紅い炎。
いまだ上空にあり距離があるにも関わらず火傷をしてしまいそうな熱量を伴う炎に、反射的に顔を顰めてしまう。
だが、
「温いわね」
紅い炎は蒼い炎に呑まれ、
「いや、暑かったよ。少し涼もう」
真紅の巨体は氷に覆われた。
「…………」
それから色竜は頑張った。
どうにか氷を砕き脱出した。が、もがいてももがいても氷は広がっていく。
自爆覚悟で炎を撒き散らして氷から這い出るも、即座に蒼い炎に呑まれて耐性のあるはずの鱗を焼かれた。
ならば接近戦だと降下するも、爆炎と大質量の氷をもって吹き飛ばされた。
「…………」
「……何よ?そんな目で見て。向こうを見張ってなさいよ」
「そうだね。かわいい弟が気になるって言うから代わりに頑張ったのに、そんな目で見ないで欲しいな」
恨みがましさに困惑の憐れみのようなものを少し混じった視線を向けるロイドに、兄と姉はわざとらしく言った。
そんな兄姉に、ロイドはふてくされたように吐き捨てる。
「……なんでそんな強くなってんだよ。俺死にかけるまで修行してきたってのに」
「はぁ?決まってるじゃない」
「決まってるさ。弟に簡単に負けるわけにはいかないんだよ」
なんとも頼もしい2人に、ロイドは力無く乾いた笑いが漏れた。
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