魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
6 朝の散歩
「んん……」
窓の隙間から差し込む光に瞼を焼かれ、ロイドが呻くようにして目を覚ます。
微かに残るレオンとの競走の疲労を感じながら上体を起こすと、同じように布団に座るようにしているクレアと目が合った。
「おはよ……」
「おはようございます、先輩」
クレアは少し前から起きていたのか、寝ぼけた様子も見せずに挨拶を返してきた。まだ寝ているエミリーとレオンに気遣って小声ながらも、どこか弾んだように喜色を滲ませる声にロイドもつられて意識をはっきりさせていく。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
もうこのまま起きちまうか、なんて思いながら目をこするロイドに呼びかけながら、クレアはそっと布団から出る。
「ちょっと散歩、どうです?」
「んぁ……いいぞ、行こっか」
程よい眠気覚ましにはなるか、と同意して、ロイドも布団から音もなく出た。
まだ少し眠気が残るとは言え、足音を立てるような真似はしない。暗殺者も顔負けの忍足で2人は無音のまま小屋から出た。
「ふふ、空気が美味しいですね」
「おー、確かになぁ。なんかここ、日本の田舎みたいな雰囲気だよな」
「そうなんですか?私ってあんまり田舎とか行った事ないんですよね」
「この都会っ子め。トラクターが公道走ってるとか見たことねーだろ?」
「あはは……それはうそですよね?渋滞確定じゃないですか」
「渋滞する程車が通らないんだよなぁ」
「えっ、ちょ、その話ホントなんですかっ?」
穏やかな雰囲気の集落にあてられてか、普段は話さない前世の話も交えながら2人はあてもなく散歩する。
高い木々は朝焼けの橙色の光を所々遮り、光の筋を作り上げる。早朝特有の澄んだ空気を満喫していた。
「そーいや、クレアはもし日本に戻れるとしたらどうする?」
「……え?戻れるんですか?」
そうしている内に、話してそうで話していない話題を口にした。なんだかんだと慌ただしかった事や、誰かしら人が居る事が多い為、こういう前世絡みの話はあまりしてこなかったのだ。
「そーゆー訳じゃねーんだけど、まぁなんとなく」
「あ、そういう話ですね。うーん……」
たらればの話か、と納得しつつどうだろうと考えるクレアを眺める。
実は、あえて言わなかったが、全く可能性が無い話ではなかったりする。
転生した際、アリアによってもたらされた情報。それは、卓越した空間魔術と、世界の修正機能を上回るーーもしくは誤魔化す力を有すれば、世界を渡る事も理論上可能だというもの。
当然、ロイドとクレアがその身のまま渡る事は難しいだろう。世界の認識を誤魔化す能力というのは見当もつかないし、仮に空間魔術が世界を超える域に至ってもその先が未知数なのだから。
だが、ロイドにはひとつの予想があった。
(時魔術で上手くやりゃ、いけなくもねーかもな)
そう、時魔術の存在。そして、もともと2人が日本に存在していたという点だ。
(現状では不可能だけど、時を戻す魔術を組み上げて、俺らが転生する前に行ければ……どうにか向こうの自分と繋がれるかも知れねー)
すでに持つロイドとクレアとしての肉体というネックはあるが、アリアはどうやってか、世界に適合させて肉体を組み替えていた。
それを応用すれば、前世の元々の肉体に意識を飛ばす事くらい出来ないか、と多少突拍子も無い話ながらも予想していた。
実際、空間を渡ったり時を戻したりする魔術があるくらいなら、意識を移すくらいの魔術があってもおかしくない。身体魔術あたりを突き詰めればいけるのでは、とあたりをつけてもいる。
「いや、戻らないですかね」
そんなことを考えていたロイドの耳に、クレアの声が届く。
思考から浮き上がった意識で、ロイドはクレアに視線を向けた。
「戻りたい気持ちはありますけど、こうして今楽しんでますしね。それに、向こうの私って多分死んでる扱いだと思いますし」
苦笑いで後半の言葉を告げ、言葉を重ねる。
「でも、こっちでも楽しくやれてます。戦いは怖いですけど、それもあと少しですよね?それに……こっちには先輩もいますし」
木々の傘にぽっかりと穴が空いたような空間で、柔らかい草が絨毯のように広がる美しい場所でクレアは立ち止まる。
朝焼けの光にあてられてか、頬が少し赤みを帯びているようにも見える表情で、伺うように上目遣いで見上げてくる彼女に、ロイドは一拍言葉を失う。
「……そっか、そうだな。今更な話か」
「……?先輩?」
反芻するような色を含む言葉に、クレアはこてんと首を傾げる。ロイドは誤魔化すように笑い、クレアの頭に手を置いた。
「え、あっ、と。……先輩?」
「戦いはあと少しだ。じじいの件が終われば、もう戦うこともねーしな。あとはのんびりしてーなぁ」
言いつつ、ロイドはぼんと頭を優しく叩いて手をどける。クレアは珍しい彼の行動に頬を赤めて目を丸くしつつも、彼らしい気の抜けた発言にクスリと笑みをこぼす。
「きっとカインが許してくれませんよ?王都で役職なんか与えられそうです」
「勘弁してくれ。フィンク兄さんの手伝いでもしながら自給自足と少し余裕のある金。貴族でもない一般家庭とかでのんびりやる。これ、次の目標」
「あはは、難しそうですね!目立ちすぎですもん、先輩」
「は?どこがだよ、ここ数年なんか慎ましく修行してるだけじゃねーか」
本気で言っているらしいロイドの表情に、クレアはあー、と苦笑い。
そう言えば、彼は王都でなんと呼ばれているか知らないんだったな、と思い至る。次いで、彼としては本気で人目につかずに修行という形で暮らしてるつもりなんだろうな、と。
「いやまぁ、そういう事にしておきましょっか」
「……待て、なんだその含みのあるセリフ。ここ数年はマジでほとんど山奥とか海なんかでしか暮らしてねーぞ?」
「ふふ、そうですねぇ?」
「おいクレア?……って待て、なんかあるなら言え!」
可笑しそうに笑いながら踵を返して戻るクレアを、ロイドは不安そうな表情で追いかける。
何か間違えたのか?『救国』なんて呼ばれるもんだから目立たないように山にこもってたのに!と焦る彼が追いつくと、クレアは顔だけロイドに向けた。
「ところで先輩?家庭には奥さんがつきものですよね?」
「は?まぁそーだろうけど、それより…」
「じゃあ、私がなってあげましょうか?」
ロイドの追求の言葉を遮り放たれた言葉に、ロイドは次の言葉を忘れる。
どこか揶揄うような含みを持たせた言葉と、それを表すような悪戯好きの猫のような笑顔に、気付かぬうちに見惚れてしまった。
そんなロイドのリアクションを見て、ふふっと満足そうに笑うクレア。
言葉とともに足まで止めていたロイドを置いていくように歩を進める彼女に、ロイドはまた追いかけて先程までの話を掘り返す気力はなく。
「……はぁ、ったくあんにゃろめ」
こちらの世界に来てから、戦闘というかつての非日常が常となり、戦闘技術という縁遠いものを追いかけてばかり。
それはロイドだけでなく、当然クレアも該当する。むしろ、女性である彼女の方が抵抗はあったろう。
その為か、思考の多くをそちらに割いているかのように彼女は素直な発言や反応が増えた。つまり、良くも悪くも大人しくなっていた彼女。
だが、前世の『如月愛』の彼女は、真面目ではあったものの時折掴み所のない顔を見せる一面があった。
悪戯心や反抗心も強く、卓越した才能と努力で突き進む彼女には、支えられると同時に負けてられないと思わせる勢いが備わっていた。
そんな彼女らしさを一面を僅かなりに久しぶりに垣間見れたのは、この穏やかな空気のおかげだろうか。
「……終わらせねーとな。誰も死なせずに、な」
彼女はこの世界で生きることを選んだ。それは、周りの人々あっての事だろう。
ならば、誰も欠けさせる訳にはいかない。それは当然、ロイド自身も心からそう願っている事でもある。
なんだかんだと張り合ったり言い争ってはいるが、『恥さらし』だった自分をここまで育ててくれたレオンに恩を返す。
その為にここ数年はずっと鍛えてきた。そして、それを成し遂げるのはそう遠くない。
奇しくも師と似た覚悟を握りしめた拳に込め、ロイドは橙色から青色へと変わる空を仰いだ。
窓の隙間から差し込む光に瞼を焼かれ、ロイドが呻くようにして目を覚ます。
微かに残るレオンとの競走の疲労を感じながら上体を起こすと、同じように布団に座るようにしているクレアと目が合った。
「おはよ……」
「おはようございます、先輩」
クレアは少し前から起きていたのか、寝ぼけた様子も見せずに挨拶を返してきた。まだ寝ているエミリーとレオンに気遣って小声ながらも、どこか弾んだように喜色を滲ませる声にロイドもつられて意識をはっきりさせていく。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
もうこのまま起きちまうか、なんて思いながら目をこするロイドに呼びかけながら、クレアはそっと布団から出る。
「ちょっと散歩、どうです?」
「んぁ……いいぞ、行こっか」
程よい眠気覚ましにはなるか、と同意して、ロイドも布団から音もなく出た。
まだ少し眠気が残るとは言え、足音を立てるような真似はしない。暗殺者も顔負けの忍足で2人は無音のまま小屋から出た。
「ふふ、空気が美味しいですね」
「おー、確かになぁ。なんかここ、日本の田舎みたいな雰囲気だよな」
「そうなんですか?私ってあんまり田舎とか行った事ないんですよね」
「この都会っ子め。トラクターが公道走ってるとか見たことねーだろ?」
「あはは……それはうそですよね?渋滞確定じゃないですか」
「渋滞する程車が通らないんだよなぁ」
「えっ、ちょ、その話ホントなんですかっ?」
穏やかな雰囲気の集落にあてられてか、普段は話さない前世の話も交えながら2人はあてもなく散歩する。
高い木々は朝焼けの橙色の光を所々遮り、光の筋を作り上げる。早朝特有の澄んだ空気を満喫していた。
「そーいや、クレアはもし日本に戻れるとしたらどうする?」
「……え?戻れるんですか?」
そうしている内に、話してそうで話していない話題を口にした。なんだかんだと慌ただしかった事や、誰かしら人が居る事が多い為、こういう前世絡みの話はあまりしてこなかったのだ。
「そーゆー訳じゃねーんだけど、まぁなんとなく」
「あ、そういう話ですね。うーん……」
たらればの話か、と納得しつつどうだろうと考えるクレアを眺める。
実は、あえて言わなかったが、全く可能性が無い話ではなかったりする。
転生した際、アリアによってもたらされた情報。それは、卓越した空間魔術と、世界の修正機能を上回るーーもしくは誤魔化す力を有すれば、世界を渡る事も理論上可能だというもの。
当然、ロイドとクレアがその身のまま渡る事は難しいだろう。世界の認識を誤魔化す能力というのは見当もつかないし、仮に空間魔術が世界を超える域に至ってもその先が未知数なのだから。
だが、ロイドにはひとつの予想があった。
(時魔術で上手くやりゃ、いけなくもねーかもな)
そう、時魔術の存在。そして、もともと2人が日本に存在していたという点だ。
(現状では不可能だけど、時を戻す魔術を組み上げて、俺らが転生する前に行ければ……どうにか向こうの自分と繋がれるかも知れねー)
すでに持つロイドとクレアとしての肉体というネックはあるが、アリアはどうやってか、世界に適合させて肉体を組み替えていた。
それを応用すれば、前世の元々の肉体に意識を飛ばす事くらい出来ないか、と多少突拍子も無い話ながらも予想していた。
実際、空間を渡ったり時を戻したりする魔術があるくらいなら、意識を移すくらいの魔術があってもおかしくない。身体魔術あたりを突き詰めればいけるのでは、とあたりをつけてもいる。
「いや、戻らないですかね」
そんなことを考えていたロイドの耳に、クレアの声が届く。
思考から浮き上がった意識で、ロイドはクレアに視線を向けた。
「戻りたい気持ちはありますけど、こうして今楽しんでますしね。それに、向こうの私って多分死んでる扱いだと思いますし」
苦笑いで後半の言葉を告げ、言葉を重ねる。
「でも、こっちでも楽しくやれてます。戦いは怖いですけど、それもあと少しですよね?それに……こっちには先輩もいますし」
木々の傘にぽっかりと穴が空いたような空間で、柔らかい草が絨毯のように広がる美しい場所でクレアは立ち止まる。
朝焼けの光にあてられてか、頬が少し赤みを帯びているようにも見える表情で、伺うように上目遣いで見上げてくる彼女に、ロイドは一拍言葉を失う。
「……そっか、そうだな。今更な話か」
「……?先輩?」
反芻するような色を含む言葉に、クレアはこてんと首を傾げる。ロイドは誤魔化すように笑い、クレアの頭に手を置いた。
「え、あっ、と。……先輩?」
「戦いはあと少しだ。じじいの件が終われば、もう戦うこともねーしな。あとはのんびりしてーなぁ」
言いつつ、ロイドはぼんと頭を優しく叩いて手をどける。クレアは珍しい彼の行動に頬を赤めて目を丸くしつつも、彼らしい気の抜けた発言にクスリと笑みをこぼす。
「きっとカインが許してくれませんよ?王都で役職なんか与えられそうです」
「勘弁してくれ。フィンク兄さんの手伝いでもしながら自給自足と少し余裕のある金。貴族でもない一般家庭とかでのんびりやる。これ、次の目標」
「あはは、難しそうですね!目立ちすぎですもん、先輩」
「は?どこがだよ、ここ数年なんか慎ましく修行してるだけじゃねーか」
本気で言っているらしいロイドの表情に、クレアはあー、と苦笑い。
そう言えば、彼は王都でなんと呼ばれているか知らないんだったな、と思い至る。次いで、彼としては本気で人目につかずに修行という形で暮らしてるつもりなんだろうな、と。
「いやまぁ、そういう事にしておきましょっか」
「……待て、なんだその含みのあるセリフ。ここ数年はマジでほとんど山奥とか海なんかでしか暮らしてねーぞ?」
「ふふ、そうですねぇ?」
「おいクレア?……って待て、なんかあるなら言え!」
可笑しそうに笑いながら踵を返して戻るクレアを、ロイドは不安そうな表情で追いかける。
何か間違えたのか?『救国』なんて呼ばれるもんだから目立たないように山にこもってたのに!と焦る彼が追いつくと、クレアは顔だけロイドに向けた。
「ところで先輩?家庭には奥さんがつきものですよね?」
「は?まぁそーだろうけど、それより…」
「じゃあ、私がなってあげましょうか?」
ロイドの追求の言葉を遮り放たれた言葉に、ロイドは次の言葉を忘れる。
どこか揶揄うような含みを持たせた言葉と、それを表すような悪戯好きの猫のような笑顔に、気付かぬうちに見惚れてしまった。
そんなロイドのリアクションを見て、ふふっと満足そうに笑うクレア。
言葉とともに足まで止めていたロイドを置いていくように歩を進める彼女に、ロイドはまた追いかけて先程までの話を掘り返す気力はなく。
「……はぁ、ったくあんにゃろめ」
こちらの世界に来てから、戦闘というかつての非日常が常となり、戦闘技術という縁遠いものを追いかけてばかり。
それはロイドだけでなく、当然クレアも該当する。むしろ、女性である彼女の方が抵抗はあったろう。
その為か、思考の多くをそちらに割いているかのように彼女は素直な発言や反応が増えた。つまり、良くも悪くも大人しくなっていた彼女。
だが、前世の『如月愛』の彼女は、真面目ではあったものの時折掴み所のない顔を見せる一面があった。
悪戯心や反抗心も強く、卓越した才能と努力で突き進む彼女には、支えられると同時に負けてられないと思わせる勢いが備わっていた。
そんな彼女らしさを一面を僅かなりに久しぶりに垣間見れたのは、この穏やかな空気のおかげだろうか。
「……終わらせねーとな。誰も死なせずに、な」
彼女はこの世界で生きることを選んだ。それは、周りの人々あっての事だろう。
ならば、誰も欠けさせる訳にはいかない。それは当然、ロイド自身も心からそう願っている事でもある。
なんだかんだと張り合ったり言い争ってはいるが、『恥さらし』だった自分をここまで育ててくれたレオンに恩を返す。
その為にここ数年はずっと鍛えてきた。そして、それを成し遂げるのはそう遠くない。
奇しくも師と似た覚悟を握りしめた拳に込め、ロイドは橙色から青色へと変わる空を仰いだ。
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