魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

間話 ウィンディアでの戦い

 魔族侵攻の対象となった地はエイルリア王国の王都フレア。
 
 そして、エイルリア王国の要塞とも呼ばれるウィンディア領だった。

 王国の中心である王都では多くの国民が魔族の脅威に震え、しかし兵士達を信じて施設に身を寄せ合っていた頃。

「来たぞ!」
「魔族だ!はっはぁ!万は超える大軍だ!」

 ウィンディア領にも同様の脅威が迫っていた。
 
 領民は王都に比して圧倒的に少なく、領土も小さい。だが、そこに襲い掛かる魔族の数は王都侵攻のそれと大差がない程。
 
 魔王候補や赤竜といった核となる戦力は無いとは言え、側から見ればオーバーキルも甚だしいとさえ言える。

 そんな大軍を前に、

「よっしゃぁああ!一番乗りぃ!」
「ふざけんな!俺が先だぁ!」
「ちょっと待ちなさい!私よ!」

 誰もが先陣を切って突っ込んでいった。

「……よし、では俺も出るとしよう」
「オイオイ、まだ言ってんのかよルーガス!いい加減諦めろ!」
「そうよあなた。良い子にお留守番してなさい」

 領民が誘われるように戦線へと飛び出すという、普通なら斬新な自殺志願者にしか見えない光景を後ろから眺めていたルーガス。そしてラルフ、シルビア。
 
 魔力を高めながら話すラルフとシルビアに、止められたルーガスはしゅんとする。
 
 話し合いの結果、ルーガスはウィンディア領最後の砦として残るはずだった。が、お留守番扱い。
 シルビアは誰も後ろに通す気がないようだ。

「ったく、いいかルーガス!お前は後ろ!いいな!?絶対だぞ!分かったな!?」
「……つまり突撃しろというフリか?」
「ちげぇよ!」

 そんな漫才じみた会話をしつつも走り去っていくラルフ。
  あっという間に最前線に出るや否や、その剣を振り回す。剣の範囲は当然、その延長上まで冗談のように斬り裂いていった。 一振りで数十の魔族を斬り捨てる姿は、まさしく『剣神』の名に恥じぬ強さ。

 それを羨ましそうに見るルーガスの背後から、横を通り抜けるように堂々とした歩みを見せるディアモンドが通りかがりに呟く。

「さて、そろそろ行くか」
「おうとも」
「いやお前は謹慎だろう。大人しくしておけ」

 どさくさに紛れて一緒に歩き出そうとするルーガスにディアモンドは呆れたように告げる。
 そしてさらっと告げられる謹慎扱い。もはや戦いを見守ることさえさせる気がないらしい。

 ぐ、と言葉を詰まらせるルーガスに、良い気味だと笑いながら駆け出すディアモンド。
 戦線を越えて敵陣に突っ込む彼は、走りながら戦斧を振り回し、同時に魔法を撒き散らす。
 まるでディアモンドの周りに結界でもはられているかのように、間合いに入った魔族が命を散らしていく。

 ウィンディアという危険な地の、さらにギルドという危険職の長を務める彼は、しかし執務で衰える事なく人類屈指と評される戦力を存分に振るった。

 そしてそれを口をへの字にして見ているルーガスの横を、無言かつ無音で歩いていくドラグ。

「…………」
「…………」
「……待て、ルーガス。ハウス」

 そのドラグに同じく無言でついていこうとするルーガスに、ドラグは淡々とストップをかけた。
 
 かつて王都で恐れられた彼を拾い上げたルーガスだが、その仲は対等であり気安い。とは言え犬扱いはさすがにいかがなものかとルーガスは眉根を寄せる。

「じゃ、遊んでくるね」

 しかしドラグはそんなルーガスに構わず歩き出す。
 後ろから見ていてもふと見失いそうな気配の薄さと特殊な歩法で進むドラグは、まるで人混みをすり抜けて歩くように魔族の合間を縫って進む。
 
 その際にすれ違った魔族は、例外なく首を斬り裂かれて地に伏せていった。

 それを眉根を寄せたまま眺めるルーガスの後ろから、マイペースに歩くベルが姿を現した。
 
「あれま、なんでこんな所にいるんだい?家でのんびりしてなよ」
「俺は撃ち漏らしから領を守る砦役だ」

 もはやここに居る事さえ不思議そうに言われるルーガス。ついにツッコむ。
 だがベルはそんな反論にも笑っていた。

「あっはっは、撃ち漏らし?冗談が上手くなったねぇ、そんなもんがあると思うのかい?」
「………」

 ないだろうなぁ、とルーガスも思ってるので言葉は出ない。
 そんなルーガスをこれまた良い気味だと笑いながら、戦場にまるで散歩でもするようにのんびり歩いていくベル。

 高まる魔力そのままに、魔族の軍を覆うような暗雲が立ち込めてゆく。そして、一拍置いて降り注ぐ、極太の雷の雨。
 戦場を優雅に歩く彼女は、『万雷の魔女』の二つ名そのままの惨劇を顕現させた。

「さてと。頑張って我慢してくれそうだし、私もいくわね」
「……運動したい、5分だけ」

 まるでお寝坊さんの代名詞のようなセリフを小さく告げるルーガスに、シルビアは困った子を見るかのように眉尻を下げて笑う。
 そしてスッと近寄り、ルーガスの頬に唇を優しく触れさせた。

「大好きよ、あなた。だから、待っててね」
「…………」

 頬を手で押さえて、しかし観念したように頷くルーガス。シルビアはにっこりと見る者全てを魅了するような笑顔を浮かべて戦場に向かう。
 
 まるでダンスでもするように軽やかな歩調で向かうシルビア。
 しかしその一歩を進める度に確実に、そして凶悪なまでに高まる魔力にーー敵味方なく身を強張らせた。

「ちょっと『万魔』?!やりすぎちゃいかんよ?!」
「そうだぜシルビア!……って、なんかすげぇ機嫌良い?!」
「やばいね……これ、加減を忘れてそう」
「くっ、お前らぁ!撤退だぁ!!シルビアが来るぞぉ!」

 血相を抱えるベル、慌てたようなラルフ、無表情に焦りを滲ませるドラグ。そして戦線に立つ冒険者達に敵ではなく味方の参戦を告げながら撤退指示を出すディアモンド。

「「「おおおおおおっ!!」」」

 ボスの言葉に、嬉々として戦っていた冒険者達は一斉に、そして華麗なまでにターン。即座に領へと全力ダッシュ。

 それと入れ替わるように、

「うふふふっ。ルーガスったら、かわいいんだからぁ」

 それはもう嬉しそうに、そして少女のように可憐に笑うシルビアから、空間を軋ませる程爆発的に膨れ上がる魔力。
 そしてもはや衝撃すら伴って広がる魔力を、一切の無駄無く魔法へと変換させていく完璧としか言えない魔力操作。

「ふふっ、早く続きがしたくなっちゃうわね」

 にこにこと、まるでお花畑を歩くようにぴょこぴょこと踵を上げ下げしながら歩くシルビア。
 上機嫌な少女といった様子に、しかも見た目の若さからなんの違和感もない仕草はむしろ見る者を和ませるだろう。

 周囲に吹き荒れる天変地異さえ見なければ、だが。

 台風を圧縮したような暴風が吹き荒れ、大地は割れては閉じるを繰り返し、風に乗って掠るだけで灰になりそうな真紅の炎を撒き散らし、空からは雷の隙間を縫うようにレーザーのような鋭い雨が降り注ぐ。

 この世の終わりのような局地的自然災害を、彼女は鼻歌とともに生み出していた。

「ちょっとルーガス、あんたシルビアに何したのさ?!もしくは何されたのさ?!」
「そうだぜ!危うく死ぬとこだ!」
「全く……うちの部下はギリギリだったぞ。夫なら妻の手綱は握っておかんか」
「……すまない」

 帰ってきた人類最高峰の戦力達はルーガスへと詰め寄って口々に文句を言う。それにルーガスはぽつりと謝るが、

「……………はぁ。いいや、なんかルナに会いたくなっちまった」
「ふん、そうだな。……うちも家内の所に行こう。お前らも解散だ!」
「「うぃーす!!」」
「あたしは独り身なんだけど……そろそろ落ち着こうかねぇ」
「……なんなんだ?」

 その顔を見て毒気を抜かれた面々は解散して自宅へと向かっていった。それを怪訝そうに見送るルーガス。
 そんな中、ドラグがとことことルーガスに近寄って肩をポンと叩く。

「顔、緩みすぎ」
「……そうか」

 言われて気付いたようで、口元に手をやるルーガスに、ドラグは溜息混じりに呟いた。

「『最強』も尻に敷かれる……女って強い」

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