魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

113 這い上がってきた強さ

「グランくん……」
「安心しろ。だいぶ掴んできた」

 一方、ロイドとは背中合わせで立つグランは、傍にいるラピスを視線を向けずに腕で下がらせながら剣を構えていた。
 その方向にはクレアも立っており、側から見ればグランがクレアに斬りかかろうとしているようにも見える。

「…………」

 更に言えば、無防備に立つクレアに微動だにせず剣を構えているだけのグランという不可思議な光景でもある。
 傍から見れば随分と慎重な剣士に見える事だろう。

 だが実際のところ、慎重なのは姿の見えない刺客の方だろう。
 まだ完全に気配を捉えていないグランを前に、攻め込まずにいるのだから。

 あるいは、何かの時間稼ぎにさえ思えるほどに。

(まぁ……こっちにも好都合か)

 だが、もし仮に時間稼ぎだとしてもそれはグランにとっても有難い。
 先の戦いで魔力が目に見えて減っているグランとしては、少しでも回復させておきたい所。

「ーーっ」

 そんな中、背後からロイドの怒気を多分に含んだ魔力の高まりを感じた。

 それを背中に受けて、思わず背筋が粟立つような、鋭く冷たい怒りの感情に思わず冷や汗を流す。

 だが反面、グランはロイドの魔力の少なさにも気付いていた。
 そして、ロイドと相対しているコウの魔力の方が圧倒的に多いということにも。

(……なるほど。勇者のやつがロイドを倒すの待ちか)

 確かに、普通に考えればコウが勝つだろう。
 
 満身創痍で魔力も少ないロイド。
 それに対して、勇者と呼ばれるコウ、しかも魔力も体力も満タンだ。
 
 はっきり言って勝負どころかーー嬲り殺しにされるのが目に見える。

(多分……気配を消せるヤツと、ロイドが『洗脳』してるとか言ったヤツは別。 そんで、さっきの攻撃でコウだけ姿を見せたってことは、多分気配消すやつの近くに居るか触れてないと効果が無い)

 ちなみにグランの推測は正解であり、グランの剣撃で『気配を消せるヤツ』ーーつまりスキル『気配操作』を持つフェレスからコウの手が離れて解除されていた。
 
(んで、俺は土魔術で歩いた振動をどうにか拾って居場所を探そうとしてる……けど、それが無いって事は暗殺者みたいな無振動の歩法を使ってるか、そもそも動いてないか)

 ロイドの風魔術があれば、あるいは風の抜けないーーつまり見えない何かがある場所を探す事で位置を把握出来たかも知れない。
 が、生憎ロイドの魔力は少なく、そしてコウと戦っている。
 
 グランとしても土魔術で一帯を隆起させるなどすれば、相手も動かざるを得なくなり見つける事が可能かも知れない。
 だが、それを行う魔力量と、相手が対策をしたりカウンターを狙うリスクとが釣り合わない。

(だったら、こっちも待つのがベターか)

 コウという戦力とクレアという人質があってこその硬直状態なのだ。そのどちらかが崩れれば状況は打開する。

 だが当然、コウが勝てば状況は最悪な方に転がり落ちる。 
 コウがロイドとの一騎打ちを望むからこそのこの戦況であり、もし人質をうまく使われ、その上でコウに好き放題されれば正直抵抗は困難となるだろう。
 
 だが、それは微塵も考えていないグラン。

(さっさと終わらせろよ、ロイド)

 内心で親友にエールを送り、グランは見えない敵を静かに見据えた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「は、はは、ははっ……そ、そんな傷で何をしようと言うんだ!」
「一騎打ちだろうが。お前が言ったんじゃねぇか……なぁ、元勇者サマ」

 ロイドの嫌味に、そしてその声音がいつもよりも格段に冷たい事による威圧感もあり、ぐっと言葉を詰まらせつつも、コウは魔力を高めていく。

「しかしお前は受けた!ならば泣き言は聞かないよ!」
「あ?泣き言だ?……一度でも言ったか?」

 コウは先程のフィンクを交えたどこか小馬鹿にした会話に苛立っていた。まともに向き合いもしない彼に、こちらを見ろと吠えていた。
 だが、いざ目を合わせている今はーー背筋に走る悪寒が止まらない。
 何気ない一言にもまるで絶対零度の怒りが乗せられているようで、声を聞く度に、向き合うだけで背中が凍るような思いに駆られる。

「うるさい!光魔法の真髄を見せてやるよ!」
「興味――」

 コウが練り上げた魔力を光の魔法具――自称『聖剣』に込めながら『聖剣』を頭上に翳さんと振り上げる。
 
 その振り上げる際。
 視界に『聖剣』が通過する、短すぎる一瞬の隙に、ロイドは少ない魔力を『身体強化』に注いで踏み込む。

「っなぁ!?」
「――ねぇよ!」

 振り上げた瞬間に目の前に現れたロイドに驚愕の声をあげるコウ。
 それに構わず、ロイドは踏み込みの速度を乗せたストレートをコウの顔面のど真ん中に叩き込まんと突き出した。

「っく!」
「おらぁあ!」

 それをかろうじて首を倒して回避するコウに、ロイドは即座に蹴りを放つ。
 『聖剣』を掲げた事でガラ空きの腹部に、今度こそロイドの中段蹴りが深々と突き刺さった。

「っぐぅう!?」
「まだまだぁ!」

 呻きながらもコウは距離をとろうとバックステップするが、間合いをとらせまいとロイドは即座に追撃をかける。
 バランスを崩しながらの踏み込みの弱いバックステップをするコウに瞬時に追いついたロイド。コウは苦し紛れに『聖剣』を横薙ぎに振るう。

「おせぇんだよ!」

 それをロイドは体を沈め込みつつ右手を『聖剣』の腹に当てながら上方へと押し流す事で、最低限の動きで回避した。
 そのまま左手で掌底を鳩尾に突き刺す。

「うっ?!」

 呼吸が止まるような一撃。思わず硬直するコウ。
 言葉もなく固まる彼の目に浮かぶ、待ってくれ、いう意思を読み取りつつもーーロイドは当然、待ったりはしない。

「ぜあぁあっ!」

 右の正拳突きを顎に。
 返す腕に合わせて体を捻って右足上段蹴りを首に。
 戻す脚と入れ替わりに左手のジャブを鼻に。
 そしてワンツーの容量で右の拳を崩れ落ちるコウのこめかみに撃ち抜く。

「っが……っ?!」

 流れるような、それでいて重く鋭い連撃にコウの意識が一瞬ブレる。
 だが、思考よりも本能に近い部分で接近戦は危険だと判断して、力の入らない脚を叱咤して思い切りバックステップ。

「逃すかよ!」
「ひぃっ!」

 しかしロイドはそれを許さない。全身、とくに腹部の傷が開いたのか血を飛び散らせながら、しかしその眼は鋭く見開かれて真っ直ぐにこちらを睨んでいた。 
 その鬼気迫る姿を前に口から漏れ出した悲鳴。
 それを自らの耳で聞いたことで、初めて自分の口から出たことに気付いた。

(な、なんだ?なんなんだよ!……誰なんだよっ、こいつは?!)

 コウは迫るロイドを攻撃する。というよりは、必死に距離をとろうとただ振り回すだけといった風に『聖剣』を乱雑に振り回す。
 そんなある意味では無作為で軌道の読めない剣撃を、しかしロイドは先程と同じように回避、あるいはいなしてコウを追い詰めていく。

 逃げても逃げても逃げられないロイド、そして見たことのないその表情。
 
 今まで、人を小馬鹿にしたような、飄々とした態度だった。
 それは気に食わなかったし、だからその余裕を崩してやりたかった。

 だが、いざ余裕の仮面を剥ぎ取ったらこれだ。

 鋭く冷たい声音と眼光。それでいて苛烈で容赦のない暴風のような攻撃。
 まるでヒナを守る親鳥のような、追い詰められたネズミが猫に挑むような、そんな余裕の欠片もない、しかし必死さが強く見える姿。

(こ、怖い…っ!)
 そんな姿に否応なく脳裏に過ぎる感情に、コウは眉尻を下げて情けない表情を見せた。
 いまだダメージは圧倒的にロイドの方が大きいはずなのに。
 一撃でも当たればすぐにでも死んでしまいそうな傷なのに。
 ーー負けるはずがない戦いだったはずなのに。

 なのに、一度たりとも、一瞬たりともペースを掴ませてくれない。
 魔力や魔法の有無や優劣以前に、『戦闘』という場において、圧倒的な差を感じてしまう。
 そして、頭のどこかで考えてしまう。

――僕は、こんな姿を見せれるだろうか

 勇者として訪れた世界で、優遇された環境。強さも例外を除けば最上級。
 そんな中で、ロイドのような必死さなど一度でも見せたのだろうか。

 コウは知らない。
 今のこの姿こそが、ロイドがずっと見せていた姿だと。
 
 『恥さらし』としてウィンディア領で挑む戦いは常に格上相手であり、魔法も使えない中で戦っていた事を。 少ない魔力での弱々しい身体強化でもコウの攻撃をいなしたり回避出来たのは、もともとが魔法が使えずとも『そうして』戦ってきたからだと。
 コウが一度たりとも光魔法を使えないのは、発動速度を高めなかった自らの未熟を突く相手と戦いをしてこなかった故に未熟のまま訓練してこなった為。 だがそれにロイドは向き合い、そして幾度となく発動出来ずに追いやられた事があるからこそ、それを逆手にとる事を咄嗟に選べたのだと。

「うあぁあああっ!」

 もはや剣筋も剣技も無い、ただ目の前の恐怖から逃げる為に振るわれただけの『聖剣』をロイドは鋭く蹴り上げる。
 それにより呆気なく手を離れた『聖剣』を、コウは呆然と見上げてしまう。

「づぁあっ!!」

 その隙を待っていたロイドは軋む身体を鞭打ち、今にも砕け散りそうな身体と意識で最後の一撃を放たんと叫ぶ。

 これまでの戦いの合間で回復したごく僅かの魔力。
 それを即座に風魔術に変換。拳に風を纏い、それをコウの頬へと体重全てを乗せて突き刺す。
 
「ぐあぁあぁああっ!?」

 打撃の瞬間に風を指向性をもって解放。それにより衝撃を倍加させた一撃がコウの脳を思い切り揺らした。
 
 この技は、未熟な魔術しか使えなかった頃に編み出したこの技法は、ロイドが『恥さらし』から抜け出る過程に生まれた一撃。

(なんで……勝てない…?)

 意識が刈り取られる寸前でもコウはまだ気付けない。
 ーー目の前の相手は、自分とは違って魔法や地位に恵まれずとも底辺から這い上がってきた強さを待つ事に。
 
 ーーたかが〝強力な魔法をひとつ持っているだけ〟の相手に、何も持たない状態から這い上がってきたロイドが負けるはずがないという事に。

 そして、

「てめぇはあとでじじいに土下座させる。それまで寝とけ」

 その這い上がってきた道。その多くを導いてくれた『死神』を不用意に貶してしまった事が、彼の逆鱗に触れてしまうという事に。

 
 盛大に宙を舞うコウは、受け身をとる事なく頭から地に落ち、そしてぴくりとも動く事は無かった。


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