魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

111 気配なき刺客

「いやー、死ぬかと思った」
「ふざけないで、こっちのセリフだわ」
「そうですよ、紛らわしいんですから!」
「え、俺が悪いんかこれ?」

 なんとも言えない奇声を上げたクレアとエミリーは、行き場のない感情をぶつける先をすぐ手元に定めた。
 つまり、ロイドである。
 
 2人同時に叩きつけられた拳に、熟睡と診断されたロイドはさすがに目を覚ました。

 とは言え重体には変わらず、トドメになりかねない一撃に本気で死にそうになりつつも、微かに回復したクレアの魔力により治癒魔法を受け、どうにか死の淵を彷徨うラインを脱したロイド。

 しかし当然まともに動ける体ではないロイドを、膝枕しているエミリーと、魔力を少しでも分け与えるとロイドの手を両手でしっかり握りしめてロイドの体に身を寄せて座るクレア。
 そんな美少女2人に寄り添われるという側から見れば天国のような状況も、フィンク達からすればやれやれといった様子でしかない。

 そして気を遣うように少し距離を空けて休むフィンク達に怪訝そうな表情を浮かべながらも、体は動かないしまぁいいかと実は恥ずかしがりながらも呑み込んで横になるロイド。

 全員、勝利の余韻に浸る、といった雰囲気に近いだろう。

「それにしても、よく勝てたわね」
「まぁ完全におかげさまだなー。正直皆んなの助けと偶然が重なってって感じだわ」
「それでもすごいですよ。さすが先輩ですね!」
「いや、実はMVPはクレアじゃないか説が俺ん中であるんだけど」

 確かに『魔力増幅』という反則的なブースターを、その負担を押し除けてまで最後まで行使し続けてたからこその結果である事は間違いない。
 いわゆる陰の功労者と言えるだろう。

「そんな事はありませんよ」
「いいえ、ロイドの言う通りよ。ありがとね、クレア」

 それを照れ臭そうに首を横に振るクレアに、エミリーは真っ直ぐ目を見て言う。

「それに……ロイドに背負われて魔力回復してた時、辛かったでしょ。兄さんも言ってたけど……よく我慢してくれたわ。偉かったわね」

 普段のツンツンした表情からは想像もつかない程穏やかに、そして優しげな表情で言うエミリーに、クレアはしばしその目を見つめ返し、

「………ゔぅ、辛かったですぅ!」
「そうね」
「エミリーざぁん!」
「よしよし、よく頑張ったわね」

 アドバンとの戦いよりも、背負われた事でロイドが傷付いていくのを耐える方が辛かったクレア。
 そしてそれに気付いてくれたエミリーに、クレアは涙目で抱き付いた。
 
 今ならば誰もが貴族の令嬢と呼ぶであろう、慈愛に満ちた姿だった。

「…………」

 これ俺邪魔じゃね?と膝枕されてるロイドは思いつつも、割って入る度胸は当然ない。
 しかし、こんな話をしている内にロイドの魔力も僅かながらに回復し、それを身体魔術『自己治癒』に使う。

「いてて……」
「あら、もう大丈夫なの?」
「まぁどうにか歩けるくらいにはなったと思うわ」
「……あんたも大概化け物染みてきたわね」

 レオン直伝の『自己治癒』により回復して立ち上がるロイドに、エミリーの呆れた視線が突き刺さる。

「そーか?じじいなんて斬っても斬れてないを地でいくけど」
「基準がおかしいのよ」

 レオンが本気で『自己治癒』に努めればまるでマジシャンの如くガチの切断マジックも可能だ。斬れても即くっつく。イッツイリュージョン。

「お?ロイド、もういいのか?」
「あかげさんで」

 立ち上がるロイドを見てグランが近寄ってくる。それに合わせて、フィンクやラピス、カインも歩み寄ってきた。

「お前……もう歩けるのか?かなり化け物染みてきてるな」
「カイン、それもう聞いた」
「ふふ、それよりロイド。クレアを泣かしたのかい?悪い男だね」
「あ、やっぱりそうだよねぇ!ロイドくん、ダメだよっ!」
「なんで俺確定なんだよ?エミリーだから」
「てゆーか城壁外ですげぇ音立てながは魔族が舞ってるんだけど」
「あぁそれ、じじいだな」
「あと遠くで天変地異みたいに雷やら嵐やらが見えるんだけど」
「あぁそれ、ウィンディアだな」
「………ん?」

 そんな下らない話をしていると、グランが眉根を寄せて気配を鋭くさせる。
 それに気付いたロイドとフィンク、カインも意識を高めた。

「……え?どうしたの?」

 急に黙り込んだ男子陣に目を丸くするラピスに、グランが言う。

「誰か来る。……2人、いや3人か」
「よく気付いたね」
「一応土魔術で警戒してたんだよ」

 魔力感知に優れたフィンクから称賛が出る程に、完璧に気配を消している相手。
 自ずとロイド達の警戒も高まる。

「クレア、エミリーも。気をつけ……」
「きゃぁっ!」
「っ!?エミリー!?」

 グラン達の様子に気付いて立ち上がろうとしていたエミリーとクレアに声を掛けようとして、エミリーの悲鳴が響く。

「エミリーさん!?『水鞭』!」

 エミリーの真横にいたクレアが、慌てて横を見るとエミリーがまるで見えない何かに引き摺られていく。
 クレアが残り少ない魔力を使って、初級水魔法である水のロープを形成する魔法を即座に発動。
 エミリーの胴に巻き付け、引っ張る。

「っく……!」

 だが、身体強化に回す魔力もなく、素の身体能力が高いとは言えないクレアは逆に引き摺られていく。
 更に、『水鞭』に込めた魔力も残り少ない。

「やばいです!」
「任せろ!」

 クレアが叫ぶとほぼ同時に駆け出すグラン。
 『水鞭』が切れると同時に、エミリーの腕を掴んで引っ張りつつ、即座に土魔術で周囲に土壁を作る。

「ちっ……!」
「そこか!」

 微かに聞こえてきた舌打ちを拾ったグランが、即座にその方向へと石飛礫を無数に放つ。
 すると、ある一定の空間を境にそれが全て弾かれた。

「なんかいる!姿も気配もねぇ!警戒しろ!」

 グランは即座に声に出して警戒を促しつつ、エミリーを掴んだままバックステップでロイド達の近くまで下がる。

「大丈夫かいエミリー?」
「えぇ。それより、もしかしてこれって……」
「だろーな。ここで来るかね」

 三兄弟が身構えながら話す。
 主語はない会話だが、内容は兄弟以外も理解していた。

「あぁ。ラピスが誘拐した奴か」
「恐らくな」

 そう、気配も痕跡も掴めずにいたラピス誘拐の犯人。
 だが、目の前にしても気配が掴めないとは思いもしなかった一行は息を呑む。

「うぅ……」

 嫌な記憶を思い出してか、ラピスが縮こまる。それを視線を周囲に向けたまま背中を優しくさするエミリー。

「……気配を消してるやつは俺がもらう」

 そんな中、グランが切り出す。思わずグランに視線を向ける。

「んで、向こうは3人いんだよ。多分、消すやつの影響で隠れてる。その残り2人は任せた」
「……了解」

 そこにはいつもの口調とは裏腹に、かつてない程に鋭く尖らせた眼光を放つグランが居た。
 
 刺すような威圧を放つ彼に、ロイドはただ頷いた。
 そして周囲に警戒を向けようとして、

「………っ?!」
「っ、クレア?」

 真横に立つクレアがふらつく。
 思わず手を貸そうと差し出した手は、しかしふらりとクレアが躱して自らロイドの手から離れていく。

「お、おい……?」

 そのままクレアは自分の足でロイドからふらりと離れていく。
 その様子に思わず呆然とするロイドの耳に、笑い声が飛び込んできた。

「ふふ、はははっ。愛しの彼女に逃げられたのかい?!いい気味だよ!ロイドォ!」

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