魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

92 古龍の後悔

 長い時を同じ場所ではなくとも生きたリンドブルムは、英雄たるレオンが裏切られ、そして人々に絶望した事を知っていた。
 そんな彼が、『不殺の剣神』と呼ばれる程に敵さえも殺す事を忌避していた彼が、まるで抜け殻のような痛ましい表情のまま悪事を働く人々を斬り捨てていた事も。

 そんな男がこうして微笑みを浮かべているのは、腐れ縁程度でしかないリンドブルムでもやはり喜ばしく。

「……いやはや、感動しました。良いお話ですね」
「ちっ、うるさいぞリンドブルム」
「てか今更だけどあの人は魔王と戦ってねーの?サボり?」
「君たちに感傷はないのかね?!」

 思わず漏らした感傷のこもった言葉は、ばっさりと師弟に切り捨てられた。

「こいつは掟がどうとか言って不参戦だ。そのくせしっかり戦場を確認して、助けにも来ないくせにアリアに惚れ込むクソヤローだ」
「うわ、ヒくわ。やべーヤツじゃん」
「さっきまでより息が合ってるね!悪い方向に!」

 思わず声を荒げるリンドブルム。仕方ないだろう、と続ける彼に心底蔑むような視線が二対。
 しかも1人は仮にも自校の生徒で、1人は共にではなくとも長い時を同じくした腐れ縁。
 さすがのリンドブルムも多少傷ついたらしい。

「仕方ないだろ……長として、最後の守人として最前線に立つ事は出来なかったんだよ」
「あの戦いに負けてりゃ総崩れだったろう。手伝った方が確実だったはずだ」
「それを聞く同族でもないし、正直君たちがあそこまでやれるとは思ってもなかったんだよ」
「実力も測れない傲慢な種族がよく『最後の守人』なんて名乗れるもんだ」
「………」

 ついに反論が尽きたのか、黙り込むリンドブルム。
 それに溜飲を下げたのか、レオンもそれ以上は言わなかった。

「てかマジで何者なん?そんなに生きる種族なんか、その『最後の守人』っての」
「いや、さすがにこいつ程の個体は他に居ない。こいつが拗らせてるだけだ」
「拗らせて長生きするもんなんかよ?」
「こいつは時魔術を模した『時魔法』をオリジナル魔法として開発して延命してる」
「……は?」

 魔法とは確かに魔術の一部分を切り抜いて形にしたものだと言われている。
 だが、現状存在すらしていない『時魔術』を魔法に落とし込むなど、どれほどの労力とセンスが必要になるかは想像を絶する。

「え、拗らせ方えげつないな」
「そこは素直に褒めてくれないかな?!」

 さすがに賛辞の言葉をもらえると思ったリンドブルムは思わず叫ぶ。

「まぁ確かにここまでの力を持つのは数少ない古龍でもこいつくらいだ」
「へぇ……って、古龍?」

 以前チラと聞いた話を思い出す。それによると、竜は下級、中級、上級の分類しか無かったはずだ。

「人族の分類で言えば一応上級竜になるんだが……そんなレベルではない」

 いわく、上級竜――色竜と呼ばれる存在の中でも数え切れない膨大な時間を生き、知性を宿す個体が存在する。
  それこそが、いわゆる古龍なのだという。

「やつらは生態系のピラミッドから外れる。突き抜けすぎてな。だからか、普段は引きこもってるんだが、世界の危機だけ働くと自称している基本暇な奴らだ」
「つまり世界規模のニートか」

 ロイドは自宅警備員ならぬ世界警備員だと理解する。スケールが大きすぎていっそかっこいい感じの名前だが、要はニートだと切り捨てるロイド。

「そんな暇人の集まりの長らしくてな。魔王とのだけ戦いの前に助力を頼みに行ったんだが、引きこもりに忙しいからと断られたんだ」
「どんだけ粘り強いニートなんだよ」

 風呂場に引きこもる黒カビでももうちょい頑張るぞ、と吐き捨てる。
 そのあたりで、リンドブルムが我慢の限界を迎えた。

「うるさいな!だからこうして時魔術を復元したんじゃないか!何もせずに探してばかりの君と違って!」

 堪らないとばかりに叫ぶリンドブルム。
  世界の危機たる魔王を討つ大戦に、しかしリンドブルムは長として一族の意見を取り入れる事で静観を選んだ。
 他の古龍から日和った意見が多かった事や、『人族と魔族の戦い』の範囲の内は手を出すべきではないという意見も少なくなかった。

 何より、世界の危機たる魔王に人族がいくら集まろうとも無意味に思えたのだ。
 だからこそ、『人族と魔族の戦い』の内は参戦しても人族が邪魔なだけで、その範囲を超えて魔王が人族ではなく世界を脅かす存在になってからでも一緒だと。

 その古龍達の意見にリンドブルムも頷き、レオン達の申し出を断った。

 しかし後に戦うであろう魔王の情報が手に入ればと、リンドブルムはその大戦に聞き耳を立てていたのだ。
 魔力感知は勿論、魔力感知に音を乗せて届けさせる『魔力感知・音』という魔術を構築していたリンドブルムは、参加せずともその戦いの内容を聞く事か出来た。
 ちなみに、レオンの地獄耳もこの方法である。

 そして高見の見物ならぬ盗み聞きをしていたリンドブルム。しかしその激しい戦いは予想を遥かに超えるものだった。
 
 生態系から逸脱した存在でもある古龍達にも持ち得ないような凶悪な魔術のぶつかり合い。
 基本一日毎に眠りをとらなければ活動出来ない貧弱な人族が数日に渡って剣を振り続ける勇姿。
 そして長い時を経て忘れていた、鮮烈で眩さすら感じる強く真っ直ぐな感情。

 音と魔力でしかないが、しかしそれでも強く伝わるそれらに、リンドブルムは自らの判断が正しかったのかと自問した。
  そして、犠牲を残しつつも予想に反して世界の危機を人族は討った。 
 同族の誰もが予想だにしなかった結末に、他の古龍は驚きはするも結局動く必要がなくなった、といった程度の認識だった。
 が、全てを聞いていたリンドブルムには違う感情が芽生えていた。

 それは後悔か、それとも焦燥かは分からない。
 生態系の中でも最も強さの振り幅がある種族だとは思っていたが、しかし彼ら程の強さを持つ人族は聞いた事が無い。
 そして、自分達古龍のように強さと反比例して希薄になる感情を、眩い程鮮やかに放つ彼らに、リンドブルムは惹かれたのだ。

 そして、その眩さの持ち主の半数を失った。もし助力していれば、もしかしたら無事だったかも知れない輝きを失ったのだ。

 そう一度でも思ってしまったリンドブルムは、いくら時間が流れてもその想いが薄まる事はなかった。
 いつしかいてもたってもいられなくなり、長の座を他の古龍に譲り、オリジナル身体魔術の『人化』で人に紛れ、人を見る立場である学園長に就いた。

 そして大戦で失った半数、その2人の内1人は助けられる可能性があると考えた。
 レオンがそれを探し回っているのを知っていたリンドブルムは捜索は任せて、ならばと『作る』事に専念したのだ。

 もっとも、合わせる顔が無いからとレオンにはその事を打ち明ける事なかった。
 強いて言えば、世界警備員から学園警備員にランクダウン(?)したのだが。

 つまり、アリアに惚れ込んだというのも実は要因の一端でしか無い。
 『魔王の呪い』と蔑み裏切られて傷ついたレオンへの助力や、大戦で助けなかったことへの贖罪の気持ちがそこにはあった。

「確かに俺には出来ない事だ。そこは助かった」
「まぁ、最初から一緒に戦ってりゃ必要なかったかも知れねーんだけど」

 魔術への幅広い知識やそれを扱う技術は、リンドブルムを超える存在は居ないと断言出来る。
 故に、レオンはその点には感謝を述べた。ロイドはずばっと切り捨てたが。

「ロイドくん、君、容赦ないね……」
「そりゃまぁ。てゆーかそんな地獄耳なら、魔族が攻めて来るタイミングも分かるんじゃ?」

 にべもなく切り捨てるロイドは、ふと思いついた事を口にする。

「まぁ、分かるね」
「なら教えてくれよ」
「構わないけど……そろそろ、扉の奥の子も構ってあげたらどうだい?」
「……は?」

 何を言ってるか分かんない、といった感じに目を丸くするロイド。驚くべきは、同じく目を丸くするレオンか。

 その言葉に観念したかのように、扉がゆっくりと開かれた。
 
「あ、あはは……」

 そこから気まずそうに覗かせるのは月光を宿したような鮮やかな銀糸。その髪から覗くのは、宝石のような紅い瞳を困ったように垂れさせて、目の周りで赤くしたクレアだった。

「え、いつから……?」
「仮合格の話をしてた頃かな」

 驚愕から溢れた独り言に近いセリフに返事をするリンドブルム。
 彼はレオンにも目を向け、ロイドと同じくレオンも気付かなかった事を察した。

「いやぁ、いくら君が魔術関連に明るくないとは言え……大した隠形だね。人族でも有数の魔法師になれるよ」

 リンドブルムの賛辞は、しかし誰の耳にも届く事はなかった。

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