魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

87 遺跡の主

 ロイドの渾身魔力感知。それは倒された下級竜の魔力がリンドブルムに吸い込まれていくのを捉えていた。
 そして、試験の開始の際に発せられたリンドブルムの力。その底知れない力に混じり、ごく最近感じた記憶のある雰囲気を覚えていた。

「……で、お話とは何でしょうか?」

 それらを頭で考えつつ切り出すと、リンドブルムは貼り付けられたような笑顔を捨てて真顔になる。

「そうだね。それより先に、時間をとらせたお詫びとして、君の質問に答えようと思う」

 リンドブルムの瞳がロイドを捉える。
 ただそれだけなのに、ロイドはまるで捕食者に狙われた獲物になったような感覚を覚えた。
 震えそうな声を気合いで止めてロイドはゆっくり口を開く。

「……質問ですか?」
「そうだ。聞きたい事があるのではないかい?無いと言うなら、まぁそれでも構わないけどね」

 そう笑顔を浮かべて言うリンドブルム。再び浮かべたそれは先程までと同じ笑顔のはずなのに、呑み込まれそうな何かを感じさせる。
 それに拳を握りしめて気を強く持ち、ロイドはふぅと小さく息をついてから切り出す。

「では甘えてさせてもらって……学園長、あなたはこの遺跡の主、って事でいいんですかね?」

 ロイドの言葉にリンドブルムは笑顔を消して微かに目を瞠る。そして数秒にも満たない僅かな沈黙の後、くすりと笑った。

「すごいね、賢い子だ」
「正解、と捉えていいんですかね?」
「構わないよ。私こそがこの”学園という"遺跡の管轄者……まぁ君で言う主にあたる」

 ロイドは頷くリンドブルムに、やはりかと納得すると同時に、微かに四肢の関節を曲げていつでも動けるように構えた。
 
 ロイド達がこの学園に来た目的である魔術遺跡の探索。
 それにあたり散々学園を見て回ったが、遺跡に繋がるような道や仕掛けは見た当たらなかった。

 それも当然だろう。
 何せ、この学園そのものが遺跡だったのだから。

 とは言え建物自体は補修なり作り直しはされているのだろう。魔術時代からの建物にしては新しすぎる。
 もしかしたら、遺跡の上に新しく建てられたのかも知れない。
 だが、そんな事は知る必要も無い事だ。

「よく気付いたね。先入観という物に捉われて、いままで疑いはしても見つけられた者は居なかったというのに」
「先程の水晶みたいな魔法具を見たから気付けたんですよ。あれ、魔術の魔法陣が刻まれてますよね」

 リンドブルムが試験に必要な魔法具と称した台座に乗せられた水晶。そこに刻まれた魔法陣を見て、ロイドは直感的に違和感を抱いた。
 そして下級竜の魔力がリンドブルムに吸い込まれていくのを見て、下級竜が現れたのは魔法具ではなく”リンドブルム自身の魔法”だと予想した。

 そうだとすれば辻褄は合う。
 
 異様なまでに濃い魔力地帯である学園。
 そこの長である学園長リンドブルム。
 試験の為と言いながら最奥に置かれ、しかし使われた様子のない魔法陣。 
 そして、それら全てに地竜の遺跡で感じた『違和感』を発する事に。

「やはり『適正』があると直感的に気付くのだろうね。私には無いから、羨ましいよ」
「っ!……そうですかね。それより、俺をここに残した理由をそろそろ聞きたいんですが」

 「羨ましい」の部分で漏れ出した感情に、思わず息を呑む。
 ほんの一瞬だが、背筋に氷を突っ込まれた様な寒気に思わず臨戦態勢になりながら、ロイドは今度はリンドブルムに訊ねた。
 
 身構えるロイドにリンドブルムは咎めるでもなく話をする態勢のまま、感情と共に漏れ出した圧力を消し去る。

「すまない、警戒させたね。しかし、質問はもういいのかい?一つだけとは言ってないないが……」

 そこで言葉を切り、リンドブルムはロイドに視線を向ける。
 そして、徐々に蛇口を捻るように、少しずつその身から圧力を発しながら言葉を続けた。

「聞かなくていいのかい?私が何者なのか。……敵なのか味方なのか」
「――っ!」

 最後の言葉に合わせるように、リンドブルムの瞳が縦に割れた。
 まるで獣のような獣性を放つ眼に、ロイドは強張ろうとする身を必死に抑える。

「……それは、聞いて答えられたから分かるもんじゃねーだろ」
「ほう?」

 ロイドは先程までの『学園長に対する口調』を捨てて、魔力を水面下で練りながら言う。

「俺に用事があるんだろ?その内容次第で、俺が敵か味方か判断する。アンタが何者かってのはその後でいい。それだけだ」

 なんともシンプルな答えに、リンドブルムは目を細めた。
  何をもって敵とし、何をもって味方とするか。それは人それぞれだろう。 
 勿論、分かりやすく線引きする事も可能だ。例えば同じ学園の生徒だとか同じ領の民だ、等という所属の線引きもある。

 だがそれは絶対ではない。でなければ『仲間割れ』や『イジメ』、『内乱』といった言葉は生まれてない。
 だからこそ、ロイドは自身で感じた事をもって線引きする。
 人に言われたから「はいそうですか」と線の中に人を入れる事はあり得ない。
 
 彼が何者であろうとも、敵ならば倒すだけなのだ。そして、もし敵ならば言われた内容が虚実は判断出来ない。
 ならば余計な先入観を排除する為にも、聞く必要はないという訳だ。

「なるほど、君はやはり面白い。とても10年そこらを生きた人間とは思えないよ」
「………」

 そりゃまぁ転生してますから、とは当然言わない。
 余計な情報を与えるつもりもないし、何より今聞きたいのは感嘆や感想の言葉ではない。

「ふむ、君はせっかちなようだ。まぁ良い、では君を残した件だが……その話をする前に、二つ試しておきたい」

 何をだ、と言おうとした。
 が、それよりも圧倒的に早く、目の前のリンドブルムが動いた。

 目を離すどころか、瞬きすらせずに最大の警戒をもってリンドブルムを捉えていた視界から、音もなく消えたのだ。

「っ!!」

 刹那の後、ロイドの顔を爆風が撫でる。
音を立てなかったのではなく、置き去りにして動いていたのだと気付いたと同時。

「ふむ」
「なっ……」

 真後ろから聞こえたリンドブルムの声にロイドは声を詰まらせる。

「っそが……!」

 一瞬にして回り込まれたと頭が判断するより早く、ロイドは練り上げていた魔力を使って風魔術と身体魔術を発動。
 即座に前方に跳び出しながら反転して、背後に居るリンドブルムに向かい合う。

 だが、振り返った先にその姿はない。

「その程度かな?」
「っ?!」

 どこに行った、と思考するよりも僅かに早く、再び真後ろから届く声。
 
 またしてもあっさり背後を取られた、と肌が粟立つ。
 そしてそう理解すると同時に今度はその場で反転しながら掌に集めた風を掌底のように背後に突き出す。

「ふむ、困ったな」

 しかし、咄嗟とは言え、だからこそ力加減のない風を纏った一撃はまるでハイタッチでもするかのような気軽さで片手で受け止められた。

「……!」

 思わず思考が止まりそうになる脳を叱咤して、ロイドは鋭くバックステップ。
 リンドブルムはそれを追う事もなく顎に手をやって、いかにも困ったと言わん体勢のままだ。

「うぉおおああ!」

 その仕草に舐められている、と怒りを覚えるよりも、あまりの実力差に本能が警鐘を鳴らす方が大きかった。
 無意識の内に雄叫びをあげる程に集中、かつ無理やりに己の力を引き摺り出す。

 その身から立ち上るように溢れる白金の光。
 碧の双眸を金に煌めかせるロイドに、リンドブルムは顎にやっていた右手を左手にぽんと当てて言う。

「おぉ、なるほど。そうか、まだ若いからね。持つ力を十全に扱うには時間が必要なのは当然か……すまない、失念していたよ」

 うっかり忘れ物をしたような呑気な口調のリンドブルムに、しかしロイドは返事をする心の余裕は無い。
 
 短期決戦も短期決戦。
 数秒程しか持たない程に後先なく、持てる全ての力を捻り出していく。

「空間魔術『斬空』っ!!」

 そして放たれた自身最大の魔術。
 リンドブルムを中心に、その身を真っ二つにせんと空間ごとその身を斬り裂く。
 
 かつてない程に『神力』を込めた一撃は、かつて苦戦した地竜ですら両断出来るのではないかと思える程の威力を持っていた。

 込め過ぎた力が余波として溢れたか、その一撃はリンドブルムを中心に空間ごと頑丈な試験場をビリビリと激し揺らした。
 その余波に服を揺らしながら、『神力』を一気に放出した事による喪失感と倦怠感に息を切らせたロイド。

「はぁ、はぁ……油断大敵だっての……」

 余裕を見せすぎたリンドブルムを討つには警戒される前に最大の一撃を放つしかない。
 そう考えたロイドの文字通り渾身の攻撃はなんとかリンドブルムを捉えてくれた。

 万が一生き残っていたとしても、深傷を負っているはず。ならば、十全に残っている魔力を使ってトドメを刺す。

「ふむ、なるほど。まぁ思ったよりはいいね」
「な……っ?!」

 そんな事を考えていたロイドの背後から先程までと変わらぬ落ち着いた声音が響き、

「ではもう一つ。試させてもらう」
「……ごふっ」

 ロイドの腹から、血に濡れた腕が突き出された。

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