魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
83 『最強』
フェブル山脈を滑るようにして下りていく3人。
ロイドは戦闘が控えている事を考慮して消費のない範囲での身体強化を施し、クレアはレオンに背負われて、木々の合間をすり抜けるように駆けていく。
「上位の魔族ってどんくらい強えんだよ?!」
「この魔力の感じだとかなりの強さっぽいですね……」
近付く事で魔族の魔力に気がつき、冷や汗を流すロイドとクレア。
そんな2人にレオンは落ち着かせるように口を開く。
「上位も下位も大した事はない。落ち着けクソガキ」
「クソじじいからすればの話だろぉがっ!」
結果として煽るようになった。青筋を浮かべて叫ぶロイドは、確かにいつもの彼らしからぬ落ち着きの無さだ。
「落ち着け。大体地竜程度に消耗してるお前が行っても変わらん」
「……ちっ」
見かねたのか、レオンは言葉に冷気を宿して言葉を続けた。その誰もが慄くような『死神』の冷ややかな声音に、ロイドはしかしその内容に押し黙る。 それでも焦りが漏れるように舌打ちするロイドに、今度はクレアが口を開く。
「そうですよ、先輩らしくないですよ!それにそんなヘロヘロのくせに!」
「ぐ、うるせぇなぁ。じじいに背負われといてえらそーに」
「むぅ、あー言えばこー言う……レオンさん、もう置いてきましょっ!」
「そうだな」
「え?っちょっ、待てえ!」
今度はクレアが小さく青筋を浮かべ、担いでもらってるレオンの肩をペチペチと叩く。
そしてそれに応えたレオンの震脚の如き踏み込みとそれに伴う爆風と土煙に、ロイドは吹き飛ばされながらも必死に追った。
「もうすぐだ!」
「クソガキに合わせなければとっくに着いていたがな」
「もうすぐだ!」
レオンの悪態を誤魔化すように同じセリフを繰り返すロイドの視界にウィンディア領の防壁が見えた。
肌を刺すような刺々しい魔力の気配は近付いた事で威圧感を増し、ロイドとクレアは冷や汗を一筋流す。
いよいよ魔族に相対して防壁の外に立っている人物が居るということに気付ける程近付いて、
「――!」
何かに包まれるような、しかし小さすぎて違和感程度にしか感じないような、そんな感覚に気付いた。
「今のは……?」
「あ、先輩もですか?私もなんか今……」
「ヤツの射程範囲に入っただけだ」
その違和感を同じく感じていたクレアと顔を見合わせていると、事もなさげにレオンが呟く。
どういうことですか?とクレアが聞くと、レオンは言葉の代わりに指を差す事で示した。
その指し示す先に視線を向ける2人。
「……父さん?」
かろうじて視認出来る程の距離に立つのは、ロイドの父でありウィンディア当主のルーガスだ。
周囲を見ると、数人の魔族が地に伏せている。すでに返り討ちにしたのだろう。
「くそ、加勢しに……!」
だが、それでも数十人程の魔族がルーガスを包囲していた。
レオンの言ったように空も飛べるらしく、地に立つ者や空に浮く者などもおりーー地中を除く全方位を陣取っている。
更には一人一人から感じる攻撃的なプレッシャー。
それらは全て、例えロイドが万全だったとしても1人ならともかく数人も相手にすれば敗北してしまうであろう気配。
それが目視出来る範囲でも30人は居る。
いくらルーガスといえど、と魔力を練り上げながら加速しようとするロイド。だが、
「辞めておけ」
レオンがロイドの手首を掴む事で遮られた。
「なんでだよ!放せクソじじい!他のみんなもいねーんだ、俺だけでも加勢しねぇといくら父さんでも」
「逆だ、バカ」
「はぁ?!ふざけてる場合じゃ……ん?」
ロイドの言葉を遮るレオンになおも叫ぼうとして、レオンの背に居るクレアが目を丸くしている事に気付いた。
「せ、先輩……」
「どうしたクレア?」
「マジやばいです」
「は?」
クレアの口調が変わってしまってる発言に訝しげな表情を浮かべた時だった。
「今だ!撃てぇ!」
「「「おぉおおっ!!」」」
恐らくはこの軍団のリーダーと思われる、一際魔力が高い魔族の男の号令。
それに合わせ、ルーガスを包囲していた魔族達から黒が溢れ、そして殺到した。
その全ての黒――破壊魔法が、恐らくはラピスの渾身の破壊魔法にも勝らずとも劣らない、中には明らかに上級魔法と思われるような威圧感を放つ魔法まである。
形あるもの全てを破壊し尽くす黒が、まるで獲物に殺到する獣のように全方位からルーガスへと襲いかかりーー
「な、なんだとっ?!」
「何が起きたっ?!」
――まるで夢幻だったかのように霧散した。
情けなく動揺する魔族のリーダーを責める事は出来ない。ロイドも、同じような心境だったからだ。
「な………」
「ロイド、良い見本だ。魔力感知に全力で集中して見てみろ」
目の前の不可思議な現象に言葉を失うロイドに、レオンはクレアを下ろしつつ師としての言葉を告げる。
呆気にとられて逆らう気にもなれず、ロイドは言われるがままに魔力感知に意識を傾ける。
だが、だから何だと言うのか、という程に何も感じない。
とは言えレオンがこう言うのではあれば何かある、とロイドは更に深く集中していく。
「…………!」
「見えたか」
ようやく気付いた不肖の弟子に呆れたような声音で呟くレオン。その声すら耳に入らない程の驚愕をロイドは覚えていた。
(ここらへん一帯に父さんの魔力が……?!)
ここに来て最初に感じた違和感の理由はこれだった。
薄く、ほとんど違和感すら無い程に希薄。それでいて確かに存在する魔力。まるで自然に空気中に存在する魔力に消え入りそうなそれ。
「くそ!なんだってんだよぉ?!」
そんな時、魔族の1人が自棄を起こしたように破壊魔法を放った。それもやはり、ルーガスに届く前に霧散したが。
「……マジか」
だが、ロイドはその現状を今度は捉えていた。
「なんだあれ、あんな自然でえげつない収束とかあり得んのか……?」
そして、この目で見ても納得出来ないような、起こった事が信じられないような気持ちで声を漏らしていた。
「確かに腕を上げたな。……よく見ておけ、ヤツの魔法の使い方は魔法師だけでなく魔術師としても理想に近い」
レオンの言葉を今度は聞く事が出来たロイドは、ごくりと唾を呑みつつ頷く。
そして、まるでそれを待っていたようにルーガスが動いた。
「ぐぁあっ?!」
「なっ、何が……ぐぅっ!?」
動いた、と言っても見た目には分からない。1人、また1人と。まるで訳が分からずといったように魔族が伏せていく。
他の全てを切り捨てて魔力感知を全力にしているロイド。それでもかろうじて捉えられる程に自然な、それでいて恐ろしい現象により、一騎当千と言っても過言ではない魔族達があっさりと倒れていく。
「マジか……」
攻撃の出所を認識出来ない理由。
それは単純に希薄すぎると言える魔力。しかし逆を返せば魔力の持ち主すら見失いかねない魔力。
ルーガスはそれを遠隔、時には手元で魔法に昇華させていた。
それだけでも恐ろしい魔力操作と精度だ。だがそれに加えて、発動した魔法を認識出来ない程の速度を持つ風の刃として顕現させていた。
その速度、そして強靭な魔族を一撃で斬り裂く必殺の一撃。
その理由は、極限の圧縮にあった。
そもそも魔力、またそれに伴う魔法の圧縮は範囲を捨てる代わりに威力向上になる。
その認識のもと、多くの魔法師が状況に合わせて使う汎用的な技術だ。
だが、ルーガスのそれは一線を画していた。
襲いくる破壊魔法や、高い魔力で強化された肉体をまるで紙切れのように両断する風。
もはやそれは風の魔法の域を超えていた。
「……これはもう、大気そのものですね」
クレアが絞り出すように呟いた言葉に、ロイドは言葉にせずとも心から賛同した。
当たり前のようにそこにあり、そして全てを包み込む大気。しかし、それらは時として猛威となり牙を剥く。
荒々しく豪快な上級魔法といった大技や、威圧感のある魔力の波動。そのようなものが一切ない。
だがしかし、不純物を取り除ききったような澄み切っている不可視の一撃を見れば、荒々しさや溢れる威圧などはただ収束出来ていない"余波"でしかないと思い知らされているかのようだった。
大気のように自然すぎて気付けない程の魔力の拡散。
それを認識出来ない速度で魔法として顕現させる発動速度。
そして発動しても目にも映らない程の速度。
一切の余波も許さない究極の圧縮によりもたらされる名刀のようは破壊力。
それらが、『風刃』という初歩的な魔法を必殺の一撃に昇華させていた。
ルーガス・ウィンディア。
質量や威力に欠ける風魔法師でありながら、『最強』と呼ばれる彼の所以。
「……なるほど。すげぇ、としか言えねーわ」
全ての魔族が地に伏せた光景を眺めながら、ロイドはそれを否応なく理解させられた。
ロイドは戦闘が控えている事を考慮して消費のない範囲での身体強化を施し、クレアはレオンに背負われて、木々の合間をすり抜けるように駆けていく。
「上位の魔族ってどんくらい強えんだよ?!」
「この魔力の感じだとかなりの強さっぽいですね……」
近付く事で魔族の魔力に気がつき、冷や汗を流すロイドとクレア。
そんな2人にレオンは落ち着かせるように口を開く。
「上位も下位も大した事はない。落ち着けクソガキ」
「クソじじいからすればの話だろぉがっ!」
結果として煽るようになった。青筋を浮かべて叫ぶロイドは、確かにいつもの彼らしからぬ落ち着きの無さだ。
「落ち着け。大体地竜程度に消耗してるお前が行っても変わらん」
「……ちっ」
見かねたのか、レオンは言葉に冷気を宿して言葉を続けた。その誰もが慄くような『死神』の冷ややかな声音に、ロイドはしかしその内容に押し黙る。 それでも焦りが漏れるように舌打ちするロイドに、今度はクレアが口を開く。
「そうですよ、先輩らしくないですよ!それにそんなヘロヘロのくせに!」
「ぐ、うるせぇなぁ。じじいに背負われといてえらそーに」
「むぅ、あー言えばこー言う……レオンさん、もう置いてきましょっ!」
「そうだな」
「え?っちょっ、待てえ!」
今度はクレアが小さく青筋を浮かべ、担いでもらってるレオンの肩をペチペチと叩く。
そしてそれに応えたレオンの震脚の如き踏み込みとそれに伴う爆風と土煙に、ロイドは吹き飛ばされながらも必死に追った。
「もうすぐだ!」
「クソガキに合わせなければとっくに着いていたがな」
「もうすぐだ!」
レオンの悪態を誤魔化すように同じセリフを繰り返すロイドの視界にウィンディア領の防壁が見えた。
肌を刺すような刺々しい魔力の気配は近付いた事で威圧感を増し、ロイドとクレアは冷や汗を一筋流す。
いよいよ魔族に相対して防壁の外に立っている人物が居るということに気付ける程近付いて、
「――!」
何かに包まれるような、しかし小さすぎて違和感程度にしか感じないような、そんな感覚に気付いた。
「今のは……?」
「あ、先輩もですか?私もなんか今……」
「ヤツの射程範囲に入っただけだ」
その違和感を同じく感じていたクレアと顔を見合わせていると、事もなさげにレオンが呟く。
どういうことですか?とクレアが聞くと、レオンは言葉の代わりに指を差す事で示した。
その指し示す先に視線を向ける2人。
「……父さん?」
かろうじて視認出来る程の距離に立つのは、ロイドの父でありウィンディア当主のルーガスだ。
周囲を見ると、数人の魔族が地に伏せている。すでに返り討ちにしたのだろう。
「くそ、加勢しに……!」
だが、それでも数十人程の魔族がルーガスを包囲していた。
レオンの言ったように空も飛べるらしく、地に立つ者や空に浮く者などもおりーー地中を除く全方位を陣取っている。
更には一人一人から感じる攻撃的なプレッシャー。
それらは全て、例えロイドが万全だったとしても1人ならともかく数人も相手にすれば敗北してしまうであろう気配。
それが目視出来る範囲でも30人は居る。
いくらルーガスといえど、と魔力を練り上げながら加速しようとするロイド。だが、
「辞めておけ」
レオンがロイドの手首を掴む事で遮られた。
「なんでだよ!放せクソじじい!他のみんなもいねーんだ、俺だけでも加勢しねぇといくら父さんでも」
「逆だ、バカ」
「はぁ?!ふざけてる場合じゃ……ん?」
ロイドの言葉を遮るレオンになおも叫ぼうとして、レオンの背に居るクレアが目を丸くしている事に気付いた。
「せ、先輩……」
「どうしたクレア?」
「マジやばいです」
「は?」
クレアの口調が変わってしまってる発言に訝しげな表情を浮かべた時だった。
「今だ!撃てぇ!」
「「「おぉおおっ!!」」」
恐らくはこの軍団のリーダーと思われる、一際魔力が高い魔族の男の号令。
それに合わせ、ルーガスを包囲していた魔族達から黒が溢れ、そして殺到した。
その全ての黒――破壊魔法が、恐らくはラピスの渾身の破壊魔法にも勝らずとも劣らない、中には明らかに上級魔法と思われるような威圧感を放つ魔法まである。
形あるもの全てを破壊し尽くす黒が、まるで獲物に殺到する獣のように全方位からルーガスへと襲いかかりーー
「な、なんだとっ?!」
「何が起きたっ?!」
――まるで夢幻だったかのように霧散した。
情けなく動揺する魔族のリーダーを責める事は出来ない。ロイドも、同じような心境だったからだ。
「な………」
「ロイド、良い見本だ。魔力感知に全力で集中して見てみろ」
目の前の不可思議な現象に言葉を失うロイドに、レオンはクレアを下ろしつつ師としての言葉を告げる。
呆気にとられて逆らう気にもなれず、ロイドは言われるがままに魔力感知に意識を傾ける。
だが、だから何だと言うのか、という程に何も感じない。
とは言えレオンがこう言うのではあれば何かある、とロイドは更に深く集中していく。
「…………!」
「見えたか」
ようやく気付いた不肖の弟子に呆れたような声音で呟くレオン。その声すら耳に入らない程の驚愕をロイドは覚えていた。
(ここらへん一帯に父さんの魔力が……?!)
ここに来て最初に感じた違和感の理由はこれだった。
薄く、ほとんど違和感すら無い程に希薄。それでいて確かに存在する魔力。まるで自然に空気中に存在する魔力に消え入りそうなそれ。
「くそ!なんだってんだよぉ?!」
そんな時、魔族の1人が自棄を起こしたように破壊魔法を放った。それもやはり、ルーガスに届く前に霧散したが。
「……マジか」
だが、ロイドはその現状を今度は捉えていた。
「なんだあれ、あんな自然でえげつない収束とかあり得んのか……?」
そして、この目で見ても納得出来ないような、起こった事が信じられないような気持ちで声を漏らしていた。
「確かに腕を上げたな。……よく見ておけ、ヤツの魔法の使い方は魔法師だけでなく魔術師としても理想に近い」
レオンの言葉を今度は聞く事が出来たロイドは、ごくりと唾を呑みつつ頷く。
そして、まるでそれを待っていたようにルーガスが動いた。
「ぐぁあっ?!」
「なっ、何が……ぐぅっ!?」
動いた、と言っても見た目には分からない。1人、また1人と。まるで訳が分からずといったように魔族が伏せていく。
他の全てを切り捨てて魔力感知を全力にしているロイド。それでもかろうじて捉えられる程に自然な、それでいて恐ろしい現象により、一騎当千と言っても過言ではない魔族達があっさりと倒れていく。
「マジか……」
攻撃の出所を認識出来ない理由。
それは単純に希薄すぎると言える魔力。しかし逆を返せば魔力の持ち主すら見失いかねない魔力。
ルーガスはそれを遠隔、時には手元で魔法に昇華させていた。
それだけでも恐ろしい魔力操作と精度だ。だがそれに加えて、発動した魔法を認識出来ない程の速度を持つ風の刃として顕現させていた。
その速度、そして強靭な魔族を一撃で斬り裂く必殺の一撃。
その理由は、極限の圧縮にあった。
そもそも魔力、またそれに伴う魔法の圧縮は範囲を捨てる代わりに威力向上になる。
その認識のもと、多くの魔法師が状況に合わせて使う汎用的な技術だ。
だが、ルーガスのそれは一線を画していた。
襲いくる破壊魔法や、高い魔力で強化された肉体をまるで紙切れのように両断する風。
もはやそれは風の魔法の域を超えていた。
「……これはもう、大気そのものですね」
クレアが絞り出すように呟いた言葉に、ロイドは言葉にせずとも心から賛同した。
当たり前のようにそこにあり、そして全てを包み込む大気。しかし、それらは時として猛威となり牙を剥く。
荒々しく豪快な上級魔法といった大技や、威圧感のある魔力の波動。そのようなものが一切ない。
だがしかし、不純物を取り除ききったような澄み切っている不可視の一撃を見れば、荒々しさや溢れる威圧などはただ収束出来ていない"余波"でしかないと思い知らされているかのようだった。
大気のように自然すぎて気付けない程の魔力の拡散。
それを認識出来ない速度で魔法として顕現させる発動速度。
そして発動しても目にも映らない程の速度。
一切の余波も許さない究極の圧縮によりもたらされる名刀のようは破壊力。
それらが、『風刃』という初歩的な魔法を必殺の一撃に昇華させていた。
ルーガス・ウィンディア。
質量や威力に欠ける風魔法師でありながら、『最強』と呼ばれる彼の所以。
「……なるほど。すげぇ、としか言えねーわ」
全ての魔族が地に伏せた光景を眺めながら、ロイドはそれを否応なく理解させられた。
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